第22話 お嬢様と科学者 その2

 それから、助けを呼びなんだかんだとあってから、ハチミツの家に辿り着いた。


「……やっと、かよ……」

 時刻はもう夕方じゃない、夜だ。

 真っ暗だ。

 それだけ長い時間、俺たちは手こずっていたというわけだ。

 普通に徒歩で向かっていればこんなことにはならなかったのに……。


「それはそれで、あたしが誘拐される可能性もあるわね」

「ねえ――とも言い切れないか」


 お嬢様なら、あり得る。

 アキバの件を知っていると、否定はできない。

 誘拐なんて、させてはならないのだ。


 ハチミツの家。大きな門を抜け、遊歩道を進み、こっちも大きな玄関へ。

 こういう構造はお金持ちの家では普通なのか? アキバの家もこんな感じだったな。


「別の女と比較するわけ?」

「そういうわけじゃ――なんでお前は俺の女みたいな顔してるわけ?」


「はっ、あんたがあたしの男? 不相応よ、出直してきなさい」

「はいはい、入ろうぜ」

「あたしの家ですけど!! あんたが先導するな!!」

 じゃあ早く開けてくれ……。

 先に向かったアキバたちが待ちぼうけているはずだ。


 ハチミツが、ばんっ、と扉を開ける。


 すると、その先にあったのは――扉だ。


「……また扉だ」


「驚いた?」


「驚いたというか……どういう目的で扉の中に扉が?」

 びっくりさせるためのギミックであれば、充分に驚いているが。

 扉から扉までの距離は、二メートルもなかった。短いのだ。


「……目的は、特にないわね」

「ないのかよ!」

「強いて言うなら、この時の『ないのかよ!』と言わせるためのユーモアね」

「それこそなんでだよ……」

「そう、その『それこそなんでだよ』に繋げるためのユーモ」

「一生続くのかこれは!?」


 お金持ちが考えることは分からない。

 これ、部屋に辿り着くまで面倒くさいだけだと思うが。

 まだ俺たちは靴も脱げていないのだ。


「ここはお客様用だから、あたしたちは普段、別の入口から部屋に行くわよ?」

「…………」

 

 遊び心満載だな、畜生め!!


「大丈夫よ、すぐに着くと思うし」

 ハチミツが扉を開け、見えたのは、扉。


「…………」

「なにがすぐだって?」

「あれ? いつ増築したのかしら」

「おい、いつまでかかるんだこの無限地獄!!」


 家には着いているのに部屋に行けないなんてことがあるのか!?


「大丈夫よ、きっと着くから、きっとね!」

「念を押すところが怪しい!! お前も不安なんじゃないのか!?」


 お客様用なら確かにお前は知らないもんなあ!!

 増築されてて気づかないなら、ここから先は未知の領域だ。


「いつもは天野がいるから……今は……」

「ぶつぶつ言うのはやめてくれ、不安が強くなる!!」


「いつもは執事がいるから大丈夫だけど、あたし一人じゃなにもできないの! 悪い!?」

「開き直るな!!」


 その後。


 扉。

 扉。

 扉、扉、扉。


 扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉。


 扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉。


 扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉扉。



「頭おかしくなるわ!!」


 どれだけ敷地があるの!?


「長いわね……長過ぎるわ。ここにそんなお金をかける意味が……?」

「お前でも疑問に思うことなら俺たちには理解できねえ部分なんだろうな」

 お嬢様がドン引きしている。

 もう、俺はなにも感じなくなってきた。

 流れ作業である。


「本当に知らないんだな」

「ええ、あたし、興味がないものには一切関心がないし」


 すると、何百回目かの扉の先、景色が変わった。


「あ、出た」

「本当!?」

 お嬢様の声が跳ねる。お前の家なのに。


「ああ、やっと、出れ――た?」


 いや、見たことがある。ここは、さっきの――、


 スタート地点、なのか……?


「あれだけ苦労して振り出しに戻っただけ、だと?」

「そ、そんなぁ……」

 ハチミツが崩れ落ちた。


「なあ、もうお前が普段使っている玄関から入ればいいんじゃないか?」


 スタート地点に戻ってこれたのが幸いだった。百を越えて扉を開けていたら、今更戻れないし、と思って意地になって進んでいたが、戻ってこれたのなら、別の道を探すこともできる。


「無理……」

「なんで」


「道が分からないのよお!!」


 ハチミツが叫ぶ。


「なんであたしの家はこんなにも広いの!?」

「把握できていないお前もお前でどうかと思うが……」

「だからあたしにはいつも――そうだっ、天野に電話をすれば!!」


 ハチミツがスマホを取り出し、


 しかしそこで固まった。


「あ、暗転してる……」

「お前、使い方も分からないってわけじゃ――」

「さすがにそれはないわよ。じゅ、充電が切れてる……?」

「お前、いつ充電した?」

「分からない。天野がしてくれているから」


「甘え過ぎじゃないか……?」

「あま、天野ぉ!? いるんでしょ出てきてよ助けてぇえ!!」



「はい、いますよ、お嬢様」



 声が聞こえ、振り向くと、そこに立っていた執事服の男性。

 イメージ通りに執事だった。


「助けて天野」

「いいえ」

「ありが――え、いま、」

「助けません、と言いました」

「……なぜ?」


「お嬢様が自分の力で解決するべきだと思いましたので。さっきから見ていましたがお嬢様はなにもできなさ過ぎです。さすがにこれを放置しますとお嬢様の将来が心配です。ここは心を鬼にしてあらゆる困難をお嬢様にぶつけ、お嬢様自身の手で解決策を考え、切り抜けるべきかと」


「給料減らすぞ」

「いま助けます」


 折れるの早いよあんたのせいじゃないかハチミツがこんな性格になったのは!!

 

 生意気を言いました、と土下座をする執事の姿が目の前にある。

 大人の土下座、初めて見たぞ。


「これ、扉を増築したのは、天野ね?」

「はい。お嬢様へぶつける困難の一つとして――」

「勝手なことしないでくれる?」

「申し訳ございませんっっ!!」


 土下座からさらに下がるとは思わなかった。

 頭の位置が地面より下である。なにこれトリックアート?


「もういいから、あたしの部屋に案内して」

「はい。あ、こちらの少年が、お嬢様が毎日のように話していた――」

 ガシッ、と、ハチミツが執事の口を塞ぐ。


「ふぅごふぅふぅぉっふぉ」

「この状態でもまだ言う気なのかしら!?」


 俺、放置されているんだけど……気まずい。


「分かりましたお嬢様、言いません、今は」

「一生言うな!!」


 はぁ、と溜息をつくハチミツ。


「天野、言ったらクビにするから。

 さっさと案内しなさい。あたしの友達よ、丁重にね」


「かしこまりました、お嬢様」


 綺麗な礼をしてから、先導する執事。

 俺をちらりと見るその視線は――、やはり少し警戒しているのか。

 お嬢様に近づく悪い虫とでも思っているのかもしれない。


「東雲様」

「え、はい?」

 俺の名前――は、そりゃ知っているか。

 ハチミツの友人関係は網羅しているはずだ。


「お嬢様に手を出したら、容赦しません」

「は、はい……気を付けます」

「天野」

「え、今のは口止めの内容とは違――」

「減給する?」


「おや、それは減給と言及をかけていま」

「天野」

 

 三度の土下座である。

 しっかりしていそうなのに、ことごとく地雷を踏む男だった。

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