第2話 クラスメイトと公園で

「ちょっと、コンビニに……」


 ふうん、と、飛鳥がニヤリと笑う。……しまった。


「ちょっと~? デザート、買ってきて」

「嫌だよ、小遣いだって少ないんだから」


 すると、飛鳥が俺の首を絞めてきた……結構強めで、だ。


「お・ね・え・ちゃ・ん・のっ、言うことが聞けないのかなー?」

「ぐげ!? う、ぐ、ぐるしい……、離せ、バカ姉!」


 意識が落ちる、ギリギリのところで、なんとか逃げることができた。


「さあ、買ってこい」

「だから、嫌だって――」


 言いかけたところで、再び首を絞められた。

 二回目はさっきよりもきつくなっていたので逃げられない。


「言うことを聞け~っ――って、いたぁ……?」


 飛鳥が首絞めを中断して、振り向く。そこには笑顔の雛姉がいた。


「なにをやっているのかしら、バカ妹」

「もう……、お玉で叩くことないじゃんか……痛ぁ」


「痛いのは妖ちゃんだから。首を絞めるのは危ないからやめなさい」

 

 この家で俺を助けてくれるのは、もう雛姉だけだ。

 逆に言えば、雛姉を失うと、俺は孤立するだろう。


 飛鳥は俺をおもちゃにするし、舞は舐めている……蝶々は、あまり分からないけど。


 その中でも、雛姉は特に優しい。

 俺を心配してくれている。

 まあ、この五人姉弟きょうだいの一番上だから、という意識があるからだろうけど。


「それで、今はなにをしてじゃれ合っていたの?」


「聞いてくれよ雛菊。

 妖一のやつがさ、コンビニに行くって言うのに、デザートを買ってきてくれないんだ」


 いや、当たり前だろ。自分で買いに行け、自分で。

 雛姉はそれくらい分かって……、


「…………デザート」


 あれ!? もしかして……、心が揺らいでますか?


「妖ちゃん!」

「あ、はいっ!」


 いきなり呼ばれ、背筋がピンッ! と伸びる。


「お金を渡すので、買ってきてくれる?」

「…………はい」


 断る理由はない。どうせ、お金は雛姉のだしな。


「……なんで雛菊の時はあっさり……、贔屓ひいき? 

 ――これが噂の、姉贔屓かっ!!」


 俺にとっては飛鳥も姉だが……、どっちでもいいか。


「はいはいごめんよ、すぐに行けば良かったなー」

「雑な対応されてる!?」


 飛鳥が、分かりやすくガーン、と落ち込む。

 さすがに、これはやり過ぎただろうか。

 でも俺、首を二度も絞められてるしなあ……。


 すると、雛姉が千円札を二枚、渡してきた。


「え、多くない? 雛姉、こんなに食べるの?」

「違うわよ。みんなの分も。妖ちゃんも好きなの買ってきていいからね」

「そっか……うん、ありがとう」


 そう言って、俺は戸を開ける。

 いってらっしゃーい、と雛姉の声が響いた。

 こういう風に声をかけられるのも、懐かしかった。


 外は暑い。

 さすがは夏だ。


 さっさと冷房の効いたところに行きたい……だけど、走る気力はない。


 結果、日陰の中を歩くことにした。

 めちゃくちゃ遠回りになったが、いつもより少しだけ時間がかかっただけで、無事にコンビニへ辿り着くことができた。当たり前か。


 早速、冷房が効いた室内へ。ドアに近づいたらドアが勝手に開く。自動扉だ。

 今では当たり前だが、じいちゃんは未だにこれを『あやかしの仕業だ』と言い張る。


 もう軽く受け流すほど、俺の心から妖は消えていた。いや、薄まっていた――。

 そんな妄想に付き合えるほど、俺も子供じゃない。

 舞ならまだ信じそうだが……、いや、さすがにないか。


 ともかく、用事を済ませよう。

 デザートと言っても、なにが良いのか、さっぱり分からない。

 アイスは帰るまでに絶対に溶けるから、除外として。


 俺はデザート棚のコーナーにある、『新発売』と書かれたプリンを見つけた。

 これなら誰も文句を言わないだろう。

 舞がなにか言ってきそうだが、知るか。

 買ってきたのは俺だ(お金は雛姉だけど)。


 プリンを姉弟分。

 お金が余っていたので、食べるか分からないが、じいちゃん、ばあちゃんの分も買っておく。


 さすがに七個は多かったか。袋に詰められ、重い……。

 鈍器として使えるんじゃないか……いやしないけどな。


 帰りは少し道を変えたいな、と思い、違う道を選択する。

 遠回りでもすれば、家に帰る時間が遅れて、掃除をしなくてもいいのでは? と企む。


 なので、向かった先は、ランニングコースがある、大きな公園だった。


 あまり来たことはないか。

 公園と言っても、面白い遊具があるわけではない。

 遊んでも小学生くらいだろう。小さなサイズの遊具しかないのだ。

 それに、ここが完成したのが一年前だから、俺はここに、思い出は一つもない。


 ――と、そこで思い出したように気づく。

 そう言えば俺、昼飯を買ってないじゃん……。


 今から戻るのも面倒だ……まあ別に、一食を抜いたくらいでは死なないが。

 さっさと帰って、プリンを食べるとしよう――と少し早歩きをしようとしたところで、



「――あれ? 誰かと思えば、神谷かみやくんじゃない?」


 誰だ? と声の方向へ振り向く。

 真っ白な、これは比喩ではなく、本当に真っ白な――黒髪の少女がいた。


 もう一度、よく見る。…………ううん? 誰だ?


 私服が真っ白な特徴……、知り合いには、いない。


「なんで俺の名前を知っている……?」

「はあ?」


 なにを言っているんだこいつ、と言わんばかりに、目線で切れられた。


「一緒のクラスで、学級委員の私が、あなたを忘れるとでも?」


 あー……そっか、いたな、そんなやつが……。

 名前は、確か――、そう、


ひいらぎ美月みづき……」

「…………ふうん、忘れてた?」


 正直な話。

 だって、別にお前と交流ないし――とは言えない。


「まあ、いいわ。見逃してあげる。

 で? 夏休みの一日目に出会うのがあなたなんて、運がないわね」


「え、どういう意味だよそれ」

「想像にお任せするわ」


 どう想像すれば? 明らかにマイナスイメージじゃねえか。


「俺も最初に出会うのがお前とはな……なんだかなあ……」


 ささやかだが、少しの抵抗だ。効いているとは思えないが。


「あらそう。ところで、お弁当を作り過ぎてしまって、困っていたの。

 あなたが良ければ、処理してくれないかしら?」


 ――は? え? なに、どういうこと?

 いきなり、『お弁当を食べてくれない?』と言われた。しかも、会ってすぐにだ。


 なにか、裏があるのでは? 疑うのは、本能だろう。


「毒とか、入ってないよな?」

「なにを想像しているの。バカね」

「想像にお任せするって言ったばっかじゃん」

「それとこれとは別なの」


 はあ、そうですか。


 まあ、こいつに限って、それはないか。

 学級委員だし、なんだかんだ、クラスメイトのことは大切にしてそうだ。


 男子も女子も平等に――そこに俺が入っているとは限らないが。


「なら……じゃあまあ、貰うけど――いただきます」


 お腹もちょうど空いていたので、断る理由もない。

 だけど、なんでこいつはここで、こんな大きな弁当を持って……?


「これ、お前が作ったの?」

「ううん、おばあちゃんがね」


 ふうん。となると、おばあちゃんと一緒に、ピクニックに来ていた?


「そのおばあちゃんはどこに?」

「……なんでおばあちゃんのことを聞くの?」


 質問に質問で返された。

 目の前にあった話題を投げてみた、ただの雑談なんだけど……。

 柊からすれば、警戒する話題だったのか。


「いや、このお弁当、美味かったって言いたくて」


 テキトーに言ってみた。

 でも、お礼くらいは言いたいので、テキトーでもないか。

 美味しかったのも本当だし。


「今はいない」


 あれ、予想がはずれたか。

 でも、じゃあ柊は一人でここに?


「ふうん、家なのか」

「違うわ。はぐれたのよ、さっきね」


 だから、この入口で、一人ってことか。

 ここなら、はぐれた人でも合流するのに分かりやすい……時計もあるし、良い目印だ。


 それでも、おばあちゃんはまだ来ない……。

 心配になるが、はぐれた時間など、詳細が分からないからな……、

 もうそろそろ戻ってくるかもしれない。


「――ここでね、ずっと、二時間くらい待ってる」

「は、二時間!? それ、まずくないか? ……迷ってるんじゃないか……?」


 昼過ぎ、日光が一番、活動している時間帯。

 熱中症で倒れていてもおかしくはない……。


「スマホは?」

「おばあちゃんが持ってるわけないでしょ」


 いや、最近は意外と高齢者も簡単なやつを――と言っているが、俺のじいちゃんもばあちゃんもスマホを持ってないからなあ……、伝統的にダメなわけでもないのに。

 単純に機械が苦手なだけで……教えるって言ってるのに突っぱねやがって。

 ちょっとは若者に歩み寄れって。


「心配だな……、よし、探しに行くぞ」


「え? いや、もうちょっと待てば、戻るかもしれないし……」

「戻ってこなかったら? どうすんだよ? ここで待っていても、埒が明かないぞ」


 おばあちゃんがゆっくりとこっちに向かうより、俺たちが公園内を走り回って探した方が、早いに決まっている。こっちは若い体で、体力も有り余っているからな。


 躊躇ためらう柊の手を引き、立ち上がらせる。


「行くぞ。お前はあっち、俺はこっちを探す。

 見つかったら連絡してくれ――あ、そっか、番号を知らないか」


 俺は一応、電話番号を教えておいた。

 柊に頼んで、電話をしてもらう――これで電話番号を交換できた。


 アドレスの方は今は使わないし、これから先も使わないだろうと思うので、交換はしない。


「じゃあ、さっき言った通りだ――行くぞ」

「うん、分かったわ」


 お互いに背を向け、進み出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る