第9話 第二陣、出発

 幸助と命火が入寮することになった猿山さるやまそうに、現在三人の住人がいた。


 奪われた命火――彼女を追い【五大領家・序列一位】の飛竜に喧嘩を売りにいった幸助と羅々宮を追うための準備をしていた。

 どたどたと慌ただしく動いているのは、大家である刺向炎花だけである。


 保護者としてこの場にいない三人の心配をしている炎花は、必要になりそうなものをリュックサックに詰めている。きっと使わないだろうと思うが、一応、という思考から、なかなか取捨選択ができなかった。


「あ! 恵太のやつ、わたしの車に勝手に乗っていったな!?」


 猿山荘の外、手作りの雨避け屋根の下に駐車していた車が、一台なくなっていた。

 友人からの貰い物で、大事にしているわけでもないので個人的な怒りは湧かなかったが、大人としては説教をしなければならない。


「あいつ、免許はまだだよな……?」


 バイクなら持っていた気がするが。バイクを普段、運転しているから、じゃあ車もできるだろうと思ったのかもしれない。恵太らしいな、と納得しかけたが、どんなにらしくとも違反だ。


 しかも車がなくなったので、山を素早く下りるための足が無くなった。



 猿山荘は東京都のとある山に建てられた、一戸建てのようなアパートだ。


 幸助を始めとした寮に住むメンバーは、この場所から少し下りたところにある高校へ通っている。そこまでは公道が繋がっているのだが、学校からこの寮までは、公道がない。

 道とは言えない道を進んで、やっと辿り着くのだった。


 ここからさらに登れば、すぐに山頂だ。猿山荘の存在は、立地条件から【問題児の巣窟】という認識をされていた。反面教師のための犠牲者収容所とも呼ばれることもある。


 しかし実情は、【領家】の能力が覚醒した者を保護する場所であり、決して問題児が送られているわけではない。

 たまたま今年は問題児ばかりになっているだけで、去年なんて、生徒会長が住んでいたりしたのだ。


 まあ、生徒たちからは、優しい生徒会長の良心的な奉仕だと思われていたわけで、だから猿山荘への差別は消えたわけではなかったのだが。



 そんな猿山荘の今年の問題児二人は、片方の部屋で仲良くトランプをしていた。


 黒い短髪で無表情な皆人の、二枚のカードのどちらを取るか選ぶマキナ。

 こっち! とかけ声と共に引いたカードは、ババだったらしい。うあー、と伸びをして後ろに倒れたマキナは、手元の数枚のトランプをシャッフルして皆人の前に出す。


 さっと取られて絵柄を合わされて、二人、向かい合い挟んでいるテーブルの真ん中にあるカードの山に置く。マキナの手元に残ったのは、ババの一枚。勝負が決まったので皆人はカードの山をマキナの方へ寄せた。負けた方が片づけをするというルールらしい。


 ぷるぷると震えるマキナは涙目で、


「もう一回!」

「なにがもう一回だ、バカ!」


 こつん、と額をぐーで小突く。

 あう、とマキナは痛くないだろうが、手で擦っていた。


「皆人も、付き合わなくていいんだぞ!」

「…………」


「え? ああ、そういうことか。マキナ、恵太が心配ならそう言えばいいのに。

 落ち着くためにトランプをやっていたんだって?」


「皆人、そんなこと言ってたの!? くっ、喋らないから失言をその場で止められない!」


 全然心配なんてしてないし! と言い張るマキナを、まあまあ、となだめる。

 喋らないが肩を押さえる皆人も、同じ気持ちらしい。


「わたしは心配だ。だから、早く二人を助けにいくとしよう」

「でも……、相手はあの飛竜だよ?」


 幸助や羅々宮とは違い、マキナは蛇姫としての立場があった。

 彼女は五大領家の一つ、蛇姫の戦駒せんくとして、現在も所属しているのだ。


 陣取り合戦が停戦協定のおかげでなくなっている今、蛇姫の一員が飛竜へ喧嘩を売ったらどうなるか……、違反をすれば、飛竜と蛇姫の止まっている陣取り合戦が再開されてしまう。


 マキナのわがままでこの寮に住めているのだ。これ以上、家族に迷惑はかけられなかったし、かけたくなかった。そういう事情があるのを知っている炎花は、口を閉じる。


 すると、玄関の扉を開けた音がして、そちらを向くと、皆人が既に出発していた。

 車がないので、足で。この山を下りて助けにいこうとしていたらしい。


「待て、皆人! ……わたし、少し熱くなっていたな。

 お前ら二人の抱えていることを考えずに、助けにいこうなんて無責任なことを……」


 すっ、と皆人は人差し指を口元に持っていった。しー、と炎花の言葉を止める。


「なに、を……」


 皆人はなにも語らない。ジェスチャーさえも。しー、の状態のまま、動かない。


 くるりと再び歩き始めた皆人を引き止める。

 炎花は、たとえ自分の家族を裏切り、犠牲にしても友達を助ける皆人へ、問う。


 分かり切っている答えを、彼の口から、声として聞きたくて。


「……どうして、そこまで。

 もしもお前が【王猿おうえん】から裏切り者だと認定されたら、ただでは済まないんだぞ!?」



「友達だから」


 

 声は後ろからだった。


 髪型をポニーテールに変え、

 動きやすく肌の露出の多い服装に着替えたマキナが、皆人の意志を代弁する。


 その意志は、彼女自身の意志でもあった。


「家族や世間体を気にして遠慮するなんて、うちったら、バカみたい。皆人の言っていることはいつまで経っても分からないけど、今は分かる。だって、友達だし、一緒に住んでいるこっちの方が、もう家族みたいなもんだし」


 それに。


「……せっかくできた後輩、逃したくないし」


「マキナ……。『いいように使えるぱしりがいなくなるのは勿体ないと思っているだけかな』って皆人が言っているんだけど、本当か?」


「皆人~~~~! いいシーンなんだから、茶々を入れないでよ~~っ!」


 ぐりぐりと、相手のこめかみを拳で押すマキナと無表情で喰らう皆人。

 炎花はそんなたくましい教え子に嬉しさを覚えた。


 一人が攫われて、許可も取らずに突っ走った幸助と羅々宮。

 事情があっても尚、友達のためになにを捨ててでも助けにいこうと決めたマキナと皆人。


 彼、彼女らはまだ子供だ。だから、最悪の場合は全責任を自分が被ることで、なんとかできる、いや、してみせると炎花は覚悟を決めた。


 教え子が、住む場所を追われ、命を狙われ続けるなんて事態には絶対にさせない。


 炎花は寮の外、今にも崩れそうな倉庫小屋へいき、ぼろぼろになった自転車を見つける。

 二台。だから一台に二人で乗って、この山を下りる。


「下までいったら、船の調達か。うーん、あんまり頼りたくはないけど、まあ、困ったらいつでも連絡くださいって言って卒業していったからな、あいつ……」


 一人の教え子の顔を思い出す。

 困らせたくなる、なんだかいじめがいのある少女だった。


 彼女の役目をマキナがそのまま受け継いでいるような感じだ。


「……わたしはこれでも【元・五大領家】だからな。ちょっと古くなるけど、顔は広いし、恩もいくつかある。……戦争なんて、させねえよ」


 薄暗い倉庫の中で、パチパチと、炎花の体から微かな火花が飛び散っていた。

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