第7話 塵も積もれば蜂となる
(悪いことしちまったなあ。いやでも、あの状況じゃ仕方ないっつうか、なんつうか)
(オレが残るよりも、あいつが残った方がばれないだろうし、動きやすいだろ)
(オレはオレで、裏からこっそりと明花を探すとするかね――)
天井裏。とは言え、上にもまだ階層はあるので、階と階の間の隙間にいることになるが。
羅々宮は這い這いのように、胸を地面に擦らせながら前へ進む。真っ暗だが、ところどころ、部屋の光が漏れているので困ることはない。闇に目が慣れないのはちょっとした短所だが。
(運がねえのかねえ。まさか侵入して最初の通路で、大量の飛竜と出くわしちまうとはな)
数十分前のことだ。
船に飛び移って甲板から船内へ侵入。長い通路を歩きながらこれからの行動を相談していると――、曲がり角から大量の飛竜が歩いてきたのだ。
咄嗟に、羅々宮は幸助の肩を踏み台にして天井裏へ逃げた。
当然、幸助のことは置き去りにして。
上から様子を見ていたら、幸助は一人の少女に保護されていた。
どこにでもあるジャージ姿の、しかし美人な少女だった。
あとを追おうとも考えたが、二人で固まっていたら目的を達成できなさそうなので、一旦、幸助のことは切り捨てることにした……、もしも正体がばれて殺されたとしても、幸助だって覚悟はしているはずだ。
(後味は、悪いけどな……)
羅々宮はさっさと目的を達成させて、幸助を回収し、帰ろうとしていた。船が出発してしまっている現在、目的を達成させても脱出するのが困難だが、それは命火を助けてから考えよう。
意外となんとかなるものなのだ、とこれまでの経験則から答えを出す。
「ん? なんだか騒がしいな」
羅々宮は声の方向へ這い這いして近づく。豆粒ほどの穴から光が漏れている。
騒がしい声もその穴の下からだ。羅々宮は軽い気持ちでその穴を覗いてみた。
そこは天国だった。
肌色と膨らみが広がる、男の憧れが目の前に広がっていた。
(れ、レベル高ぇー!)
羅々宮がいる天井裏の下は大浴場だった。浴槽に浸かる少女、体を洗うためにシャワーを浴びる少女など、三十人以上の少女たちが湯浴みをしていた。
年齢は中学生から高校生までだろう。中には本当に中学生かと思うような童顔もいれば、大人といても変わらないくらい大人っぽい少女もいる。顔と体を観察し、その組み合わせから判断した、羅々宮の変態的な特技だ。
(ま、およそだけどな)
羅々宮本人は答え合わせができないが、実際、正解だ。飛竜の訓練生は中学一年生から高校三年生までである。訓練体験でたまに小学生がいたりするが、もちろん、例外としてはずす。
(飛竜って、やっぱ女の国って感じで、美人ばっかりだよな……)
(いやでも、蛇姫も負けてはねえか。
……色々な意味で露出が少ない分、傷物ではない分だけ蛇姫の方が美人なのかねえ)
区分すれば、飛竜は可愛い系と格好良い系に分類され、蛇姫は美人に該当する女性が多い気がする。羅々宮の推測なので確実ではない。既に寮に住む同級生の蛇姫の一人は、美人ではない。
あれはポンコツだ。
(美人ではねえな。ま、あれは可愛い系だろうな)
区分すればな、と付け足して。
可愛いというのは認めているらしい。
(……さて、眺めていたいのは山々だが、ずっとここにいるわけにもいかねえな。
それに、今こうして湯浴みをしているってことは、別の場所は隙だらけってことだろ?)
と、羅々宮は考えるが、そうでもない。わざわざ班分けをして順番に湯浴みをしているのは、単純に大浴場の利用人数を考えたのもあるが、本命は、飛竜の訓練生、全員の身動きが取れなくなる状況を回避するためだ。
ローテーションをさせれば、一部は湯浴みで身動きが取れなくなるが、それ以外の訓練生は敵を察知し、すぐに動ける状態――なので、羅々宮の予想ははずれていたのだ。
とは言え、
湯浴みをしている三十人は、本来いる場所の警戒にはいないため、多少でも隙間はあるが。
そこを狙えば、羅々宮にも勝機はある。動き出した手が、手元の天板に体重をかけ、
「――ん? バコン?」
嫌な音が鳴った。嫌な予感がしたので天板の横にできた隙間を、慎重に持つ。
下から漏れてくる光が強くなり、照らされている範囲も広くなってくる。
天板がはずれた。正方形の穴が、羅々宮の前に生まれた。
(……やべえ、嬉しいけど地獄だぞっ、これ!)
開いた正方形は意外と大きい。
羅々宮一人の体がすっぽりと通り抜けられ、しかも隙間がかなりある。二人分は無理だが、動物……、たとえば中型犬を抱えていても引っかかることはないだろう。
そんな大きな穴が天井にあったら、飛竜たちの意識はそこに集中し、あとは火を見るよりも明らかだ。謎があれば原因を探ろうとするのが当然の思考回路だ。
せっかくここまで進んできたのに、今更引き返すのは精神的にきつい……。
飛び越えて進む? いけないことはないが、一歩間違えば湯船に真っ逆さまだ。それに天板が抜けた近くは脆い。穴に落ちなくとも、穴を広げた結果、欠片を落としてしまうかもしれない。
(音は、小さめだった……ばれて、ねえ、よな……?)
下の大浴場を確認した羅々宮は、見覚えのある茶髪を見つけた。少女の目は誤魔化せても彼の目は誤魔化せない。似ているが、女体とは思えない体。まったく興奮しない、同性の匂い。
「……幸助?」
「……先輩?」
一人の少女……、否、女装したまま三十人以上の少女――(しかも美少女)と共に湯浴みをしている少年と目が合った。
「(なにをしてるんですかぁああああああああああッ!?)」
「(こっちのセリフだぁああああああああああああッ!!)」
人がステルス作戦を決行している間に、相方はラッキースケベなハーレムシチュエーションを楽しんでいたことに不満を覚える。その状況に身を置くこと自体は、別にいい。
問題はなぜお前だけ、という点なのだ。
幸助を置いて身を隠したのは羅々宮だ。なので自業自得でもある。それに、もしも逃げずに幸助と共にいたからと言って、同じ状況になるとは思えない。
羅々宮は幸助と違って筋肉質だし、見れば男だと分かってしまうだろう。
自覚しているからこそ、羅々宮は逃げたのだから。
この不満も怒りも、望む結果には繋がらない……、不毛な感情だった。
「あそこ! の、覗きがいるッ!」
(――最悪だ!)
湯浴みをしていた飛竜、三十人に届く少女たちが、一斉に穴の開いた天井へ視線を向ける。
羅々宮はぞくりと
(だけど、ないよりは――)
しかし、それは失敗だった。盾にするには天板は薄過ぎる。しかも視界が塞がれてしまった。
三十以上の銃声と共に、天板が撃ち抜かれ、銃弾が羅々宮の肩を掠めた――。
(がっ、あッ)
片目を瞑り、痛みに耐える。灼熱が肩を撫でる。
天板を離した羅々宮は、穴を飛び越えその先へ体を滑り込ませた。
「風呂場にっ、拳銃を持ち込むんじゃねえって!」
銃声が羅々宮の足跡を追ってくる。止まれば撃ち抜かれる。先読みされる可能性もあるが、それは仕方ない。先読みされた攻撃よりも早く、走り抜けるしかない!!
(用心深いってわけじゃねえ……)
(風呂場に武器を持ち込むのは、普通だ)
(オレだって毎日やっている。
オレたちがいる世界は、油断のできねえ世界なんだしなあ!!)
大浴場の天井を抜けた羅々宮は、テキトーなところで天板を踏み抜いた。音を立てることを気にしない。天板と共に地面へ落下し、着地する。
後ろから、どたどたと足音を立てながら、こちらへ近づいてくる三十人以上の飛竜たち――。
「へっ、限られた空間での鬼ごっこ……もしくはかくれんぼか。
しかもオレ、一人と飛竜全員となると――なるほど、これは骨が折れるぜ」
言いながら、羅々宮は笑っていた。極限状態で思考が弾け飛んだわけではない。
最初から、彼の頭のネジは、弾けたようにはずれてはいるが。
絶対絶命の状況だが、絶望ではない。
そこまでの戦力差があるとは、羅々宮は考えていなかった。
真正面から多対一で叩けば物量で負けるだろう。
なにもさせてくれずに、袋叩きにされて終わりだ。
なら。
一人ずつ確実に、音も無く消していくとしたら、どうだろう?
たとえ羅々宮一人でも、飛竜を壊滅させる可能性は僅かでも上がるのではないだろうか?
(まあ、無理だろうけどな)
彼は自身を過大評価しない。
自分の認識が足をすくっては、目も当てられないのだから。
目的は飛竜の殲滅ではなく、明花命火の救出である。
数人にアタックし、彼女の居場所を聞ければ、まともに戦う必要はない。
逃げるが勝ちとは、このことだ。
「さて、小さなことをコツコツと。塵を積もらせ、骨を断つとしよう――」
手に馴染んだナイフを右手に。
手の平に収まる丸い軍用手榴弾を、左手に。
彼は再び姿を消した。
飛竜を脅かす、
たった一人の
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