第23話 罰と科学者

「はい、入って」

「おおっ!」


 今度こそ、本当の玄関を入り、中に入る。

 キラキラと輝くシャンデリア。

 広いリビング――よりは、まるで舞踏会の会場のような空間だ。

 さすが金持ち、俺の想像を越えてくる。


「……そういえば、アキバたちは?」

「あ、天野。他の子はどうしたの?」


 先行する天野さんがくるっと振り向き、


「お嬢様の部屋に通してあります」


「ああそう。――――って、ええっっ!?!?」


 ハチミツの顔色がさぁっと、青く変わった。


「――ちょっと! 勝手になにしてくれてんのよ!?」

「え? でも、他の部屋よりは良いかと」


「そ、そうでも、だからってどうしてあたしの部屋なの!? 客室があるじゃない!!」

「面白そうでしたので」

「狙ってるじゃない!!」


 ドタドタと慌ててハチミツが走る。たぶん、自分の部屋に向かったのだろう。

 見られたくないものでもあるのかもしれない。


 と、天野さんと二人きりになって、俺も行こうか、と迷っていたけど、


「ねえ君、お嬢の、なんなの?」

「はい? ……ええと、友達、ですけど」


「ふうん。それで? もうヤッた?」


「やってねえわ! なに聞いてんだよあんたは!! もっとこう、包めよ!!」


 ご主人の友達に聞くことじゃないし!!


「まあまあ、落ち着きましょう」

「――あんたのせいだよ!」

 

 ――、この人……っ!

 人をからかう才能を感じる。

 主に、アキバやモナンに通じるものがある!


 ぱんっ、と手を叩き、


「さて、冗談はあと少しにして」

「え、これくらいじゃないの!?」


「で、ヤッていないのなら、どこまでいったの?」


「だからっ、どこにもいってねぇよ! 

 出発すらしてないからね!? 乗り込んですらないからぁ!!」


「じゃあ、予約はしてるの?」

「さっきからずっとなんの話をしてるの!?」


 まあ、予想はつくけど……、さぁ。

 ハチミツとは、そういう関係じゃないんだよ。


 あっちは俺のこと、嫌っているらしいし。


「本当に、君はそう思っているのか?」

「え?」


 心の中を読まれて、びっくりした。

 それとも、俺が声に出していたのか?


「――冗談さ。悪いね、からかって。

 さあ、行ってあげて。お嬢様が待っているから」


「ああ、うん。じゃあ――ありがとうございます」

「階段を上って、右の部屋だから」

「はい!」


 階段を勢い良く駆け上がり、右の部屋を開けて――、


 目の前の光景は、信じられないものだった。



「――ちょ、なに勝手に入ってるわけぇ!?」


 と、ハチミツが叫ぶ。


「ちょっとっ、トンマ! これはやっちゃダメなことだよ!?」


 アキバの声だ。


「せ、先輩、そんなぁ……」


 モナンの弱々しい声。


「ボキボキボキボキボキボキ――――」


 そしてこれは、ハッピーが指を鳴らす音だ。



 なるほど、そういうことか。

 さすがお金持ちの家だ。自室に、シャワーが完備されているのかあ。


 ほとんどが、下着姿で。

 アキバなんてもう、全裸だった。

 恥ずかしがって、タオルで前を隠している。


「……トンマ? 最後に、言い残すことはあるか?」


 ハッピーが拳を構えている……、これは、本気だなぁ。

 言い訳してもしなくても、殴られる。


 よし! 散るしかないなら散ってやる!! 後悔がないようにだ!!


「みんな、良い体してん――――あがばぁっっ!?!?」


 ドゴォッッ、と。 

 爆発したような音が、屋敷中に響いた。



 ……あの執事野郎、はめやがったなぁ――!?


 ―― ――


「すいませんでした」


 どうにか許してもらおうと、土下座をしている最中だった。

 まさか、自分がドン引きしたことを実際にやることになるとは。


「で? なにか言い訳はある?」


 ハチミツが俺を睨んで、そう言った。

 ……言い訳、か。


 あるけど、さ。ハチミツの執事の天野さんにはめられて、部屋に入ってしまって、とか、色々あるけどさ……、それをここで言うのも、卑怯な気がする。

 陰口のような、気持ち悪さだ。


「……言い訳は、ないです」


「ふうん」


 空気、重っ!?


 そりゃあ、裸を見たから、なんだけどさ――。

 でも、そこまでショックか? ショックですよね、分かりますよ?


「どんな罰でも受ける覚悟です」

「じゃあ、なにをやってもらおうかしらね」

「体罰だけは勘弁してください!!」


「しないわよそんなこと!

 というか、さっきあんた、喰らっていたじゃない、ハッピーの拳」


 そう言えばそうだったな――え、じゃあさ――、


「あれでチャラにはならないわよ?」 

「ちっ」


「舌打ち、聞こえてるけど?」


 し、しまったっ!!


 つい、本音が……。


「ふうん、そう、そうなのね。……反省は、していないと」

「してます! してますよお!!」


 必死の説得も、効果は薄そうだ。

 やがて覗き魔に、罰が下される。


「――おつかいに行ってもらうわよ」

「……は?」


 おつかい? って、あのおつかい?


「プリンを買ってきて頂戴。みんなの分。あ、あんたの分もいいわよ」

「それが……罰?」


「ええ。――でも決して、楽ではないわよ。

 ――売店まで、十キロはあるんじゃないかしら?」


 十キロっ!?


「はいお金。じゃあ、行ってらっしゃい」

「って、ちょっと待て!! 場所はどこにっ」


「がんばってねっ」

「おいぃいいいいいいいいいいい!!」


 そのまま部屋だけでなく、屋敷からも追い出された。

 ……えぇ。なんだよこの時間。


 はぁ、仕方ない。

 さてと、どうやってこの広い庭から、お店を見つけ出そうか。


 ―― ――


「――って、案内板を見ればいいだけじゃん」


 しかし、その俺の希望は、あっさりと砕かれる。

 いや、場所も分かったし、距離も分かったんだけど、


「――十五キロって、さっきよりも多いじゃねぇか!!」


 ハチミツのやつ、これの大変さを教えてやりたい。

 というかどれだけ庭が広いんだ……?

 今更だけど、あいつ、何者だよ――。


「はぁ……、ん、あれ?」


 ここ、どこだ?


 なんだか、怪しい森に、迷い込んでるし――、


 がさがさ、と茂みが揺れたと思えば、



「がるる――ッ」


「く、熊ぁああああああ!?」



 ええ!? いきなり過ぎるんだけどっ!

 バトルパート突入もいいけど、俺が戦えるわけねえじゃんか!!


「くそっ、こうなったら……っ」


 死んだふりをして……、

 俺はばたり、と倒れて、微動だにしない。


 熊も動きを止めて、じっくりと俺を見ている。


 ――頼む、もう離れてくれ。


 ――俺は美味しくないから、さっさと立ち去ってくれ!


 やがて、熊が俺から離れて、


「フンッ」


「鼻で笑いやがった!!」


 そのバカにした感じはなんだ!?

 熊と出会ったら死んだふりをするというネタをバカにしてる!?


「おい、なに鼻で笑って――」


 熊は話せない――当たり前だけど。


 だから、ジェスチャーで伝えてきた。

 おお、この熊、頭が良いんじゃないか?


「えっと――なになに。

 解読すると、

『そんな古い手に引っ掛かる熊がいると思ってんの? ぷーくすくす』か?

 よーし、分かったっ、こっちも本気で喧嘩してやるよ!!」


「がるううううッ!」


 と、思わず喧嘩になりそうなところで、



「――やめなさい」


 と、声が響く。

 女の人の声だ。


 熊はびくっ、と体を震わせ、森の奥深くに逃げて行った。


「……なんだ?」


 俺は声がした方を向いて、その声の主を見た。

 長い髪。それを後ろで束ねた、ポニーテール。


 メガネをかけていて、執事服を着ていた。


「無礼を許してください。

 あの子もいきなり人が入ってきて、びっくりしているのですよ」


「……はあ」


「あ、自己紹介がまだでしたね。

 わたくし―――椎名しいな、と言います」

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