第5話 五大領家
入学式当日。
時間に余裕を持って出た朝、コンビニで幸助と命火は、偶然にも強盗事件に巻き込まれた。
犯人は三人組で、全員が拳銃を持っていた。
人質として一列に座らされ、並べられた時、幸助は隣に座る同じ制服を着た少女を見つけたのだ……それが命火だった。
強盗に巻き込まれて不安だろう彼女に声をかけようとした。自分だって初めての経験で、恐怖もあった。しかし隣の少女を安心させたいと思い、幸助はひそひそ声でコンタクトを取ろうとした――だが、それがいけなかった。
ひそひそ声は他の者からすれば密談に聞こえる。
気が立っている強盗からすれば、その密談は反抗する相談に見えたのだろう。
ターゲットになったのは命火だった。強盗の気分だったのだろう、この時点で明確な理由はないはず……密談をしていた二人の内、幸助ではなく命火の額に、拳銃の銃口が向けられた。
幸助が、その子は関係ない、話しかけたのは自分だと訴えても、強盗は耳を傾けなかった。
強盗に少しの下心が生まれたのは、命火の全身を下から上までじっくりと見たからだ。まだ成長の余地がある白く綺麗な肉体。胸はやや膨らんでいるが、まだ控えめだ。黒髪は肩にかかる程度まで伸び、縁なしメガネをかけ、図書館にいる、文学少女のような雰囲気だ。
拳銃を持ち、絶対的な命令権を持つ強盗は、命火をどう遊ぶこともできる――。
どんな言うことでも聞かせることができると、強盗は期待していたのだろう。
しかし蓋を開けてみれば。
命火は強盗の言葉の全てを、無視していた。
軽蔑した目でじっと見つめるだけ。睨み付けないのは敵として認識していないからだ。
ただ、下劣な物体として瞳に映している。
なめられていると気づき、苛立ちを覚えた強盗は、下心など頭の中から追い出した。
怒りが漏れ出て、銃口を命火の額にくっつける。
この時点で、飛竜である命火は拳銃……、遠距離武器に触れている。
そこから先、幸助は見えなかった。
結果だけがチャプター送りのように見えていた。
銃声、そして命火の前で背中から倒れる強盗。額には一つの、丸い穴――弾痕。
きっと命火が相手の拳銃を奪い、強盗の額にめがけて撃ったのだろう。しかし、結果までの過程が、幸助の中で繋がらない。早過ぎて、なにをどうしたのか、正確な手段が分からなかった。
その後も早かった。今度は見逃すことなく、命火の飛竜としての戦闘を見ることができた。
それは、まるで競技ダンスのリボンのように、相手の流血を振り回し。
それはまるで、流麗なダンスのように、魅せるための演技のような動きであり。
幸助は彼女のその動きの全てに、魅入ってしまった。いつまでも見ていたい。この光景を独り占めしたい。彼女自身を独り占めしたい。彼女を、幸せにしてあげたい――。
一目惚れと言うには出会ってからの時差があるかもしれない。だが、彼女の本質をきちんと見つめ、一瞬で惚れたのならば、それは一目惚れと言ってもいいのかもしれない。
彼女がしたことは冷静に考えれば人殺しだ。相手がいくら強盗だとは言え、殺しは絶対悪である。分かっていても、幸助は関係ないと、見つめた上で切り離す。
殺しから目を背けたわけではない。見つめた上で、許容した。
人殺しであっても、一緒に背負うと、覚悟を決めた。
だから、強盗が殺された静寂の空間で、幸助が一番最初に動いた。命火の手を取り、事件現場のコンビニから走って出た。あのままあの場にいれば、いずれ警察がくる……、そして分かりやすく証拠が残っている命火が、取り調べを受けるだろう。
幸助はその時、咄嗟に、逃げなくちゃと思っただけで、理由はなかった。
それでも無理やり理由を絞り出したのは、逃げた先、今日から通う高校の前で、命火が入学式に既に遅刻していると明かした時だ。
入学する高校の初日に出席をしない生徒は、クラス内で浮き、孤立する。
取り調べを受けていたら、間違いなく欠席になる。
命火を連れ出したのは、クラス内で浮いてほしくなかったからだ。
神様は幸助に味方し、命火とは同じクラスだった。これで一応、孤立することはないだろう……、友達は多い方がなにかと役に立つ。だから幸助の選択は、間違いではなかった。
――
―
「今にして思えば、あの時、現場を放置してたのは危なかったなあ……」
「なにが?」
「……いえ、というか、いま普通に信号無視しましたよね?」
「船の出発時間まで、結構ぎりぎりなんだ。飛ばしていくしかねえだろ」
命火との出会いを思い出していた幸助が、現実世界に戻ってくる。
「マキナ先輩は……【
「ああ。飛竜を筆頭にした陣取りゲームの参加者を【
で? マキナがどうしたんだ? と幸助の方を見て、羅々宮が聞いてくる。
対向車からクラクションを鳴らされているので、きちんと前を向いて運転してほしい。
「うるせえな」
「先輩が悪いんですけどね……。マキナ先輩って、相手の記憶も拘束できたりします?」
「うん? 封じ込めるって意味? ずっとは無理だと思うぜ?
たぶん、一週間程度なら思い出さないようにすることもできたと思うけど」
「あ、謎が解けました。ありがとうございます」
「?」首を傾げながら、しかしまあいいか、と羅々宮は興味を失くす。
命火を事件現場から連れ出したあの日以降、命火へ、警察からのコンタクトがない。
監視カメラにも、同じように人質として捕まっていた会社員や学生もいたはずだし、彼らの瞳にも映っているはずだ。
一緒に現場を見ていたはず。制服なんて、所属を分かりやすく晒しているのだ。いくら小さい強盗事件だとしても、人死にが出ている。殺人犯を追うのは普通だと思うのだが。
一向に警察が殺人犯を探している気配がない。まるで、強盗が死んだのは罪悪感に耐えられずに自殺した、と言った結果に落ち着いたような……。
(確か、蛇姫は拘束を得意とするって炎花さんが言ってたと思うけど……。
それって具体的なものじゃなくて、抽象的な意識とか記憶にも作用するんだなあ)
マキナが目撃者の、命火を見たという記憶や認識を拘束したのだろう。そして一週間、思い出せず、遅れて思い出したとしても、わざわざ警察に届けるまでもないだろうと判断するはず。
おかしな夢だった、とすぐに忘れるだろう。小さな事件なんてそんなものだ。
監視カメラは言うまでもないが、羅々宮の仕業だろう。お得意のサイバーテロで改竄したはずだ。頼りになる先輩たちのおかげで、命火は寮で普通に暮らせていたのだ。
周りの人たちへ、感謝しかなかった。
(できれば巻き込みたくなかったけど、僕だけじゃどうしようもないから――)
(最初だけ、力を貰います、羅々宮先輩)
羅々宮を選んだのはコミュニケーションが取れる男子だったから。マキナ先輩は巻き込めないし、炎花は絶対にダメだと言うだろう。大人として、全部を被るつもりだ。
皆人は会話が成り立たない。幸助が、彼の意思が分からないのだから仕方ない。
こうして整理しても、直感的に羅々宮のところに向かったのは、一番頼りになるからだろう。
なんだかんだとこの一週間、羅々宮と共にいることが長かった。色々と教わったし、勉強になった。巻き込んでもいいと思えたのは、羅々宮だけだったのだ。
「――見えたぜ、豪華客船。オレたちの戦場だ」
――
――
真仲君、今頃どうしているのかな、と、することもなく考えていたのは、命火だった。
ふかふかのソファーの端っこに座っている彼女は、
部屋の中に集まった六人の少女の顔を横から順番に観察していく。
見たところで、見た目から分かることは印象だけであり、相手の本質など分かるはずもない。
内気で暗そうでも、話してみれば明るくお喋りな人だっているのだ。
自分自身は印象と本質が想像通りで同じだろうな、と答え合わせをする。
誰も喋らず、さっきからずっと、しーん、と静寂が続いていた。
豪華客船は既に出発しているので、機械が稼働する音はするし、飛竜の訓練生が乗っているので、彼女たちの話し声や生活音も聞こえてくる。
今いる場所は彼女たちと
その騒がしい声を聞くと、この一週間の楽しい生活が思い出される。
(勿体なかったかな……?)
(今更、後悔しても遅いのに……)
「今更、後悔でもしている?」
横長のソファの端っこに座っていた命火を、横の壁と挟むように、一人の少年がいつの間にか座っていた。
命火よりも年下……、彼自身は十五歳と言っていた。彼の言うことを信じれば、の話だが。
「してないわ。
……脅されて仕方なくとは言え、これで納得してるわよ。逃げないから安心して」
「それならいいけど。裏切るようなことがあれば、あの時に渡したプレゼントみたいに、今、キミの大事なものが同じようになるから、そこは理解していてね」
少年がニッコリと、命火だけではなく周りにいた六人の少女にも言う。
びくりとしたり睨み付けたりと、少女たちの反応は様々だ。
命火と同じく、彼女たちも選ばれた人材なのだろう。
プレゼント。今まで楽しみや嬉しいなど、明るいイメージがあったその単語は、さっきの一件で真逆へと印象を変えた。彼女たちにとってプレゼントとは、開きたくないパンドラの箱だ。
ブラックボックスではないからこそ、開くのが恐ろしい。中身の予想がついてしまうから、その中身を用意させないように事前に手を打っておくしかない。
少年に従うという釘を刺す。刺しながらも刺されているのは、圧倒的に以前の自分だった。
(……思い出しちゃった)
船酔いしたように顔が青くなる。吐き気はないが、胸のあたりが張っている感覚。
背もたれに背中をつけた命火は、静かに深呼吸を始めた。
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