第13話 自由の扉

(そろそろ、訓練生兼教官補佐の立場で甘んじているわけにはいかないのよね)


(……私にだって野望がある)


(――叶えたい、夢がある!)


 通路を早歩きで進みながら、船の甲板を目指す。


 途中、緊急招集に応じた訓練生の少女たちが部屋と部屋の間でパニックを起こしていた。

 錯乱しているわけではないが、顔を合わせた仲間と言い合いをしている。


 会話を聞くと、襲撃者を相手にするためのポジションで悩んでいるらしい。

 それについては構わないが、一向に答えが出そうにない非効率な議論だった。


「あなたたち、甲板はもう充分に人が向かっているはずです。あまり多くても互いに邪魔になるだけですから……、

 あなたたちは部屋で武器を磨き、すぐに交代で出れるように準備しておきなさい」


 は、はいぃっ! と少女数人が敬礼をする。相手は中学二年生くらいの小柄な少女のグループだった。更紗が年上だからか、教官だからか……、恐らく両方だろう。

 それにしても怯え過ぎではないか、と少しショックだった。


 更紗も敬礼をして、軽めのアドバイス。だが口を開きかけると、目の前の少女一人がびくりと肩を震わせる。怒るわけではないのだけど。誤解を解こうと思ったが、口に出せば出すほど、誤解が深まりそうだったので放っておくことにした。


 こういう後回しをしているせいで、更紗の鬼教官という印象はなかなか拭えない。


 だからこそ更紗と共にいることが多いみゃー子は、訓練生の中でも一目置かれているし、憧れている訓練生も多い。コミュニケーションは壊滅的だが、実力は随一であり、人間としての欠陥があるからこそ、天才性が浮き彫りになっているのだ。


「……会話を少し聞いていましたけど、着眼点は良いと思います。でも、考えるよりもまずは動いた方がいいですよ。レベルを上げて言えば、考えながら動いてください。できるなら、戦いながら策を練り、罠を張るのが望ましいです」


 少女たちはぽかんと口を開けたままだった。まだ、彼女たちには早過ぎたアドバイスだったかもしれない。だが、更紗が彼女たちくらいの年齢の時には、既にそれができていたので、難しいことではないのだろう。


 みゃー子が天才的で、それを間近で見ていた更紗は、自分を凡人だと思っている。天才を凌駕する凡才の戦い方を常に考え、吸収していった。更紗は、自分への評価がかなり低い。

 自分ができるのならば大半の人ができると勘違いをしている。


 更紗は天才ではないが、達人ではあるのだ。


 決して、凡人ではない。


 結局、アドバイスされた彼女たちにとっては天才から言われても、達人から言われても、アドバイスの内容をそうそう簡単に実現できるものではない。


 一発では、不可能だ。彼女たちが天才ならば、その限りでもないが。


 だが、天才ではない更紗ができるようになったということは、努力でなんとかなる、という意味でもある。


 みゃー子の真似をすれば不可能だが、更紗の真似は、不可能ではないのだ。


「わ、わかりましたっ、教官、あいさー!」


 無理して叫んだような少女たちの声。彼女たちはすぐに自分の部屋へ戻っていく。命令通り、武器を磨きながら、出番を待つのだろう。命令しておいて悪いが、きっと出番はない。


 既に交戦しているメンバーで、相手を沈めることができるのだから。


「あ……」


 更紗は思わず声に出していた。一番元気な、あいさー! をくれた少女が気づき、立ち止まった。振り向き、首を傾げる。更紗がなにかを言うのを、待ってくれているらしい。


「……今の生活は、窮屈きゅうくつだと思う……?」


「えっと……、どういうことですか?」

「自由がないって、思わない?」


 飛竜の訓練生は常に監視され、訓練漬けで、娯楽も用意されておらず、生きるために必要な衣食住が保障されている……、それしかない。それは飛竜の戦闘員たちが定めた教育システムであり、レベルの高い戦闘員を作るためであった。


 飛竜は別名【飛竜ひりゅう国家こっか】と呼ばれている。関東地方と東北地方を陣地としている領家であり、どこの領家も大差ないかもしれないが、上下関係が特に厳しかった。


 訓練生よりも戦闘員の方が上で、戦闘員よりも幹部の方が上で……、

 言い出したら長々と続くだろう。


 そして、他の領家にはない飛竜の特徴として、戦闘に特化した、まるで機械のような戦駒を意図的に作る教育をしていた。この教育、という方針も、飛竜の特徴の一つである。


 他の領家は、ばらばらと言えるほど、まとまりがないわけではないが、飛竜ほどにがっちりとルールで縛っているわけではない。信頼関係を軸にして、繋がりを途切れさせないようにしている……そのため、裏切りが多いのだが、飛竜にはそれがない。


 裏切り者は歴史上でも片手の指で数える程度しか発見されていない。


 ルールや法律で縛り、信頼関係ではなく信用で繋がっているから、国家なのだ。


 徹底された教育、保障された生活――貰い、与える義務、拘束の許容、自由の制限。


 ――自由。


 更紗が喉から手が出るほどに、欲しいものだった。


「……えっと、自由は、あんまりないですけど、でもみんなと一緒にいられるから、楽しいですし、それに頑張れば、戦闘員になることができれば自由は貰えるはずですし!

 だからわたし、頑張りますっ!」


 今回の試験で絶対に、勝ち抜いて見せます! と少女が強い目で更紗を見る。


 その答えに、更紗は頷き、


「うん。頑張ってね」


 堅苦しい敬語ではなく、背中を押すような優しい声をかけた。


 ぽかんと声に浸っていた少女が、「――そ、それじゃ!」と言って足を進めた。


 いつもの口調ではなかったから、変な風に思われたかもしれない。少しの後悔が押し寄せてきたが、決して悪印象にはなっていないだろうと思ったので、重くは受け止めない。


 こういう積み重ねでいいのだろう。


「……自由が欲しい」


 それは訓練生の誰もが思っていることだろう。


 最初から飛竜で生まれ、この生活が当たり前だと思っている者からすれば、今の生活になんとも思わないだろうが、しかし外で生活していた後に飛竜に入ってきた者からすれば、ここは地獄で、刑務所のようだった――。


 もちろん刑務所に入っていたわけではないけど、イメージにしたらそれが近い。


 普通の生活が送りたい。


 戦いばかりでなく、殺しばかりでなく。普通にセーラー服を着て、学校にいって、甘酸っぱい初恋をして、好きな人のことで一喜一憂して。


 外の世界では当たり前だったそんな生活を、送りたかった。


 ……まだ間に合うとしたら。更紗のチャンスは今回しかないだろう。


 戦闘員に昇格する。訓練生が望み、目指す場所は唯一にして、そこしかない。


 それはお金で買えない、大切なもの――。


 荒れる海の上、水飛沫を浴びながら甲板に辿り着いた更紗は、問う。



「――状況は?」

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