大事故

 談笑を交えながら村人たちと遭遇しないよう慎重に進んだ二人は、ようやくミレリーの元へと辿り着いた。遠目からでも高く見える塔であるが、近くで見上げると空にも届きそうなほどに巨大だ。その先端は、霞がかっており肉眼では確認できない。


「よし、着いた。調査隊は……うん、いなそうだね」

「ゾフィー先生たちも礼拝に行ってるのかなぁ?」

「そうかもね。じゃ、さっさと中に入ろっか。えっと、入り口は……」


 シャルロッテは手にしていた地図を広げ、せわしなく首を上下に動かす。彼女の横から、エルマも同じように地図とミレリーを交互に見比べる。


「ここが、あそこで……そうだと、これがあっち、かな……?」

「あ、ここじゃない? ほら、瓦礫でちょっと見えにくいけど」

「うーん? あ、確かに。さすがエルマ、目がいいね!」

「シャルこそ、相変わらず地図を読むのヘタだね」

「うるさいなぁ、さっさと行くよ!」

「ふふ」


 少し不機嫌そうに頬を膨らませ、シャルロッテはずんずんとミレリーのエントランス部分へと突き進む。そのすぐ後ろを、エルマは僅かに目を細め付いていく。


 しかしこの和やかな空気も、ミレリーの敷地内へと入った途端、一変する。


「うわ、すご……」

「あちこちデコボコだね。転ばないようにしなきゃ」

「そうだね。あと、上にも気を付けないと」


 過去に崩落が多発してきた名残なのであろう、ところどころに大きなブロック片やガラスが散乱している。これが万が一、彼女たちの上から降り注げばひとたまりもない。また、地面は砂地である村とは大きく異なり、全面タイル張りである。それが災いし、落下してきたブロックなどによって歪められ、足元は非常に不安定となっていた。


 その上、ミレリーにより太陽光が遮られ、かつ無機質で荒涼な風景により体感気温は大きく下げられる。コートを羽織ってきたエルマはともかく、薄着で来てしまったシャルロッテは身を縮こまらせ、体を震わせ始めた。


「うう、寒い……」

「暗いし、石ばっかりだもんね……コートいる?」

「い、いいよ。エルマだって病み上がり……じゃ、無いんだっけ。仮病明け?」

「もー、それはいいから! わたしは厚着してきたから大丈夫。ほら、着て」

「ん、ありがと」


 いつもならば遠慮していたであろうシャルロッテも、さすがにエルマの厚意に甘える判断をしたようだ。大人しく彼女の着ていたコートを受け取り、袖に腕を通す。


「はー、あったかい……っと、あれ、何か引っかかっちゃったかな?」

「サイズ小さかった?」

「ううん。そうじゃなくて、なんか……ごめん、ちょっと待ってて」


 そう言うと、シャルロッテは袖の中を何度も確認し始めた。コートのほつれ部分と、彼女の袖口に付いていたボタンが絡んでしまった様子である。糸を切ればよい話だが、生憎あいにくと刃物は持ち合わせていない。この場では、地道に悪戦苦闘する以外に方法はないのだ。


 コートと格闘するシャルロッテから視線を外し、エルマは一人、瓦礫の奥へと歩み始める。位置的には、そろそろミレリーの入り口が見えてきてもおかしくはない。それと同時に、エルマの描いた地図との相違点も見えてくるはずだった。


「確かこの辺り、だったよね……」


 ひときわ大きな瓦礫の間を抜け、その陰から先を覗く。双子の塔のちょうど間に当たる空間だが、何の変哲もない広いスペースだ。時間帯が幸いしたのか、ちょうどその部分にだけ日の光が差し込んでいる以外、特筆すべき点はないように思える。


 だが、ちょうどその広間の中央に不思議なものが転がっていた。


「あれ? 、かな……?」


 陽光に照らされ、きらきらと輝く赤い宝石が落ちていたのである。荒れ果てた大地に一輪だけ咲き誇る花のごとく、とにかくその存在は異質であった。


 エルマはその宝石に興味を抱き、チラッと後ろにいるシャルロッテへ視線を送る。彼女はまだ、コートに引っかかったボタンと睨み合いを続けているようだ。これでは、目の前にある宝石について話し合うことが出来ない。


「落とし物かもしれないし……拾っておかないとね、うん」


 自分に言い聞かせるように独り言を呟き、エルマはゆっくりとその宝石の元へ近づく。不気味にきらめく赤い宝石は、どこか血をたぎらせる心臓を思わせる。こんなものが偶然、この場所に落ちているとは考えにくい。エルマの考察通り、遺失物である可能性の方が高かった。


 だが、この宝石を手に取ろうとエルマが手を伸ばした時であった。


「え? あっ————」


 音もなく、急にエルマの足元を支えていた岩盤が崩落した。あまりにも突然の出来事に、エルマは為すすべもなく大きな暗い穴の中へと落下していった。叫ぶこともままならず、赤い宝石と共に。


 ガラガラという轟音が周囲へ響いたのは、エルマが落下した後のことであった。その音に驚き、コートの糸を袖に絡ませたまま、シャルロッテはぽっかりと開いた穴へと駆け寄る。しかし当然のことながら、もうエルマの姿はどこにもいない。


「え、エルマ……? エルマ!」


 血相を変えて声を上げ、彼女の行方を捜す。だが、返ってくるのは自分の声のみで、肝心のエルマからの返事は一向に無い。この状況から何が起きたのか察せないほど、シャルロッテは愚かではなかった。


「あ、ああ……エルマ! エルマぁー!!」


 シャルロッテの悲痛な叫びがミレリーにこだまする。そして、大きな穴を前に彼女は膝を折り、呆然と虚空を見つめる。どこにもいない、彼女の姿を目に映すかのように。

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