第18話 出会う科学者たち
「異常なし!」
「どこが!?」
これは絶対に怪しいと思うが……。
どうして委員長はそうも自信満々なんだ?
隠れる気が本当にあるのかと疑ってしまう。
「委員長……聞いてもいい? その頭の、それは?」
「分からないですか? 草むらで隠れる時に役立つために、草を巻いています」
「分かるよ、分かるんだけど――でもさ、草むら以外でつけるのはやめようよ!!」
「……あ、それもそうですね」
委員長が素だ!
え、いま気づいたの!?
マジで大丈夫かこの侵入作戦!
「うん? ――誰だ!?」
「「――っっ」」
「なんだ、気のせいか……」
…………っ、っ!
い、生きた心地がしねえよお――――!
遠ざかっていく警備員の足音を聞いて、俺たちは息を吐く。
「ぷふー……」
い、今のはヤバかった、絶対に見つかったと思った!
「し、東雲くん……、びしょ濡れですけど――」
「え、ああ、悪いな委員長」
咄嗟だったから近くの池に飛び込んでしまったけど、失敗だったな。
見つからなかったのはいいけど、これでは先に進めない。
服から滴る水分の量が多過ぎる……。
それにしても、家の庭に池か……さすが豪邸である。
「どうするんですか、これから」
「……どうしましょうねえ」
二人で、あははは、と笑う。
だから気が付かなかったのだ、もう一人、近づいていることに。
「……なにしてるの?」
「「え?」」
俺と委員長の声が重なり、
あ、バレた。
「あ、えっと――、秋葉原、さんですよね?」
「うん、そうだけど」
秋葉原って、目的のクラスメイトの名前だ。
じゃあ、この子が……?
って、不法侵入の件、どう説明するんだよ!?
委員長は、一体どう乗り切る気で――、
「じゃんっ、遊びにきましたよ!!」
いや無理だろおお!?
しかし――、
「ふうん」
秋葉原はそう言ってから、
「じゃ、上がってよ」
……あれ? 意外と大丈夫だったみたいだ。
「ふふん」
と、委員長がどや顔を見せる。
う、まあ、確かにこれは手柄だけどさあ。
……秋葉原の企みどうあれ、接触には成功したってことか。
―― ――
「好きなところに座って。あとこれタオル」
「あ、ありがとうございます」
濡れた体を拭く。
服は乾かすために、秋葉原に預けている。
代わりの服を貸してもらった――どうして俺のサイズ、ぴったりなのか。
まあ、大きな家であれば、客人用の着替えくらいはあってもいいか。
やっぱり、でかい部屋だ。
自室、なのだろうか。教室……よりもあるか。これが家だって?
自分の部屋なのかよ。
確かに、こんな環境だったら、学校なんて行きたくもなくなるか。
パソコン、ゲーム、漫画、なんでも置けるしなんでもある部屋だ。
「お久しぶりです、秋葉原さん」
と、委員長。
秋葉原は、返事をしない。
だが、こくん、と頷いたので、話を聞く気はあるようだ。
「じゃあ、学校へ行きましょう!」
「早いよ! 直球過ぎるだろう!!」
繊細な問題なんだからもうちょっと遠回りをしろよ。
そういうところだぞ、委員長の良いけどダメなところ!
「いや。やだ」
秋葉原はそう、短く言った。
そりゃ、まあそうだろうなあ。
人に言われて登校するなら最初からしているのだ。
「その返事は予想していました。
ですから、今日は、その理由を聞きにきました」
うげえ、と、秋葉原がくさい匂いを嗅いだみたいな顔をする。
「なんで、そんなことをあなたに話さなくちゃいけないの?」
ぷい、と顔を逸らす秋葉原。そりゃそうなんだよなあ。
話す義務は、彼女にはない。
「委員長だからって、なんでもしていいってわけじゃないんだよ」
そうだよ、偉いわけでもないんだし。
代表というだけであって、俺たちと同じ位置にいるのだから。
「はっきり言って、迷惑」
俺もそう思う。
だけど、
「そんな言い方はないだろ」
「なに?」
やべ、つい口に出していた。
秋葉原が俺を睨んでいる――が、睨み慣れていないのか、元々そういうタイプではないのか、まったく恐くない睨み方だ。
言ってしまったことは仕方がない。なかったことにもしたくないし。
「だから、言い方、他にもあるだろ」
「あなた、誰よ」
「東雲真。一応、秋葉原と同じクラスだよ」
俺も秋葉原のことを覚えていなかったのだ、
だから彼女が俺を覚えていなくても不思議ではない。
「言い方なんて、なんでもいいでしょ。
遠回しに言うより、直球で言った方がいいのよ」
「確かに――異議なし!」
「ちょっと東雲くん!? 異議はあってほしいのに!!」
委員長が慌てている。俺は気にしないことにした。
「で、もういい? 私は学校には行かないの」
「なんで?」
言いたくないのか、言えないことなのか。
そこだけでも見極めたい――。
「いいからっ、行かないの!!」
子供か! わがままばっかり……っ。
と、そこで。
こつん、と足に当たるものがあった。
駆動音を響かせながら近づく、それは――、
「犬のロボット?」
「あわわわ、まだダメっ」
「え?」
秋葉原がいきなり飛びついてきて――、
背中から、どたた、と倒れる俺たち。
「っ、痛」
「いたたた――」
「なにすんだよ!?」
「なにするのよ!!」
お互いに、鼻先が触れ合うほどの距離で言い合った。
つまり、少しで近づけば、キスしてしまいそうな距離で――。
「っっ!?」
「へ――変態!!」
「俺が悪いのか!?」
思い切り殴られた。
しかも同年代、女の子に。
そんな経験、普通はないし、そんなこと、俺に限ってないと思っていたのに……。
人生って、分からないものだ。
「東雲くん! なにしているんですかっ。委員長として、レッドカードですよ!」
「いや、犬みたいなのがいたから、それでさ」
「妄言はいいです」
「信用がなさ過ぎないか、俺!!」
悲しくなるわ!
……ん? とふと気づく。
俺は、人と関係しない方が良いと思っていなかったか?
なのに、どうして関係がなくなりそうなことに、悲しくなっている――?
俺、は。
「これ、ロボットですよね?」
「うん、そう。……私が、作った、から」
そこで、俺の意識が女子二人の会話に戻る。
「え、秋葉原さん、ロボットが作れるんですか!?」
「う、うん、まあ、ちょっとだけ、なら」
「す、すごいですね、天才ですよ!!」
「そ、そうかなあ」
今日、初めて、秋葉原が笑った。
褒められて嬉しかったのだろうか――ちょろいのか?
「まさか、お前……それで学校にこないって言ったのか?」
びくり、と肩が跳ねた。分かりやすい……。
秋葉原は見て分かるほどに動揺していた。
「…………悪い?」
「悪いよ」
俺はそう言ってやった。
「なんで悪いの!? 誰にも迷惑がかかってないのに!」
「いや、かかってんじゃねえか。学校にこなくて、委員長が今も困ってるんだよ!」
俺はどうして、こんなにも叫んでいるんだ?
「――う、うるさい!!」
そうか、コイツは、俺と似ているのか。
「うるさいのよ、あんた! 私は迷惑なんてかけてない!
ここで機械をいじっているのが、好きなんだから!!」
俺はコイツを、羨ましいと思っているんだ。
メイが事故に遭ったあの日から、俺は機械をいじることをやめた。
それは、変なことか?
当然のことじゃないのか?
同じ過ちは繰り返したくないから。
だから、発明はもうしないって――。
でも、秋葉原は、俺が好きで好きでたまらなかった機械を、好きなだけいじっている。
学校にも、行かずに。
好きなだけ、だ。
俺も、どれだけ同じことがしたいか。
だから、むかつくんだ――コイツに。
楽して、なにも、傷を持たないで。
――羨ましいお嬢様だよ、まったく。
「おい、外に行くぞ」
「は? なんで――」
「行・く・ぞ」
「ちょっ、待って――ねえってば!」
コイツの意見なんて無視だ。
コイツを一旦、家から出す。
八つ当たりだってことは、分かっている。
メイが怪我をしたのは、俺のミスだ。
それで自分に縛りをかけたのも、俺自身だ。
だから、機械をいじっているコイツに、嫉妬しただけなのだ。
頭では分かっている、分かっている、つもりだ――。
それでも、体は止められない。
「ちょっと――離して!!」
はぁ、はぁ、と息を吸ったり吐いたりと、忙しいやつだ。
体力がなさ過ぎるだろう。
「あなたが手を引っ張るからでしょう!?」
「当然のように心を読むなよ!」
そう言えば委員長は――置いてきちゃったな。
連絡を――あ、でも、番号を知らない。まあ近くだし、大丈夫だろう。
「……で、どういうつもり?」
「え?」
――あなたに嫉妬していて、引きこもっているあなたを外に連れ出しました、
なんて、言えるか。
うーん、むーん、と考えていると、秋葉原が溜息をつき、
「まあ、いいけど。久しぶりに外には出てみたかったし」
予想に反して、秋葉原は外の世界を嫌がっている、わけではなかった。
「学校だけじゃなく、外にすら……? 理由は、あるのか?」
この様子だと、行きたくない、わけではないだろうしな。
「だって、外は危ないから」
「はあ?」
危ないって、そちゃあ、否定はできないけど。
え、それだけの理由で?
「危ないから。私をお世話してくれている人がそう言ったの」
「執事?」
「ん、まあ、それでいいと思う」
外は危ないから、ねえ。
それを言い出したら、安全な場所なんてない気がするが。
家の中であろうと、絶対とは言い切れないのだから。
「学校にこないのも、じゃあ――」
「ううん」
秋葉原が首を左右に振る。
「学校には行っていいって」
「いいのかよ……、なら、なんで――」
「だってさ――」
秋葉原が当然、とでも言いたげに、
「学校の日以外の日を、危険だからって理由で閉じこめられている人間が、じゃあ外に出てまで学校に行きたいと思う?」
……思えば、それもそうである。
危険だと言いながら、学校はいい?
なんだか矛盾しているな……。
危険だと知っているなら、外に行きたくはないだろう。
つまり、学校にだって行きたくないと思うはず。
自主的に行きたくないと言うように、促した?
親が閉じ込めると、問題になるから……?
秋葉原の自主性を尊重している、という前提が欲しかったのかもしれない。
「それに、私はああいうガラクタをいじっている方が楽しいもん」
「そりゃ同感だ」
「え?」
ふと、出てきた言葉。
自分の素直な感情だった。
「理解、してくれるの?」
「変、と言った覚えはないけど」
秋葉原はぽかんと、口を開けたままだ。
無防備な姿、とも言える。なんだかおかしくて笑ってしまいそうになる。
「この趣味を認めてくれる人、今までに誰もいなかったから――」
まあ、あまり良い趣味とは言えないか。
女の子なら尚更。
男の子の趣味って感じがするしな。
メイは興味を持ってくれたけど、母さんは嫌がっていた記憶がある。
事故が起こる前からだ。
そんなに発明ってのは見栄えが悪いのかな。
「俺も、昔はよくやってたから」
「……そう、なの?」
「ああ。でも、もうやってない」
「どうして?」
「それ、お前に言わなくちゃいけないか?」
お返しだ、ってわけじゃない。
本当に、言いたくないようなことなのだ。
外側からでは分からない、個人の感情——。
じゃあそれは、秋葉原が学校に行かない理由と、同じじゃないか?
秋葉原は黙ってしまった。しかし、やがて、
「そうね、言う必要は、ないわね」
でも、と続け、
「聞きたい、と思う。こんな趣味が合う人、初めてだから」
彼女のその笑顔は、俺のなにかを強く刺激した。
これから先、俺のこの『なにか』に、ずっと苦しめられるんじゃないか、と思った。
「えっと、しののね、くんだっけ?」
「東雲だよ!」
「しろろめ」
「東雲!」
「難しいなあ、まあいいや。でも、しにょにょめくんがいるなら」
「言いにくいだろう!? いないよそんな名前のやつ!!」
秋葉原はむすっとしながら、
言いかけていた次の言葉を、伝える。
「いるなら――学校に行ったら、楽し
そこで、秋葉原は姿を消した。
猛スピードで走り去っていく、黒い車に連れ去られる形で。
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