実験2 トンマ・ビフォー・ステップ
第15話 家に来る科学者たち
こんこん、と扉がノックされる。
……誰だ?
俺は立ち上がり、扉へ向かう。
覗き穴がないのでいきなり扉を開け、
「やっほートンマっ! 遊びに来たよー!」
――がちゃん、かちゃかちゃ。
よし、見なかったことにするべきだな。
「っ!? ねえー、ちょっともーう!!
なんで鍵を閉めるの!? ねえってば!!」
がんがんだんだん、と扉を叩く音。
――ウィーッ、ドゥルンドゥルン!!
「なんの音!?」
「あ、開けてくれた」
思わず、突っ込みと同時に開けてしまった。
チェーンソーじゃないよな?
……まあ、いいか。もういい。どうせおとなしく帰るわけもないしな。
「で、なにしに来たんだよ、アキバ」
「なにしにって、遊びに来たんだよんっ」
……なんだそのキャラ。今日はそれにはまっているわけ?
「まあいいや、中、入れよ」
「わーい、久しぶりー!」
「靴は脱げよ――おおい!? なんで土足で上がってくる!!」
「大丈夫っ、こう見えて少し浮いているから」
「ド〇〇もんか!? いやでも、お前なら作れそうだけどな!」
「さすがに〇ラ〇もんは作れないよー」
「は? いやそっちじゃなくて靴の方を……、でもアキバでも無理なのか……」
「うん、道具ならまだしも、本体はねえ、難しいかも」
「道具ならできるんだ……」
そんなの無理だろ、と言えないアキバの技術力がもう怖いな。
そう言えば、アキバがうちに来るのは、確かに久しぶりだな。
えっと、確か最後に来たのは――。
「半年ぶりくらいじゃない?」
「そんなもんか。でもほんと、久しぶりだよなあ」
一年の頃はよく来てたっけ?
二年になってから、まったくと言っていいほど、来る機会がなくなったからか。
あの頃は本当に……、本当に大変だったなあ……。
あれ、おかしいな、どうしてか、涙が出てくるね。
「トンマ……目から液体が出てるよ」
「涙でいいだろ……」
「そうだけど、涙が出てるよ、って言うと、恥ずかしいかなと思って」
「どうせ二人だけだし、いいよそれくらい」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「なにが?」
「もう二人くるよ?」
…………は?
「それってさ――」
「うん、モナンとハッピー」
いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!
来るの? え? ここに?
いやいやいやいやいや! それはないって!
なんで休日の午前中に、
家に女の子、三人が来るというカオスになってるんだ!?
「ちょっと待て! 状況を整理させてくれ!!」
「いやだからね、モナンとハッピーがくるって……」
「二度も言うな!!」
どうする!? いや別に、見られて困るものはないから、別にいいんだけど!
……なら、大丈夫か?
すると、こんこん、と再びノックの音だ。
「あ、きたみたい」
「はいよ、いま出る」
俺は駆け足で扉へ向かう。ドアノブに手を伸ばした瞬間――、
ドンッ、とドアが粉砕した。
がらがら、と亀裂が走り、
歪なパズルのピースのように分割された扉の破片が足下に積もっていく――。
怒りよりも先にここまで綺麗に砕けたことに見惚れてしまうが、でもやっぱりこれに関してはマジでふざけんな。
「おお、開いた開いた。おじゃましまーす」
元凶であるハッピーが俺を通り過ぎて中に入る。
「おじゃましますです」
続いて、モナンが入る。
…………。
「おぉい!? 扉のことは!?」
――びっくりした!
これだけのことをしておいてスルーするのか!?
「ん、どうかしたのか?」
「これに気が付かないとなると、もう目が腐ってるよね!?」
「え!? なんでお前は、お前に渡すはずのお土産のパンが腐っていることを知っている!?」
「それは知らねえ!! なにお前、腐ったパンを渡そうとしてたの!?
さすがに俺の胃でも無理だよ買い被るな!!」
「怒るところが少しずれていますけど……」
お腹を壊す以上に、跡形もなく破壊されそうだ。
「それよりも、扉だ、扉!! この砕けたこれはなんだ――はいモナン!」
「え!? えっと……扉、です」
「正解!」
「うぇ、拍手……ありがとうございます、ですけど……なんなんですか!?」
戸惑うモナン。まあ、そりゃそうか。
「トンマー、鍋やろうよー」
こっちの状況をろくに見もしないアキバの声が聞こえる。
「お前はなんで冷蔵庫を漁っているわけ!?
ちょっとほんとにやめ――、これ以上、俺の家の中を荒らすなよお!!」
見られて困るものはないけど、
だからと言って好き勝手にいじられてもいいってわけではないのだ。
「鍋でいいよ、いいから、やるからアキバはそれを作っててくれ!!」
「
よし、これで邪魔者一号は消えた。
これ以上、別の場所を漁ることもないだろう……だから問題は――、
「あれ? エロ本が一冊もねえじゃん」
「漁るなっ、つってんだろ」
しかも、ベッドを片手で持ち上げているハッピー……もう驚かない。
エロ本を隠すならまずはここだろ、という認識はあるのかよ……。
俺は隠してないけどな。
「勘弁してくれよ、そんなもんうちにはねえ」
「嘘つけ。絶対にあるんだよ、女の勘がそう言ってる」
「大丈夫、その勘は壊れてるはずだから」
修復不能の交換不可能だからな。
「おっかしいなあ」
出ないものを探してくれるなら、放置でもいいだろう。
さて。邪魔者第二号はこれで始末、と。
あとは――、
「うわあ、このガラクタたちは、発明品ですか?」
「一番、触っちゃダメなところに興味を持っちゃってる!!」
さすがモナンというか、目の付け所がちょっとずれてると言うか……。
ゴミにしか見えないそれに注目するとはな。扱いにくい……。
「これはなんですか?」
「さあ?」
「じゃあこれは?」
「どうだったかなー」
「これは」
「忘れたな」
睨まれた。後輩に。
でも察してくれ! 言いたくないのはそりゃそうだけど、そのへんはダメなんだ。
失敗作ばかりで、起動させたら俺でもどうなるのか分からない。
「あとで教えてくださいよ、先・輩」
「あとでな、あとで」
「ところで、先輩は一人暮らしなんですね」
「うん? うん、まあ、理由は聞かないで」
「えー。まあ、いいですけど……」
その時、アキバがぴくりと反応した気がした。
あー、まあ、あいつは知っているしなあ。
あまり、他人にべらべらと話すようなことではない。
もしも、アキバに頼まれたって、話すわけじゃない。
モナンは腰を下ろした。
が、落ち着かないのか、部屋を見渡すようにきょろきょろしている。
近くのテーブルの表面を指でいじったりして、落ち着かない。
落ち着かないのはいつものことだけど、まあ、いつもとは違うわけだ。
「なんだよ、緊張してるのか?」
「そりゃそうですよ! だって男の人の部屋、初めてですもん!」
縮こまったモナンはまるで小動物みたいだった……。
ふうん。こうして見ると、やっぱりモナンも美少女か。
……からかってみたくなるくらいには、可愛く見えてきたな、やべえやべえ。
「……? どうして右腕を押さえているんですか?」
「いや、なんでも。欲望を押さえているだけだ」
「それならこの封印のブレスレットをつければいいですよ。
モナンもこれで右腕を封印してますから!」
「お、治った治った」
「ええ!? これからって時に!?」
これからって時に? なにが?
ともかく、ふう、冷めた冷めた。そう言えば、モナンはこういうやつだった。
「なんだか、すごく失礼な評価をされた気がします」
「大丈夫、気のせいじゃないから」
「気のせいじゃ――気のせいであってほしかった!!」
やり取りを経て、モナンには飽きた。ので、
「え、酷くないですか!?」
飽きたので、アキバの方に視線を向けると――、
「なんでフライパンを持ってるの!?」
「え、炒めるから」
「鍋だって言ってるじゃん! 食材はそのままぶち込むんだって!」
「でも、パンが腐ってるから……、一回、火を通せばいいかなって」
「パンを!? いやそれは食べないからな!?」
「えー、でも食べ物を粗末には――よっと」
「なんでフランベした!? 絶対いらねえだろって、火が危ねえ!?」
「大丈夫よ、慣れてるし」
「だからって二回もするなよ! お前あれだ、絶対に詳しくないだろう!!」
「む、そう言われると悔しい。
なら、このあんぱんが美味しかったら
「ハードルが高い! お前はハチミツかよ……というか、それあんぱん!?」
「ほらほら」
「ほらほらじゃねえよ近づけてくるな!
これは、あんぱん!? あんぱんじゃねえよ手榴弾じゃねえの!?」
「そうとも言うわね」
「言わないよなあ」
「いいから、食・べ・て」
「優しい言葉とは思えない力技のごり押しで実力行使かよ!!」
こうなったら――、
「ハッピーでガードしてやる!!」
「な!? ハッピーを盾にするなんて――」
さいてー、と言いたげな視線が痛い。
元を辿ればお前がこんなことをしなければいいんだけどな……。
「ん、これ、パンか? さっきの? いいの、食べても?」
「え? でもハッピー……これは――」
「いただきまーす」
あ、こいつ、食いやがったぞ。
――バリバリグシャグシャバッキンゴックンドンガラガッシャーン!
と。
――絶対、人間の構造上、不可能な音が出たよ!?
ハッピーは、正直、人間じゃないよな、って気がしてきた。
「……ガクガクブルブル」
アキバがすごい震えてる……。
リアルで聞く音はめちゃくちゃ怖いのだ。
「ふう、美味かった。さんきゅー、アキバ」
「うん、良かった、よね……?」
泣くなよ……。
「ねえ先輩、鍋はまだですか?」
「お前はくつろぎ過ぎだ。少しは手伝え!」
「えぇ……。うーん、いいよ!」
「いいの!? いや、いいんだけどさ……タメ口?」
まあ、それも別にいいんだけどさ。
するとモナンが提案をする。
「やりたい鍋があります」
「却下」
「早い!? 早過ぎますよ先輩!!」
どうせろくな提案じゃないだろ。
「で、なに」
「闇鍋です」
闇鍋? と反応したのは、俺以外の二人だ。
「闇鍋……なにそれ」
とアキバ。
「アタシも知らん」
「モナンも知りませんね」
「提案者、お前は知ってるだろ」
流れるような綺麗なボケだったな。
「闇鍋って確か……部屋を暗くして、各々が食材を投入するんだよな?」
でも、大丈夫かよ。
「大丈夫だろ、所詮は鍋だ」
「まあ、な」
……不安だ。
「うん、準備できたし、じゃあ部屋を暗くしよっか」
スイッチを切り、部屋が暗くなる。
テーブルの中心に置かれた鍋の中へ落とされる食材たち。
ぼとぼと、と音がする。なにが入ったのか、分からない。
ちなみに、なにを入れるのかは、さっきの数分で決めていた。
買い出しはいっていないので、現在、あるものである。
「よし、入れたか?」
「うん、おっけー」
「おう、入れたぞ」
「だっふんだー」
「よし、もう面倒くさいから突っ込まないからなー!」
鍋から食材をすくい上げる。
ちなみに、俺はプリンを入れておいた。
冷蔵庫の中にあるもので使えそうなのは、まあ、これくらいかなと思ってな。
食えるギリギリは、ここじゃないか、ってな。
「さて――重っ!?」
なにが入ってるんだ!?
やがて、それぞれに食材が渡ったらしく、ざわつく。
電気を点けて――いや怖ぇなあああああああああああもう!
だけど、覚悟して、スイッチを、入れる。
明かりが点いた。俺の器の中には――、
「食えねえよ!!」
せめて、食い物にしてくれよ!
「アキバは?」
「紅ショウガね」
「地味だな……、でも意外ときついか?」
食材というより、調味料だな。
「モナンは?」
「リンゴです」
「あ、そう」
「先輩、微妙ですか」
「味としてもボケとしてもな」
おぉい!! とも言いづらい。
「ハッピーは?」
「プリンだった。つまらねえ食材だ」
「……、そっかー」
俺のセンスが否定された……。
じゃ、じゃあそれを言い出したらさあ!!
「石鹸は酷いだろ!! 誰だよこれ、名乗り出ろ!!」
すると、全員から目を逸らされた。
「全員かよぉおおおおおおおおおっっ!?」
鍋の中が、気づけば泡でいっぱいだった。
―― ――
「お前ら、全部食べたか?」
「はーい」
「よし」
ひとまず、残さないで済んだ。
みんなで苦い顔をしながらスープを飲んだのだ。
石鹸のせいだよ……。
「で、食い終わったけど、どうする?」
「はい!」
「じゃあ、モナン」
「はい先生!」
誰が先生だ。
「モナンは、先生の過去が知りたいですっ!」
「――――」
俺は、息が詰まった。
「おい、モナン?」
「ハッピーさん、本気です。興味本位じゃありません。本気で知りたいだけです」
「でもさあ、人には、触れて良い部分とダメな部分が――」
「それがダメなら、博士と先輩の出会いでもいいです。
モナンは、なぜこの研究所で、このメンバーが集まったのか、知りたいだけです!」
「モナン……」
誰も喋らなくなってしまった。
モナンが悪いわけじゃない。誰でも、知りたいことはあるのだから。
分からないことを、知りたいことを、調べて、答えを見つける。
だからこそ俺たちは、未熟でも腐っても、研究者なのだ。
「……まあ、いいか。いいよ、教える」
「トンマ? いいのかよ――」
「いいんだよ、もう大丈夫だから」
心配してくれるのか、さんきゅー、ハッピー。
そして、アキバと目が合う。
「いいんだね?」
「ああ」
今度はモナンを見る。
確かに、この中で、知らないのはモナンだけだ。
一年、後輩だから、知らないのも無理はない。
だから、教える。
教えておくべきだったのかもしれないな。
「モナン。これから話すこと、誰にも言わないって、誓えるか?
あまり、知られたくないことだからな」
「はい、分かりました」
真剣な眼差しだ。
普段のモナンからは考えられないくらい。
それだけ、この子も本気なのだ。
「じゃあ――」
―― ――
時は、一年前に遡る。
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