第14話 腐れ縁、開始

「なんとか、追手はいなくなったかあ……」


 三十人以上の飛竜に追われながら隠れていた羅々宮は、静かになった通路を天井裏から覗きながら呟いた。今は何時なのか、スマホを取り出したら画面が割れていた。

 丸い痕がついている。逃げている途中で銃弾を防いでくれたのだろう。


「うおっ、まったく気づかなかったぜ……!」


 危ない危ない、と呟く。スマホをしまって、這い這いで天井裏を道順に進む。

 人の気配は感じられない。いつもより警戒しているが、一つも引っかからなかった。

 だから大丈夫だろう、と地面へ飛び降りる。


「ひい、ふう、みい……うん、残り数には余裕があるな。

 まあ、さっきも手榴弾は使わなかったしな。煙幕なら使ったけど」


 攻撃をしたかったわけではない。目くらましが目的なら、爆発でなくていいのだ。


 武器をしまい、通路を進む。幸助を探しながら、しかし目的は命火だ。気配を感じることができるが、相手の特定までできるわけではないので、一部屋ずつ確認していかなければならない。


「あれ? そうなるとやっぱり上にいた方が良かったのか?」


 しかし上は上で、いけない場所も発生するのでどっちもどっちだ。下を歩けば見つかる可能性は上がり、確認する時のリスクも生じる。上は比較的、見つかりにくいだろう。


 どっちを取るかだが、選択するまでもなく併用するのが一番だった。


「やべえな、眠くなってきた……」


 今は何時なのだろう、とさっきの疑問が浮上してくる。逃げている最中は時間なんて気にしなかったし、暇もなかった。体感的にはあっという間で、だから時間感覚が狂っている。

 眠さ加減で言えば、十二時を越え……てはいないだろう。


 その時間を越えたら、羅々宮は逆に元気になるはずだ。


 大あくびをしながら道なりに進む。

 時間は、まあいいかと投げ出した羅々宮の前に、突然現れた――人影。


「…………、――――っ」


 眠気のせいか、一瞬、反応が遅れた。


 ざっ、と後ろに飛び退いた羅々宮は、曲がり角から現れた少女を見る。


 ブロンズ色をしたくしゃくしゃの長い髪。どんな状態で寝たらそんな寝癖がつくのだろうと疑問に思うような跳ね方だった。長い袖で目をこすり、少女は羅々宮を見る。

 自分の半分くらいの大きさの枕を抱きしめていた。


 足取りはふらふらで、倒れてしまいそうな。

 倒れたらそのまま眠ってしまいそうな自由さが少女にはあった。


 放っておいていいのだろうか……、羅々宮はとりあえず、少女を観察した。


「…………だれ」


 少女の瞳とばっちり、視線がぶつかる。


 いくら眠気眼だとは言え、話しかけてきたのなら認識していることになる。

 羅々宮にとって、その認識が一番、困るのだ。


(悪く思うなよ)


(ここで叫ばれたら洒落にならねえ。痛くはしねえから、ちょいと制圧されてくれや)


 推定で中学生……、見た目で言えば、もしかしたら中学一年生かもしれない少女に攻撃をすることに、思うことがないわけではなかったが、破壊するわけではない。

 制圧し、封殺し、組み伏せるだけなので、だから躊躇はなかった。


 少女の背後に周り、強く握ったらぽきりと折れてしまいそうな、病的に色白な少女の細い腕を取る。そして後ろで固定する。枕がぽすん、と落ちた。


 考えていたわけではないのでまったくの偶然だった。

 好都合、倒れた枕の上へ、少女を押し倒そうとする。


 しかし――ぐりんっ。


 背中を向けていた少女の首が、羅々宮の方へ向く。


「!?」

 

 体が柔らかい。まるで三百六十度、稼働可能な動きだ。


 そのまま一周できてしまいそうな不気味さが少女から出ている。


 本能的に羅々宮は少女を、この場で潰しておかなければ後々、厄介だと悟った。

 心を殺して遠慮なく、ナイフを取り出す。


 首に一撃。これに失敗しても、手榴弾が少女を逃がさない。


 逆手に持ったナイフの切っ先が、少女の首へ到達する前に、ごきり、という音と共に少女の上半身が前に倒れた。


 後ろで両手を固定し、引っ張っているので、多少は動かせても迫るナイフを避けることはできないはずなのだが……。


 少女は回転した。

 羅々宮は油断したわけではないが、少女の回し蹴り、踵の一撃を顎に受ける。


 視界が揺さぶられた。

 映る光景が明滅する。そのまま眠ってしまってもおかしくない一撃だった。


 なんとか意識を保つことができたのは、彼がナイフを自分の腕に突き刺したからだ。貫通はしていないが、しかし薄皮一枚程度と、軽いわけではない。どくどくと血が溢れ出てくる。


 仕方ないが、少女の固定していた手は解かれた。空中回転をしながら距離を離した少女は、先ほど自分ではずした両肩をはめていた。プラモデルのように付け替えが簡単にできるらしい。

 痛みに顔をしかめることもない。既に慣れているようだ。


 脱臼に慣れているのではなく、痛み自体に慣れているような……。


「おまえは、敵だね」

「そうだぜー。そういうお前も、オレにとっちゃあ敵だ」


 ここは敵の本拠地だ。敵以外がいる方がおかしいし、信用できない。


 いるのは飛竜だけだし、五大領家・序列一位の戦士なのだ。だから驚くこともない。


 少女の、くまさんが描かれているぶかぶかのパジャマの中から、四丁の拳銃が地面に落ちても、驚かない。


 二丁は手に持ち、二丁は足の指で持つ。


 互いに、既に眠気など吹き飛んでいる。



「みゃー子」

「ん?」


「あたしのなまえ、みゃー子」

「なんだか、猫みたいな名前だな」


「猫は好き。撃つと避けてくれるから」


 物騒な遊びをしている。狙われている猫も可哀想だな、と他人事ひとごとの感想を抱く。


「…………」


 みゃー子がじっと羅々宮を見つめていた。喜怒哀楽のどれでもない表情なので、求めているものが分からない。なにもないのかもしれないが。


「なまえ。名乗ったんだから、名乗るべきだって、言われたよ?」

「あ、そうか。悪い悪い」


 羅々宮恵太だ、と名乗る。みゃー子は、ふーん、と興味なさそうに。


 じゃあなんで名乗らせたんだ、と思うが、彼女は教育されたことを律儀に実践しているだけだ。行動によって出た結果に、意味を求めていないし興味もない。出された宿題を全てやっても頭には入っていないため、学習できていないのと似たようなものかもしれない。


「らな、ななみや」

「羅々宮だ」


「あな、たたみな」

「あー、もういいやそれで」


 羅々宮には根気強く教える気はないし、暇でもない。こうしてみゃー子と戦っている間に他の飛竜も駆けつけてきてしまうかもしれない。だから、早く片づける。十二時を越えていなくとも深夜であることに変わりないが、規則正しく眠っているとは限らない。


 合図一つで起きてくるのが飛竜である。


 殺意一つでやってくる、これも否定はできなかった。


「……強そう」

「オレか? 強いぜ、オレは」


 領家同士の戦いで何度か勝利を収めている。その事実が自信に繋がっていた。


「強い人、大好き」


 その笑顔は同い年ならば間違いなく魅力的に見え、一発で惚れてもおかしくないようなパワーを持っていたが、羅々宮は対象外だ。

 そもそも、彼にも意中の人がいるので、年下に惚れるわけがなかった。


 でもまあ、悪い気はしなかった。


 気に入らないから殺す、むかつくから殺す。そういうのとはまた違う、単純に戦闘を楽しむタイプ――領家の中では意外と珍しい、戦いを好むスポーツマンのような戦士。


 羅々宮とみゃー子が当てはまる。


 二人のフィーリングは最高だった。だからと言って、仲良く和解はしない。


 したとしても、結局のところ、戦う。

 二人にとって、それが一番のコミュニケーションになるのだから。



 だから、不意を討たない。


 合図は同時に。


「よーい」


「どんッ!」


 羅々宮対みゃー子。


 長い因縁の始まりの一戦が、始まる。

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