第6話 ゲームをする科学者たち 前編

「今日はゲームをしよう!」


 アキバが最新ゲーム機を両手で掲げながら言った。

 おいおい、そんな、一部人間のピントに合うようなことを言ったら――、


「げ、ゲームですか!? やりますやります二十四時間三百六十五日いつでもどこでもモナンはプレイ可能ですよ!!」

 

 中二病をこじらせた問題大ありな後輩のテンションがマックスだ。


「ゲームか。久しぶりにアタシも本気を出すかね」


 モナンだけでなくハッピーまで。お前もそっち側だっけ?


「あれ? トンマはゲーム、嫌いだったっけ?」

「いや、別にそういうわけじゃねえけどな」

「じゃあ、なんでそんなにノリ気じゃないの?」


「強いて言うなら、モナンのテンションに引いてるだけだ」

「それはあるわね……」

 

 興奮している人を見ていると自分は冷めてくる、みたいなものだ。

 アキバもそれには同意をしてくれた。火種を放り込んでくるアキバとそれを鎮火するため奮闘する俺との関係性だと、対立はしても手を取り合う機会は少ないから、こういう共感があるだけでいつもより倍、嬉しく感じる。


 すると、こそこそ話をしている俺とアキバに水を差す後輩がいた。


「早くっ、早くっ、早くやりましょうよ先輩と博士っ!」

「モナンの言う通りだ、早くしねえとゲーム機を壊しちまいそうだ」

「いや壊すなよ」


 相変わらず、腕力に頼るハッピーだ。


「そうですよっ、壊したらダメなんです! このゲーム機は……神様なんですから!」


「神様って……まるでこの世界の創造主がこのゲーム機みたいな言い方だな……言うなら神ゲーとかじゃないの?」


「この世界を作ったのが、このゲーム機ですよ?」


「順序は!? 宇宙のなにもないところにぽつんとこのゲーム機があったらびっくりするだろ!?」


「神様もプレイしてたんですねえ……」

「じゃあゲーム機、神様じゃねえじゃん!」


 モナンが、あれ? と首を傾げていた。

 自分でも分からなくなってるじゃねえか。


「ゲーム機は、神様じゃない……? 

 なら、ゲーム機の上に立つ人が神様……、はっ、つまりモナンが神様だってこと!?」


 なにがどうなって繋がったんだ!?

 本当によく分からない後輩だ……。


 こいつの将来が不安で仕方がない。


「えっと……あんまり脱線しないでくれる?」

「ああ、悪い。で、これもお前の発明品なのか?」

「うん、まあね。発売されてるゲームハードをちょちょっといじってね」


 ゲーム機を接続し、説明するために準備を始めるアキバ。


「よし、これで……うん、起動できるかな。

 えっとね、これはゲームの世界に入ることができるっていう発明品なのよ」


「!!!!!!!! マジっですかぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 俺の隣にいたはずのモナンが一瞬で消え、いつの間にかアキバの眼前に迫っていた。


「え、ええ……ほんとよ、マジ……」

「うぉぉお! うぉおお!?」


「モナン、あなた、そんなキャラだったっけ……?」

「ゲーム好きという、後付けの設定が今解放されたのです!!」


「そういう事は言うな! 言わなければバレないんだから!!」

「○△×□%$#!!!!」


「興奮しているのは分かったからせめて日本語を喋ってくれ!! 

 それにどう突っ込んでいいのか俺にも分からんっ!」


 やり取りを終えた後、隣にいたハッピーに話しかける。


「お前もテンション上がってたけど、いいのか? はしゃがなくて」

「モナンのあれを見たら冷静になれたな」

 

 そりゃそうだ。今のモナンは痛いどころじゃなく、激痛なのだから。


「モナンって、あんな風になるんだなあ」

「アタシも、中二病なのは知っていたけど……ああなるのは初めてか」

「まあ、中二病の根本はアニメやゲームだし、そりゃゲーム好きか」

「オタクってやつか」


 ハッピーはバカにした感じではなく、関心を持ったような言い方だ。


「このままいくと、腐女子になってもおかしくないよな。で、色々と手を出した結果、ラノベとかによくいるキャラみたいになって、本来の持ち味を失っていくんだろ?」


「そのへんでやめておけよ!?」


「挙句、作りこまれたキャラに元の自分が喰われていくという残念な結果に……」

「もうやめてぇ!? 妙にリアルだからそれ以上は言わないでぇ!?」


 分かったよ、と言ってハッピーが納得してくれた。

 マジで当たりそうだから怖いんだよな……、腐女子とか、あり得そうなんだよ。


「あ、そうだ。アタシのキャラも珍しくないからさ、そろそろツンデレとか入れてみようと思うんだが――」


「これ以上のツンを入れるのか!? 俺、骨も残らないんじゃねえの!?」

「アタシ、お前の骨まで折ったことはないと思うが……」

「俺の心はいつも折られてるんだよ!」

「そこまでするのにアタシはいつも大変だから、骨、折ってるんだぞ?」

「上手いこと言ったつもりか!」


 上手いっちゃ上手いけどさ!


 俺たちが睨み合っていると、ぱんぱんっ、と手を叩く音が聞こえた。


「はーいっ、みんな、説明するよ!」


「これって……あの国民的RPGか?」

「ううん、似てるけど、違うやつ」


「これはいわゆる、同人ゲームですね」

「どーじん?」


「普通の人たちが趣味で作ったゲームです。

 そんなことよりも、早くやりましょう! もうがまんできません!!」


 モナンが自動掃除ロボットみたいに部屋の中をうろうろし出した。

 なにかしていないと落ち着かないんだろうな。


「まあ待てって。モナンも、テンション上がるのは分かるが……」

「早くしてくれないと、血反吐が出そうなんですけど……」

「そんな拒絶反応が出るのか!? いや、嘘つけ、信じねえからな」

「先輩、酷いです……くすん、キュピーン!!」


「そんなこと言ってるから話が前に進まないんだろ!? なんだ、キュピーンって!」


 テンションが上がってモナンのボケが難解になってきている!

 突拍子もないことを言えばいいとか思っているだろ!?

 後のことを俺たちに委ねるな!


「これ、次回まで引っ張るパターンか」

「終わらせる!! 絶対に終わらせるからな!?」


 ハッピーも、今回は妙にリアルなことを言い出すから怖い……きつい!

 狙って言ってるのか!?


「みんなっ、この物語、本当は発明品が起こすドタバタがメインなのに、会話劇がメインなっていっているのはひとまず放っておいて――やるよ、ゲーム!」


「お前もかよぉぉぉぉぉぉおおお!!」


 核心に触れ過ぎだ! なんで今、そういうことを言うの!?


 それからアキバが、俺たちの腕に怪しそうなコードを張り付けていく。


「なんだ、これ……」

「コントローラーみたいなものね」

「安全なんだろうなあ……?」


「それなりにはね。コードから、情報を送り込むだけだから。

 電気が流れたりはしないよ? 不安なのは分かるけどね」


「じゃあ、電源が入ったら、もうゲームの中に入ってるのか?」

「うん。あとは向こうで話そうか」


 言って、アキバがゲーム機の電源を入れる。


 瞬間、どくんっっ、と、体が揺れる。

 鼓動が太鼓のような音を奏でたように――重低音が響いた。


 そして、意識がブラックアウトしていく……。


 


 ――キャラクターメイク画面へようこそ!


 ううん……、あれ、ここは?

 目の前は、真っ白な世界。なにもない。

 ただ、機械的な女性の声……アナウンスが聞こえるだけだ。


 ――ここは、キャラクターメイクをするだけの世界です。

   それ以上でも、以下でもありませんので。


「ふうん。キャラクターってのは?」


 ――ゲームをするにあたり、あなたの分身となる人間アバターのことです。


「そうか。顔も変えられるのか?」


 ――残念ながらできません。顔は現実と同じになります。

   それは、つまりブサイクは一生ブサイクということですね。


「なんでそんなことを言うんだ!?」


 失礼なロボット、と言われると……嫌な思い出が蘇る。


 ――早く決めやがれ。こっちは録画したアニメを見たいんですよ。


「こっちが仕事じゃねえのか!? がまんしろよそれくらい!」


 しかもリアルタイムなら分かるが、録画してるなら後でいいじゃねえか。

 そのための録画だろう?


「絶対、プログラムミスってるだろ……」


 ――あ、この喋り方は製作者が意図的に設定したものです。

   決してミスではありませんので。


「性格悪っ。製作者、絶対にふざけただろう! 遊び心にしては不親切だ!!」


 ――はあ、だるい。


「人間味があり過ぎる! 面倒くさいんだろ!? これ!!」


 ――そう思うなら、さっさと決めて先にいってください。アイス食べたいんです。


「そんなもんは溶けちまえばいい!!」


 ――決められないならこっちで決めますか。じゃあこれ、全裸アバターで。


「テキトー過ぎる!!」


 全裸って、大丈夫なのかよ!?


「頼むから、普通のでいいんだってば」


 ――普通、ですか。なるほど、ではこの、金太郎ファッションで。


「お前の中では金太郎が普通なのか!?」


 ――でしたら桃太郎。


「大して変わってねえよ! いいから、もう自分で選ばせろ!!」


 ――最初からそうしろよ。はあ、マジでこの時間、無駄だったわあ。


「お前が言うな……っ」


 既に疲れているが……、あともうひと踏ん張りだ。

 選んでしまえば、解放される。この無限地獄からな。


 用意されていたアバターを一通り見るが、


「マシなのがねえ……ッ、どれも酷い出来だ……」


 製作者、マジでぶっ飛ばしてもいいかな?


 ――決まった? マジで早くぅ。


「ギャルか、お前は」


 急かしてくるが、しかし、ないんだよなあ、マシなアバターが。


 ――全部が酷いなら、逆にじゃあ、なんでもいいじゃん。


「まあ、でもなあ。この中のやつは――」


 ――ランダムにすれば、たまに隠しアバターが出るかもね。


「…………」


 ――だ・か・ら、そっちに賭けてみたら?


「そう、だな……」


 俺は、目の前にある画面、ランダムボタンを押す――直前で、指を止める。


「でもほんとに」


 ――さっさといけよもうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!


「あ、お前っ、勝手に――」


 俺の叫びはかき消され、無情にも、キャラクターメイク画面が終了した。




【ゲーム世界】


 目が覚めた場所、そこは広い草原だった。


「うお……っ、すげえな、リアルだ――」


 風が気持ち良い、本当にゲームの世界か? と疑ってしまうくらい。


「あ、やっと起きた」


 声がした方を振り向くと、そこには悪魔がいた。

 全体的に黒いが、隙間から大胆に見える肌色が色っぽい……。

 露出度はビキニと変わらないんじゃないか……?


「て、敵か!?」

「違うよ!? 私だって! わ・た・し!」


「あ、アキバか?」

「そうよ、文句あるの!?」


 どうして怒っているのか、と思ったが、露出の多いアバターのせいか。

 でもそれ、お前の実際の体じゃないわけだし……いやしかし、体に貼られたコードで情報を得て、そっくりに作られているのかもしれない……ふうん。


 白衣以外のアキバねえ……いいじゃん。


「悪魔って……なんでそれ?」

「ランダムにしたらこれになったの!」


 ランダム、ねえ……って、あ。

 俺もランダムだったんだ。


「俺のアバターは……」


 メニュー画面を開く。視界の端っこにあるボタンに指で触れると、メニューウィンドウが出てきて……ゲームって感じの画面だな。これだよこれこれ、知ってるやつは。


 表示されていたアバターは……、



 ――種族・マッドサイエンティスト。



「…………微妙だなあ」

「だから白衣なのね。でも、新鮮ね。トンマはいつも制服だし、白衣を着ないから」

 

 アキバがちょっとむすっとしている。白衣、着てほしかったの?

 白衣はアキバのアイデンティティだと思っていたからな。


 それにしても、マッドサイエンティストね……。


「変なのがくれば突っ込めたが、これだとなあ、突っ込むにしても、弱い」

「トンマは突っ込みたかったの?」

「不完全燃焼の感じがなあ……できるなら思い切り突っ込みたかったけど」


「なに騒いでんだよ」


 今度は上から声がした。

 上を見ると、どんっっ!? と落ちてきた――人間!? モンスター!?


「なんだよ、お前らは普通なのか」


「「ハッピー!?」」


 頭に二本の角を生やした、こっちも肌色多めの鬼の姿だ。

 原始人のように、獣の皮を体に巻いただけの服装……服、装……?

 タオルを巻いただけ、と大して変わらなそうな気がするが……。


「ん? モナンはどうした?」

「まだ見てない、けど……」


 キャラクターメイク画面で止まっているのかもな。


「もしかしたら、先に進んじゃったのかも」


 アキバの推測には、説得力があった。

 確かに、モナンなら、アバターをすぐに決めてゲーム自体を進めそうな気がする。

 俺たちを待たなかったのは、下見ですっ、とか言いそうだな。


「モナンのことだし、さっさと進めて魔王と戦ってたりしてな」


「「あり得る!」」


 俺たちが苦戦している間に魔王を倒してエンディングを迎えているとか――、

 モナンだから、で、否定できない俺たちがいる。


「じゃあまあ、とりあえず、モナンは放置ってことで。

 アタシたちは自分のペースで楽しんでいこうぜ」


「ま、賛成だ」


「そうね、じゃあまずは、最初の町へ向かうわよー、おー!」




「なあトンマ?」

「なんだよ、ハッピー」

「これ、やっぱり次回に引っ張ったな?」

「……だから、あんまりそういうことをだな……」


「脱出不可能なデスゲームにならないかなあ……」

「お前マジでやめろよ!?」


 そんな感じで、次回に続く。

 ……………………前編でもう心が折れてるんだけど!

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