第16話 未熟だった科学者

 俺とアキバが出会ったのが一年前。

 でも、そこから語ってもなにも分からないだろう。

 だから、まずは俺の傷から語った方がいいか……。

 

 今から、三年前のことだ。

 中学二年の頃。

 俺は、大切な人を傷つけた――。


 ―― ――


「起きなさーい、マコトー、学校に遅れるわよー!」

 という母親からのモーニングコールで目が覚める。

 ただいま、八時十五分だった。


「っ、ちょっ、起こすの遅いよ!」

「仕方ないでしょ、母さんもいま起きたの」

「あんたもか!!」


 母さんは意外とテキトーな性格をしている。

 一緒に生活をしていると困ることも多いのだ。


 でもそんな母さんを支える人がいたから、この家はちゃんと機能している。


「お兄ちゃん、早くいかないと遅刻だよ?」

「分かってる! お前、先にいってろ」


「無理ですー。どうせお兄ちゃん、遅刻が嫌だから休むでしょ?」

「い……や? 休まないよ?」

「なにその間。目もぐるぐる泳いでるし」


 二つ下の妹がいる。小学六年生だ。

 最近、色々と知識をつけてきたためか、ませてきやがった……。


「――いいから、お前も早くいかないと遅刻するぞ! メイ!」

「あたしは大丈夫だもん。今からでもぜんぜん間に合うし」


「足が速いのは知ってるけど、さすがにここからでも十分以上はかかるだろ」

「いや、五分もかからないと思うよ」


 は、二分の一!?

 そんなことをしている間にも、時刻は過ぎていく。八時二十分、もう無理だ。


「あー頭が痛い……もう無理だ、休む」

「ちょっとお兄ちゃん! ほらもうやっぱり! お母さんも、なにか言ってよお!!」


「ぐう」


「寝てる!? ちょっ、お母さん仕事は!? まさかお母さんまで休むとか言うわけじゃないよね!? もー、もー……もうっ!! 手がかかり過ぎだよもう!!」


 いま思えば小学六年生がすることではないな。

 でも、おかげで俺は、すごく助かっていたんだ。


 ―― ――


「う、ううん?」


 結局、寝ていたらしい。

 学校は、まあ大丈夫だろう。


 さすがに昨日の――いや、今日だな。

 今日の朝方、五時までの徹夜はきつかった。

 でも、そのおかげで完成したのだ。このロボット犬がな!


「へえ、なにを作ってたの?」

「これはな――え、メイ!? お前、学校はどうした!?」


「今日は午前授業ですう。心配だったから急いで帰ってきたの」


 時計を見れば、もう昼を過ぎている。

 ガッツリ寝ていたらしい……。


「それ、なんなの?」

「ん?」

 それって、これのことか?


「これは……ロボット犬だよ」

「お兄ちゃんが作ったの?」

「おう、まあな」


「天才か!!」


 メイが前のめりに顔を突き出してくる。


「うおっ、びっくりした……っ」


「お兄ちゃんにこんな才能があったなんて……!

 あ、そうか、こんな才能があるからこそ、他が残念なんだね――」


「残念ってなんだよ。バカにしてるじゃねえか……っ」

「気のせいじゃないよ、お兄ちゃん」

「気のせいであってほしかった!!」


 兄妹きょうだいがいる友人から見ると、俺たちは仲が良いらしい。

 小学生と中学生の差があれば、これくらいの近さは普通だと思うけどな……。


 俺たちは喧嘩をしたことがなかった。

 一方的に拗ねたり、八つ当たりをしたりってことはあっても、

 お互いに意見を曲げずに言い合い、衝突するような喧嘩はまだなかった。


 互いに心配をして、助け合ってきたのだ。

 それが壊れたのは――、


 メイが、俺の趣味に興味を持った時にはもう、始まっていたのかもしれない。


 そう、ここから展開は、急加速的に進んでいく。


 ―― ――


「ねえマコト。あんた、最近、危ないことしてるでしょ?」

「危ないこと?」


 母さんに突然、そんなことを言われた。

 けど、なんのことだか、思い当たらない。


「ほらあれ、あんたがゴミとか、ガラクタを使って作ってるやつ」

「ああ、あれね」


「あんただったらいいけど、自業自得だし。でもね、メイが怪我でもしたら大変だし、可哀そうだから、あまりメイを近づけさせたらダメだからね」


 いや、俺はなにも……、メイが近づいているだけで――まあいいや。

 それを言ったところで、『だとしても気を付けて』と言われるのだから。


「分かった、気を付ける」

 ここはそれっぽいことを言って切り抜けるのが最善か。


 ふう、と息を吐き、俺は自室へ入る――と。


「あ、お兄ちゃん。遅かったね」

「なんでいるの!?」


 メイが俺の部屋にいた。

 おいおい、中学三年、男子の部屋に、迂闊に入るんじゃねえよ。


 この時はもう、俺は三年に上がっていて、メイも同じ中学へ入学していた。

 この時期が一番、俺とメイが一緒にいた時間かもしれない。

 それほど、メイは俺の【発明】に興味を持っていた。


「今日はなにを作ってくれるの?」

「うーん、ロケット……でも作るかな」

「ロケットって……、ペットボトルの?」

「それでもいいけど……もうちょっと本物に近いやつかな」


「え、本物に近いってことは……火薬、使うの? 危なくない?」

「大丈夫だって。俺だって扱い方くらい頭に入れてる」

「それは、そうだと思うけどさ……」


「心配性なやつ……男を信用しろって。だからモテないんだよお前」

「な!? それを言うならお兄ちゃんだってモテてないじゃん!!」

「おう、そうだけど?」

「あれ!? あんまり気にしてないみたい!?」


 そうして、ロケット作りは順調に進んだ。

 火薬も安全に詰めたし、もう危険はないはずだ。


【はず】――、いま思えば、その認識が良くなかったと分かる。

 失敗を誘う、致命的な欠陥だ。


「ロケット、よし、じゃあ、こいつを飛ばすか!」

「どこで飛ばす?」

「えっと……」


 考えてなかったな。


「じゃあ、屋根の上はどうだ?」

「あ、上がれるの……?」

「手伝ってやるから。じゃあいくぞ」


 屋根の上は広い。

 だから、ロケットを飛ばすのに適しているだろう。


 ただやっぱり、上がるのがしんどいけどな。


「痛っ、くそ、ロケットが邪魔だな……」

「それを飛ばすためにいくのに……あたし、先にいくよ?」


 とんとんっ、とメイが俺を抜いて先にいってしまう。

 このスポーツっ子め。


 上がれるの? と珍しく弱気な発言をしたから、高所恐怖症なのかもと思ったが、メイの心配は運動不足気味の俺の心配だったらしい……、余計なお世話だ。

 俺だって屋根にくらい自力で上がれる。


「お兄ちゃん、早く早く!」

「はいはい今いくから待ってろ!」

 

 上がった段階で、全力で疲れた。

 飛ばすのが面倒になるくらいには。


「もうちょっと体力をつけた方がいいよ、男の子なんだし」

「うん、気が向いたらな」

「それ、絶対やらない人の答えだよ!」


 ロケットを準備する。あとは、火を点けるだけだ。


「じゃあ点けるぞ」

「うん」


 マッチを擦り、火を点ける。その火を、導火線へ移す。

 導火線が徐々に短くなっていき、やがて、本体へ――。


 そして、だ。



 ヒューウウウウウウウウウウウウ――、


 パァンっっ!


 打ち上げ花火のような破裂音がし、

 というか、それそのものなんだけどな。


「わっ、なに!?」

「飛んだだけじゃつまらないだろ。だから花火を入れてみたんだ」

「天才か!!」

「でもまあ、夜の方が見やすかったと思うけど……さすがにな」


「じゃあ、さ」

「?」

「また今度やろうね!」


 …………、


「おう、絶対な」


 そして、その約束は未だに守られていない。

 メイはこのあと、緊急入院をしたからだ。


 そう、俺のせいで。


 ―― ――


 俺の部屋にあった一つの、詰め忘れた火薬に火が点いたらしい……。

 窓は全開だった、だからかもしれない。

 ロケットを飛ばした時に使った、マッチ……俺はそれを投げ捨てた。

 外へ、のつもりでも、風に乗って、部屋の中へ入ってしまったのだ。


 その時はまだ問題はなかった。その後のことだ――、


 俺たち二人が部屋に戻る頃にはもう、火が全体に回っていた。

 そして、火が火薬に回っていて――、ドカンッッ!!


 俺を庇ったメイが、飛び散った破片や崩れた木材の下敷きになり、大怪我をした。


 だから、そう、俺のせいなのだ。


 ―― ――



 ――バチン!

 思い切りビンタをされ、壁に背中を勢い良く打つ。

 これは、仕方のないことだ。

 足りないくらいだ。

 グーでも良かった。


 なのに。


「……あれほど、言ったわよね……メイを近づけさせないで、って」


 あれほど、とまでは言っていないはずだ。


「あんたのせいで! メイは大怪我をしたのよ!?

 ――それを、分かっているのっっ!?」


 分かっている。

 痛いほどに。苦しいくらいに。


 母さんが怒る理由しかないのだ、怒っていい、殴っていい。

 俺は、それだけのことをしたのだから。


「メイは、入院するの……頑張ってきたバレーは、どうするのよ!?」


 あいつ、バレー部だったのか……、

 スポーツっ子だとは知っていたけど、具体的になにを、とまでは知らなかった。


 仲が良い兄妹だって……? 妹の部活も知らない兄を見て、どこが『仲が良い』なんて言えるんだ。メイは――たぶん知っていてくれているのだろうな、俺のことならさ……。

 一方通行なのかもしれない。

 だから俺は、安全面を、しっかりと確認をしないで……ッ。


「あんたのせいで、大会には出られない……っ、

 あの子が頑張って積み上げてきたものを、あんたは……、全部を台無しにしたのよ!!」


 そうだ、そうなんだよ。

 全部、俺のせいなんだ。



「メイの――お母さん!」

 すると、複数の女子の声が聞こえてきた。

 声はまだ子供っぽい……、メイの友達か?


「あなたたち――」

「メイは、どうなりましたか!?」

「まだ、意識が戻らないの……」

「そ、んな……」


「あなたたちも、今日はもう帰りなさい。

 意識が戻ったら連絡をするから」


「はい、分かりました……また、きます」


 ぞろぞろと、女の子たちが帰っていく。

 メイの友達は、やっぱり、良いやつばかりだな。


「あんたも帰りなさい、マコト」

「なんでだよ……俺も、メイの意識が戻るまで、病室に――」


「これ以上、この子を傷つけるつもり?」

「…………」


「もう、この子に関わらないで。

 この子は今が、一番大事なの。この子はね、あんたとは違って――」



「もういいよ、言葉を選ばなくても」



「なん、ですって……?」


「言えばいい、出来損ないの息子よりも、よく出来た娘の方が可愛いのは、納得だ。どちらの将来を優先するかなんて、分かり切ってる。分かってるんだ、だから気を遣わなくていい――」


 声こそ荒げていないけど、逆ギレだ。

 今まで感じていたことが、全て口から出ていた。

 もう止められない。止めることが、できなかった。


「もう、メイとは会わない。それが一番、良いはずだ」

「待ちなさいっ、マコトッッ!」


 それから、メイは入院を、三か月ほどした。

 目立った傷はすぐに消えたが、致命的だったのが、腰のようだ。

 元に戻るまでのリハビリが長かったのだ。

 バレーをまたやるつもりなら、ここに時間をかけた方がいいとの判断だった。


 その影響で、バレーの大会は出ることができず、他の子との差も開いた。

 それでも、あいつは努力をした。人一倍も練習をして、努力を続けた。

 そんなあいつの邪魔をしたくなかったのだ。


 退院してからも、俺はあいつとなるべく会わないようにした。

 部屋には鍵をかけ、飯も、できるだけ一人で食べた。


 そして、卒業だ。

 俺は高校へ入学し、それと同時に――、家を出た。


 ―― ――


「それでまあ、今に至るってわけだ。どうした、モナン?」

「いや、まさかそんなスネーク的な内容だとは思わなかったので」

「スネーク……? 蛇……、ヘビー。あ、重い内容ってこと?」


 しんみりした顔でボケのノルマを狙ってくるあたり、思ってねえだろ。


「まあ、受け手の問題もあるしな。悪かったよ。

 ここからは俺とアキバの出会いだから、もう重くはないはずだ」


「それ、話すの? 本当に?」

「いいだろ別に。これ、話さないとなんだか後味が悪いだろ」


「うー。いいけどさー」


「まあ、高校入学して、少しの間は、俺も荒れていたってわけでもないけど、暗かったんだ。

 誰にも関わらないようにしていた――」


 でも。


「それを救ってくれたのがさ、アキバだったんだよ」

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