第19話 疼く科学者

 ――どうしてこうなった?

 確かに、連れ出したのは俺だ。俺のせいでこうなったと言える。

 なぜあいつを家に閉じ込めていたのか、理由を知りもしないまま、迂闊なことをしてしまったと反省している――でも、秋葉原にとって、本当に迷惑だったわけではなかった……。


 それだけは言える。

 ――久しぶりに外に出てみたかった、と言っていたのだ。


 外に出したのは、良かったことなのだ。

 だけど、それは俺から見たら、の話である。


 考えてみるべきだった。

 秋葉原の親は、なぜ娘が外に出るのを嫌がった?


 学校へ行くことに許可を出したのは、把握できるからだろう――時間が決まっている、道順も分かっている、だから同行できる……、そこには理由が必ずあるのだ。


 休みの日など、勝手に外出されると、居場所を把握できない――もちろん今時、GPS機能を活用していないとは思わないが、それでも確認してから現場に向かうのでは、やはり時間差が生まれてしまう。その隙に、娘が誘拐でもされてしまえば?


 そう。

 今のような状況を回避するために、秋葉原の親は、娘を部屋に閉じ込めているのではないか?


 いや、閉じ込めたのではないか。

 こんな風に、勝手な外出を、させないために――。


 娘の安全のために、だ。


「俺の、せいだ……」


 これでもしも、秋葉原が危険な目に遭ったら――俺は、どう責任を取ればいい?

 原因は俺だ。俺が、あいつを部屋から出さなければ……。


 なんとかしなければならない。

 でも、今の俺に、なにができると言うのか。


 所詮は高校生だ、まだ下っ端の、下級生でしかない。

 できることも、やれることも限られている。

 ここは素直に秋葉原の親に伝えて、警察に頼って、おとなしくしているのが正解だ。

 大人のやり方がある。子供が首を突っ込むと、大抵がろくなことにならない。

 俺が勝手なことをしたように。

 尻拭いまで自分でやり始めたら、汚れを伸ばしているだけになってしまう。


 だから――、


「東雲君!!」


 息を切らし、走ってきたのは委員長だった。

 秋葉原を探すために手分けをして探していた後に、合流したのだ。


「そっちはいた!?」

「……いや、いなかった」


 秋葉原を攫った相手は車を使っている。

 俺たちの移動距離以上の範囲を逃亡している……、

 既に隣町まで逃げてしまっていてもおかしくはなかった。


「ど、どうしよう、どうすればいいのっ、誘拐の対処法は――」

「まだ、そうと決まったわけじゃない」

「でも、ほぼそうなんでしょう!?」


 ……まあ。

 イタズラ、なわけがない。


 一瞬だったが、秋葉原を攫った、顔を隠した覆面の男とその雰囲気を見てしまえば、

 ああ、本物だな、って分かってしまう。


「なあ、委員長。もう秋葉原の親に伝えて、俺たちは帰ろう」

「……な、にを、言っているのかな……? 本気なの、東雲君!!」

「ここは俺たちの出る幕じゃないだろ。ここはおとなしく、プロに任せ――」


「そんなことをしたら、秋葉原さんは、本当に学校にこなくなっちゃうでしょう!?」


 ……そう、か。それもそうだ。

 誘拐なら、それが知れ渡ってしまえば、もう本当に、秋葉原は学校にこないだろう。


 彼女自身も、そしてクラスメイトにも、危険が及ぶ。

 限りなくそれをゼロにしたとしても、可能性がある【かもしれない】だけで、秋葉原は負い目を感じ、クラスメイトも秋葉原を悪い意味で特別に扱ってしまう……。


 互いに得をしない関係で、ぎくしゃくするくらいなら、行かない方がいいと判断するだろう。

 俺たちがどれだけ粘っても、秋葉原は絶対にそう答えを出す。

 頑なに、だ。


 それでも、あいつは学校にくるべきだと思う。

 だけど、だ。


「この状況で俺たちに、なにができるって言うんだよ」


 結局は、そこなのだ。


「まさか、まだ探し続けるとか言わないよな?

 今まで走り回って、手がかりは? なにもないじゃないか」


 一介の高校生にできることなど限られている。

 完璧なスーパーマンじゃない。

 できること、できないことがある。

 そして、今回のこれは、できないことだ。

 無理をしても、俺たちが痛い目を見るだけなのだから。


「それでも……」


 委員長は、自分のその小さな手をぎゅっと握り締め、


「それでも、助けたい」


 泣きそうな表情で――いや、もう泣きながら。

 言ったのだ。


「難しいって、無理だっていうのは、私も分かってるの。

 できることだって限られているのも、分かってる――」


 言葉は続く。


「でも、どうしようもなく、助けたいんだもん。そう思うのは、いけないこと?」

 

 まだ続く。


「私たちのせいで攫われたのなら、私たちでなんとかする。それが友達でしょう?」


 友達。

 別に、いらなかった。欲しくもなんともなかった。

 でも、


 届きそうな場所にあるそれは、今は、ものすごく欲しいものになっていて。

 それを掴み取りたいと、俺は思ってしまったのだ。


 結果、俺はそれを、掴み取った。

 ……、自分の失敗を、棚上げにして。

 それでも欲しかったものなのだと、自覚した。


 委員長の手を握る。

 そして、


「……なあ、俺と、友達になってくれるか?」


 震えた声だ、みっともない……。

 今更、俺はなにを望んでいるんだかな。

 手に入るとでも思っていたのかよ?


 自分から先に距離を開けておいて、都合が良過ぎる――。


 だから委員長の答えが拒絶でも、俺は別にいい。

 それが普通だろう、それを覚悟していた――なのに。


「はい? なにを言っているんですか、東雲君は」

「……ま、そういう反応だよな――悪い、忘れてく」

「もう、友達でしょう?」


 バカですか? とでも言いたげ視線。

 正直、俺は泣きそうだった。

 もちろん、バカにされそうになったことではない。

 当たり前でしょう、と言わずとも語る、委員長のそのセリフに、だ。


 もう友達。

 ああ、俺は、既に欲しいものを、手に入れていたのだ。


 涙は出ていなかったと思う。

 頬を流れる水滴は、きっと都合良く降ってきた、雨だろう。


 ―― ――


「自分たちでどうにかできなければ、人に頼ればいいんですよ」

「……秋葉原の親、か? 警察か?」

「あまり大事おおごとにはしたくはありませんけど、最終手段として、それもありです」


 隠密に解決できるならそれに越したことはない。


「で、親でもなく警察でもない、頼れる人ってのは?」

「この人なら、なんとかしてくれそうです」


 委員長がスマホの画面を見せてくる。

 映し出されていた連絡先は――、


【蜂堂 光子】


「……大丈夫かよ」

「たぶん大丈夫ですよ。くだらないことに大金を使っているのは蜂堂さんくらいですし」

「え、ディスってるの?」


 委員長は否定をせず、通話を始める。

 二回のコール音の後、相手が出た。


『なによ、委員長』

「あ、蜂堂さんですか? いまって大丈夫ですか?」

『別に、大丈夫だけど……』

「あれ? 悪態の一つもないですね――すみません間違いでした!」


『合ってるわよ! 悪態をつかない日だってあるわよっ! 

 というかあたしって、委員長の中でそんなイメージなの!?』


 合ってるから切らないでーっ、という悲鳴が聞こえてくる。

 ちなみにスピーカーなので俺にも丸聞こえだ。


「もう、仕方ないですね、聞いてあげます」

『悪態を!?』


 そんなわけがない。

 それにしても蜂堂のやつ、委員長に弄ばれているな。

 蜂堂がちょろいのか、委員長が悪女なのか分からないな。

 どちらもある気がする……。


 委員長って、イメージとは違って意外と遊び心があるよな。


『――で、用はなんなの?』

「ああ、そうでしたね、実は頼み事がありまして」

『……嫌な予感ね。まあ、いいけど』


 ありがとうございます、と委員長が一拍置いてから、


「秋葉原さんを攫って行った黒い車を探してほしいんです。できれば乗車している人の特定もお願いできたらな、と。車を捨てられてしまうと、追跡ができなくなりますからね――」


『いや、できるわけないでしょ』


 蜂堂は冷静に言った。

 感情的になってぐいぐい乗ってくるわけではない、らしい。


 ――それにしても委員長、それじゃあ蜂堂に丸投げじゃないか。


「おい、蜂堂」

『その声……、東雲もいるの?』


 委員長にくっつき、俺の声を届かせる。


「ああ、東雲だ、久しぶり」

『さっき会ったでしょ』

「そうだっけ?」


『そうよ! ……ねえ、あんた、なんか違うわね――吹っ切れた?』

「……別に、なんでもないよ。元からこうだ」


『ふうん。あ、そう』


 蜂堂は興味がなさそうに。

 気を遣ってくれたのかもしれない。

 ま、単に俺に興味がないだけかもしれないが。


『で、状況は? 切羽詰まってる感じ、よね?』

「ああ、かいつまんで説明すると――」


 これまでの経緯を蜂堂に説明する。


「ってわけだ」

『…………』

「おい、蜂堂? 聞いてる?」


『黒い車、人攫い。確か、そんなことをしている犯罪グループがいるとか』


 いないとか、とまではさすがに言わなかった蜂堂。

 ふざけている場合ではない、と彼女も理解している。


「それ、本当か?」

『疑うの? あたしも聞きかじった情報だったけどさ――ちょっと待って、調べてみる』


 やっと、だ。

 糸口が見えてきたのではないか?


 すると、隣の委員長が、俺の肩を軽く小突く。


「ね?」

「な、なんだよ」


「一人でも、二人でも無理な時は、みんなを頼ればいいのよ、友達をね」


 ぱちり、と彼女がウィンクをした。

 似合わねー、と照れ隠しで言うしかなかった。


「分かったよ、痛いほどにな」


 本当に。

 一人じゃ、なにもできやしない。


「蜂堂、なにか分かったか?」


『ええ、前に使われた犯罪手口と同じね。通称【チャイルド・デビル】――それが犯人グループの名前……、正式なものではないけどね。警察だけが使っていたコードネームがいつの間にか世間に定着していた、みたいなものかしら』


 世間、とは言ったが、一般人が知っているわけではない。

 同業の犯罪組織、敵対する警察組織の中では、そう定着しているということだ。


「そいつらが……っ、居場所は!?」


『あんたたちだけでなんとかしようとするつもりなら、やめておきなさい、こいつらは本当にヤバイわよ! 犯罪自体は誘拐のみだけど……、お嬢様を攫って、身代金を用意させるだけなんだけど、過去に一度、あったのよ』


 蜂堂の言葉がそこで止まり、俺たちは「?」と顔を見合わせた。


『邪魔をしてきた人を、殺したの』


「…………っ」


『一切の、迷いがなかったそうよ』


 殺し、だって……?

 俺たちの手に負えることじゃねえだろう!?


『ちゃんと、大人に頼るなら、教えるわよ――聞く?』


「聞く」


 迷わなかった。

 怖い気持ちは、もちろんある。それでもだ。

 

 心が訴えている。

 ここで引くよりも、秋葉原を失う方がきっと、後悔するだろう、と。

 だから蜂堂の脅しが、俺の体を奮い立たせたのだ。


 俺らしくない、と思う。


 その迷いのない返事は、蜂堂を驚かせていた。


『そう、なのね――分かったわ、場所は……』


 そして、蜂堂との通話を切る。

 犯人の居場所が分かった。

 でも、その前に、だ。


「大人には頼らない。なら、武器が必要だな」


 蜂堂との約束を破った形になるが、後で死ぬほど謝ろう。

 生きて帰れるなら、もうなにをされてもいい――。


 蜂堂に殺される覚悟で、生きて帰ってこよう。



 今まで封印してきた、ガラクタいじり――発明品。

 こんなことは、初めてだ。


 メイならきっと、ダメだよ! と怒ってくれるだろう。


 だって、

 俺は今から、人を傷つけるための道具を、作ろうとしているのだから。


 ―― ――


「ここが、東雲君の家……」

「ああ。普通のアパートだぞ? 珍しいか?」

「うん。でも部屋じゃなくて……、一人暮らしなの?」

「色々あってな」


 委員長を部屋に招き、押し入れを開ける。

 中にはたくさんの段ボールがある。引っ越し作業のまま開けていない荷物、ではなく。

 処分したくてもできなかった、ガラクタだ。


「これ――」

「ガラクタさ。役に立たないな――、まあ、このままじゃあ、って話だが」


 ガラクタは、ガラクタのままでは、なにも起こらない。

 変化を起こすためには、手を加える必要がある。

 足すにせよ、引くにせよ。


 構築していく。

 ガラクタ同士を組み合わせ、新しい変化を生み出していく。


 ああ、見えてくる。

 図面なんて引かずとも、俺の目が、脳が、理解しているのだ。


「委員長、十五分だけ時間をくれ」

「え?」

「それまで、少しうるさいかもしれないけど。隣の部屋で待っててくれ、頼む」


「うん、分かりました」


 言う通りに部屋を出てくれる委員長。

 時間はあまりない。

 だから、


「即席で作るぞ。安全性は期待するな」


 俺の両手が、心が、久しぶりの発明に、疼いていた。

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