第3話 二人だけの奪還作戦

 後輩の言葉を聞き届け、少年がニヤリと唇を歪めた。

 そして立ち上がる。机の上に置いたナイフの握り心地を確かめた。


「貸してくださいじゃなくて、くれ、か……。はっ、いいねえ。お前への印象はなよなよしていてうじうじと言いたいことを言えない弱腰野郎かと思ったが、なんだよ、違うじゃねえか。

 実力は伴っていないが、力づくで自分の女を奪うと目が語ってんぜ、後輩」


 それは野生の目だ、と先輩が指を差す。


「お前、その調子で告白すればいいのによ」

「それとこれとはまた別ですよ。告白は……まだ、しないです」


 今でも充分に幸せだから。

 これ以上を望むのは罰が当たりそうで。


 でも、その充分な幸せさえも奪われてしまっている。それを取り戻すことは、禁忌に触れることではない。法律など知ったことか。幸助が踏み入れた世界は、警察や法律が弾き出された、ほぼ無法地帯なのだから。


 早めに気持ちを伝えないと後悔するぞ、と忠告をするが、特大なブーメランになっていることを先輩は気づいていなかった。ともかく、今は恋バナに花を咲かせている場合ではない。


 後輩の頼みである。少年は首を捻り、音を鳴らして、気合いを入れる。

 久しぶりに己の力を発揮する時だ。できませんでした、では洒落にならない。


「幸助、一分だけ待て」

「い、一分って……、早いですね」


「なに言ってんだよ――全然、遅えっての」



 そして、一分も経たずに突き止めたのは、飛竜の移動基地――島へ渡る豪華客船。

 出発は今晩の十九時。あと三時間もなかった。


 先輩と幸助は出発のための準備をする。

 まず女性向けの服を探すために、同じ寮に住む、別の先輩の部屋へ忍び込んだ。


「せ、先輩……ここ、マキナ先輩の部屋じゃ……」


「そうだぞ。

 こいつ、ファッションにはうるさいからな。色々と良い感じの服を持ってんだよなー」


 先輩はタンスの引き戸を開け、クローゼットを覗き、同級生の女子の部屋を物色する。幸いにも、部屋の主は今は外出中なので、この部屋にはいなかった。すぐに帰ってくる気配もない。


 片っ端から、テキトーに投げ出された服を幸助も見てみる。見たことのある服が散らばっている。知らないのもあった。これはきっと、奇抜過ぎるから、とか、流行りではなくなったから、で、彼女の中で圏外になった服なのだろう……。


「あの、先輩……、なんで女性向けの服なんか探して……」

「んなもん決まってるだろ。オレら、女装すんだから」


 はい? と幸助は自分でも間抜けだと思う声が漏れ出た。



 なぜウィッグがあるのだろうと思ったが、幸助がこの寮に住み始めてから今で一週間……、たったの七日だ、先輩の全ての面を見たわけではない。

 ウィッグなど、使う機会はないとは思うが、幸助の知らないところで使うかもしれないのだ。


 幸助はまだ意中の少女を含め、同じ寮に住む全メンバーのことを詳しく知らない。

 逆もまた然り。なので予想外の物が出てきても気になってはいけないのだ。


「おっ、似合ってるな幸助」

「褒められてるんですか……? 褒められているとしても、複雑ですけど……」


 幸助は女子の学生服を着ていた。通う高校のものだ。

 スカートを穿いたのは初めてなので、すーすーと風が入ってくるのが違和感だった。


 先輩に茶色い髪の毛のウィッグを無理やりつけられた。肩より少し長いくらい。

 幸助は普段、黒髪のショートカットなので、視界に見える髪の毛が新鮮だ。


「…………」

 手の甲で、ふぁさぁ、と遊んでみる。


「おっ、気に入ってんのか?」


「誰がっ――」と幸助が否定しようと先輩の方へ視線を向けると、


 彼も同じように女子用の学生服を着ていた。

 先輩は染めた金髪で、男子にしてはかなり長めだ。


 首裏でゴムを使って束ね、テールになっている。

 それを解いてしまえば、ウィッグなどいらずに、女子に充分見えるくらいの長さになる。


「……先輩こそ、似合ってますよ」

 外国人の女の子みたいだった。


「そうかあ? まあウィッグつけたり、変装しないで済みそうなのは楽でいいけどな」


「……というか、なんで女装するんですか? これから向かう場所は、飛竜ですよね?」


「飛竜だからこそだろ」



 車の無免許運転で港まで移動した二人は、豪華客船を視界内に捉える。

 時間は結構ぎりぎりだった。

 出発時間まで、あと数分。

 搭乗予定人数は既に乗り終えており、後は荷物を運び込むだけらしい。


 積まれたコンテナに隠れながら、幸助と先輩が顔を出して様子を窺う。


「どうするんですか? 

 入口はもう閉まっていますし、荷物に紛れていくにも絶対にばれますよ」


 運ばれているのは、高さは腰ほど、大きさは自動車程度の長方形のコンテナボックス。

 蓋は閉められ、中に入ることはできそうにない。

 しがみついても運び込む職員に見つかるだろう……。


「人が集まってんのは、荷物を運び込むあそこ一帯だけだ。今は暗くなって視界も悪い。ライトはそこにしか当たっていないから、船の先頭部分は真っ暗で、人が乗り込もうとしているなんてわざわざ意識を割かなくちゃ分かんねえよ」


「……まさか、先輩……」


「これ、マキナの部屋から取っておいた」


 先輩が取り出したのは、腕の太さもある鎖だ。

 じゃらじゃらと制服の内側から、収納範囲以上の長さが出てくる。


「どういう仕組みなんですか、それ……」

「さあ? マキナに聞いてみろよ」


 先輩が鎖を振り回し、上空へ投げる。船の手すりに引っかかった。

 鎖を引っ張り、途中で取れないかを確認する。

 ぴんっ、と鎖が張っても取れなければ、安全の証拠だ。


「準備はいいか、幸助」

「…………はい」


 先輩に続き、幸助も鎖を掴む。

 荷物を積み込む作業もそろそろ終わりそうだ。残っているコンテナもあと一つだけ。

 作業場にいる人たちも、中には撤収の準備を始めている人もいる。


「幸助、余計なことを考えるなよ。今は乗り込むことだけを考えろ。

 明花を助ける方法とか、乗り込んでからどうするとか、今は考えなくていい。そんなもんはそん時に考えればいいし、どうせ考えたところで絶対にイレギュラーが発生するんだ。

 考えていたことをやろうとして予想と違っていくと、すぐにパニックになるしな。

 だから鎖を離さず、登り切ることだけを頭に入れておけよ」


 頷き、幸助は鎖を強く握り締める。すると合図もなしに、先輩が幸助を道連れに、鎖を使ってターザンのように海上へ身を乗り出した。


「しっ、いくぜ幸助、突撃だ!」

「先輩せめてなにか言ってからぁああああああッ!?」


 命綱なしのジェットコースターの気分を味わい、声も出ない幸助と、先輩……、羅々宮ららみや恵太けいたの、二人きりの奪還作戦が開始された。


 二人の障害はまず一つ。

 ターザンのせいで迫ってくる船体への衝突を、どうにか回避しろ。

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