第4話 女性の世界

「――なにこれ!? 部屋がすんごい荒らされてるんだけど!?」


 頭を抱えたのは、荒らされた部屋の主である、みかん色をしたツインテールの少女だった。

 今日はポップなファッションを着ており、目が痛くなるように色彩が暴れている、サイズが大きめのパーカーと肌色が多く見えるショートパンツを穿いていた。


 散らばっている服を掴んで仕方なく畳んでいく。自分がやるべき仕事ではないが、このままでは気が済まない。きっと、『けーた』だろう、と同級生の男子の顔を思い浮かべて、怒りマークを額に浮かべる。


「あれ? ……足りない」


 二着、足りない。

 そう、制服が二着、足らなかった。ついでにウィッグも靴下も靴も、少量だが化粧品も。

 まるでこの部屋で女の子が準備をして出かけていったような……。


「……え、けーたって、まさか……」


 ぞぞぞっ、と鳥肌が立つ想像をしていたら、部屋の外からこの寮の大家である二十代前半の女性――刺向さしむかい炎花えんかの思わず出してしまったような驚きの声が響いた。


「はあ!? 幸助と恵太が、飛竜が乗っている豪華客船に侵入しにいっただって!?」


 なぜそんな説明口調を、と思ったツインテール少女――姫川ひめがわマキナだったが、相手を見て納得した。


「…………」


 無表情から一切、表情を変えない同級生の男子――武蔵野むさしの皆人みなとは絶対に喋らない。彼が喋った声など聞いたことがないし、喋った瞬間も見たこともない。

 なぜか炎花は、彼の声に出していない言葉が分かるらしいが、マキナにはまったく分からなかった……。


 一年以上一緒に暮らしても、未だに皆人だけはなにを考えているのか分からず、未知で不気味で、やりづらかった。分からなくとも羅々宮は、なんとか意思疎通ができているらしいが。


「ずっとそのやり取りを、皆人は見ていたのか?」

「…………」


「あ、聞いていたのか。壁は薄いし部屋は隣だし、聞きたくなくても聞こえちゃうか。

 この寮って、プライバシーもなにもないし」


 おい、改善しろ大家、と思ったが、口には出さないマキナだ。


「……そっか。それは、幸助は飛び出すよなあ……」



 真仲幸助と明花あけばな命火めいか。今年、入ってきた一年生。


 命火は、最初は不愛想で空気も読めず、強く厳しめの言葉が目立ったものの、女子同士で一週間も過ごせば、やがて打ち解けてくる。

 昨日もファッション雑誌を片手に、どーでもいいような話をした。案外、彼女も女の子らしい話題にも食いついた。


 幸助に関しては、ぱしりに使える後輩と言った印象だ。腰が低く、悩みに悩みまくる優柔不断な少年。母性本能が刺激されることも多々あった。

 頼りない印象が、守ってあげたくなるのだ。

 それに、年下というステータスが拍車をかけている。


 ……けーたに毒されないか、少し心配だ。


 そんな新入生二人の関係性は、分かりやすく【幸助→命火】という片想いだった。さり気なく探ってみたところ、【幸助←命火】はなさそうだ。頑張れ後輩、とマキナは応援するしかない。


 早く告白してしまえばいいのに、と自分のことを棚に上げて、マキナは思う。

 陰からこっそりと聞くのもじれったいので、マキナも会話に加わることにした。



「どーしたの?」


 てくてく歩いて近づくマキナに気づいた炎花が振り向いた。

 燃えているような赤髪。後ろで束ねて、かんざしが二本、刺さっている。黒い和服が似合いそうな容姿だ。

 すらっとしていて出るところは出ているモデルのようなスタイル。

 可愛い、綺麗、よりも、格好良いと言った女性だ。


 彼女が簡潔に説明した。


「命火が飛竜に攫われて、それが命火の望んだことだったらしくて。

 幸助が奪い返すために恵太に頼んで、飛竜の移動基地である、豪華客船を突き止めたんだって。で、今あの二人はその船に侵入中らしい――」


「……はい?」


 マキナの目が点になる。でも現実だし、事件は現在進行中だった。


 ――

 ――


「さっきは時間がなくて聞きそびれましたけど、なんで女装をしているんですか?」


 港から飛竜専用の豪華客船に、幸助と羅々宮が侵入する、数十分前のこと――。


 炎花の車を勝手に借りて、運転席に羅々宮、助手席に幸助が座っている。

 目的地まで少しの時間があるので、この機会に理由を聞いておきたかったのだ。


「なんでって……、炎花から聞いてねえの?」


 幸助は頷く。飛竜を含め、他の特別な名を持つ組織のことをいくつか教えては貰ったが、詳しくは教えて貰っていない。飛竜のことだって、遠距離武器を扱うのが長けている、ずば抜けた戦闘能力を有する者たちの集団の総称、としか、知らされていなかった。


 なぜ女装をして侵入するのか、幸助には想像もつかない。


「女尊男卑なんだよ」


「それって、女性の方が地位が高くて、男性が忌避されるってことでしたっけ……」


「まあ、そんなようなもんだな。飛竜は女の方が強く、戦闘に駆り出されている。オレも飛竜に何度も会っているわけじゃねえけど、今まで出会ったことがあるのは全員女だったな」


 だが、幸助が出会った、命火を連れ去った仮面を被った飛竜は、明らかに男性だったが。


「いや、別に女尊男卑だからって男がいねえってわけじゃねえって。

 当然、男もいるが、女よりも扱いは悪く、雑用みたいなもんなんだ。

 ……っていうのをオレは聞いたが、合ってるかは知らねえ」


「先輩のネットサーフィンで調べられないんですか?」


「ネットサーフィンって言うな。遊んでいるように聞こえるだろうが。……オレのサイバーテロでも、詳しいことは抜き出せなかった。今回の豪華客船と、乗船している飛竜の訓練生、行き先くらいしか情報は抜き取れなかった。

 これ以上、深く侵入すると、今度は足がつく。オレらの寮が一晩で全壊してたら嫌だろ?」


 それが冗談ではないと、羅々宮の表情を見て分かる。幸助はごくりと唾を飲んだ。


「世界は陣取りゲームなんだってな」


「それ、炎花さんも言っていましたね。というか、鍋パーティの時に先輩たちが肉の取り合いをしている間、説明してくれてたんですよ」


「長かっただろ、話」

「僕はそうでもなかったですけど……」


「まじかよ、オレなんか説明された時、一瞬で寝たけどな」


 そんで炎花とマキナに何度も叩き起こされた、と口を開けて笑う。


 去年の今頃、幸助や命火と同じように、羅々宮とマキナも新しい世界に足を踏み入れた。

 その時には、今はもういない、先輩から見た上級生がいて、色々と教えて貰ったらしい。


 だからこうして幸助に手を貸したり、説明したりしているのは、恩返しの側面もある。


「信じられねえだろ?」

「話だけ聞いていたらそうですね……でも、実際にこの目で見てしまっていますから」



 幸助は苦笑いする。思い出すのは、初めて命火と出会った時のことだ――。

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