第17話 孤独な科学者

 高校に入学してから、二か月が経とうとしていた。

 クラスの人間関係もそこそこ構築されてきている頃。


 俺は一人だった。

 一人になろうと、ずっと避けてきたのだ。


 それが正しい、これが正解なんだ。

 失う悲しみがあるなら、最初から持たなければいい――。


 それが真理なのだから。


「東雲くん、次、移動教室だからね」

「ん、ああ、分かった」


 避けているとは言っても、不愛想にしているわけではない。

 普通に話すし、用があれば嫌な顔をせずに行動をするようにしている。

 ただまあ、学校帰りに遊ぼうとか、友達を作ろうとは考えていないわけだ。


 さて、昼休みのあとは移動教室か……、遠くなければいいけどな。


「あの……」

「? まだなにか用か?」


 こんな風に話しかけられるのは久しぶりだった。

 しかも女子で――クラス委員長だ。


「最近、一人でいることが多いし、なにか悩んでいるのかなー、と思って」


 ほうほう、それはそれは――どうもって感じだ。

 気にかけてくれているのか。

 つまり、この子はあれだ、俺がクラスで浮いている、と思って心配している。


 ここで「俺に関わるな」とでも言えば、お決まりのように彼女がしつこく構ってくるパターンな気がする。だから、ここは妥当に、だ。


「大丈夫、最近、寝不足なだけだから」

 

 こう言っておけば、俺に向けた興味もなくなるだろ。

 嘘でもないしな。


「本当?」


 ずい、と顔を寄せてくる。

 前のめりに顔を突き出してくる仕草は、あいつを思い出す……。


 まあ、似ても似つかない顔立ちだけどな。


「ねえ、本当に?」

「うっ」


 さらに、ずいっと。

 俺の瞳から情報を抜き取るように。


「だ、大丈夫、だから……」


 と、答えたが、どんどんダメな方向にいっている気がする……。


「じゃあ、相談があるんだけど」


 は? なにが、じゃあ、なのか分からないが……。


「相談?」

 俺のことでは、ないみたいだな。


「うん、入学式にいて、一ヵ月くらいは、ちょこちょこ教室にもいたんだけどね、途中から来なくなっちゃった子がいるの――」


 そんなやつ、いたか?

 周りに興味がなかった俺は、すぐには思い出せなかった。


「委員長、また行く気なの?」


 隣から他の女子が顔を出す。

 なんなんだ、次から次へと。今日はどんな厄日だ。


「もう諦めたら? 絶対にあの子、来ないわよ?」

「そんなの分からないと思うよ! だから蜂堂さんも手伝って!」


 いやよ、面倒ね、とあっさりと断るこいつが……蜂堂?

 ああ、思い出した。なにをしても鼻につくお嬢様だ。

 悪意的な人間の方が覚えてしまうものなんだよなあ。


「今日で何日目? もう一週間も繰り返しているじゃない」

「違うの、まだ会えていないだけなの! 会って話せばきっと――」


 ふうん、そういうことか。

 つまり、そいつは不登校の生徒で、委員長はなんとかしたいわけか。

 分かったところで、でも――俺には関係ない。

 巻き込まれる前にさっさと帰って寝るに限る。


「今日、きっと説得してみせるから。東雲くんと一緒に!」

「え?」


 がしっ、と肩を掴まれた。

 というか、今なんて?


「じゃ、いくよ、東雲くん!」

「え? ちょっと待て――今から!?」


「ええ、そうよ。いつもなら放課後に行くんだけどね、

 その時間がダメなら昼休みに行っちゃえって作戦なの!」


「昼休みとは言え、学校はどうするんだよ!?」

「戻っては……これないことを前提にするべきね。うん、早退しよっか」

「委員長なのにいいのか!?」

「クラスメイトのためだもの!」

「都合の良い委員長だよなあ!?」


 そんなわけで俺たちは学校を抜け出し(ちゃんと早退するとは伝えたけどな)、

 委員長に先導されて辿り着いた先は――、


「で、でけえ……っ」


 普通の家と比べても大きな、お金持ちが住んでいる、イメージ通りの豪邸だった。

 え、お嬢様なの?


 えい、と隣で聞こえ、インターホンが押された。

 高い音が響き渡る。

 何度も通っているからだろうが、それにしても躊躇いがない。

 ふう、と一息ついてもいいだろうに。


『はい?』


「あの、七月雫と申します。

 京子さんのクラスメイトでして……あの、プリントを渡しにきました」


『…………』

 あまり、歓迎はされていないみたいだ。


『お引き取りください』

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


『プリントでしたらポストに投函しておいてください。

 必要もありませんし……京子様はもう、あの学校には通いませんので』


 ブチッ、と一方的に切られた。

 

 学校に来るように説得、ね――これはもう無理だろ。


「だとさ。じゃ、俺は帰る。

 もう無理だと思うぞ、身内があんな反応じゃな」


「……まだ、まだ諦めて、やるものですか……っ」


「おいおい、不登校の生徒だって、学校で嫌なことがあったから来れないのかもしれないだろ。

 だったら、無理やり連れ出すのは逆効果だ。そっとしておいてやれよ」


「尚更、放っておけません! 理由を聞いて、相談に乗ってあげないと――」


 ああ、これはダメだな。

 これは俺たちにとって、一番ダメな種類の人間だ。


 自分がどうにかしてやる。善意の押し付け。

 どうせ、裏には内申点が潜んでいるのだ。

 純粋に仲良くしようとしているわけではない。

 結局、目的のための道具として、利用されているだけなのだから。


 内情を知る仲間、ね。

 そんなものはいらないのだ。


「――付き合っていられないな」

「え、東雲くん!?」


「あとは勝手にやってくれ。

 まあ、その様子じゃあ、一生かかっても無理だと思うけど」


「――ですか」

 なんだ、なにか、聞こえた気がしたけど。



「じゃあ、どうすればいいんですか!?!?」


 悲鳴に近い声だった。

 なんで、そこまで必死に……。


 そこまでする理由が、お前にはないだろう。

 内申点がそんなに大事かよ。

 難題に当たれば避けて通ればいい。超える必要なんてない。


 だから見捨ててもいいのに、見なかったフリをすればいいのに――。


「どうして、そこまで……」

「クラスメイトだから」


 シンプルな理由だった。

「不満ですか?」


 いや、でも、クラスメイトだから、で行動するには、負担が大きい。

 大き過ぎる。


「私は誰一人、余りを出さずに、全員と関わりたい。

 一言でもいいの。繋がりを持ちたかったんです」


 俺とは真逆だ。

 だからか、少しだけこいつに、憧れた。

 誰とでも話し、いつも笑顔でいる、委員長に。


「あっそ」

 だけど、俺は委員長とは違う。

 そんなことは、できないから。


 でも、


「最後までは付き合ってやる。でも失敗したら、素直に諦めろよ」


「東雲くん……」


「お前、なに泣いてるんだよ……」

「ううん、ゴミが目に入っただけ」

「紛らわしいんだよ!」


 それが本当か誤魔化しかはともかくだ。

 もう一度、インターホンを押すか迷ったが、しかし考えてみればいい。

 また、同じ人が出れば、同じことだ。

 今度はカメラで確認して、出てこないかもしれない。


 となると、


「どうするか……」

「侵入しましょう」

「笑顔でなに言ってるの?」


 侵入って、ここまで豪邸だと、やっぱり警備も厚いだろ……。

 しかも広いし……、広い?


「いや、意外と、ばれないか?」


 広ければ広いほど、カバーするのも大変だ。

 囮を使えば、もう一人が侵入することは容易いかもしれない。


「盲点かもな」

「でしょう?」


 そうと決まれば、この勢いのまま実行してしまおう。

 ささっと説得して、さっさと帰ればいい。


「そう言えば、その不登校のやつの名前――なんて言うんだ?」

「はあ。クラスメイトなんだから覚えてくださいよ、東雲くん」


 呆れた顔をされた。

 仕方ないだろ、わざと覚えなかったんだし。

 覚えようと思えば覚えていた。



「その子の名前はですね――、秋葉原、京子さん」

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