第5話 買い物をする科学者たち
日曜日のことだった。
前回の一件によって、俺はトランプ勝負に負けた罰ゲームを受けることになった。
どんな過酷な罰ゲームが待っているのかと戦々恐々としたものだが、あのアキバが指定した罰ゲームとは、ただ、買い物に付き合ってほしい、というお願いであり……、
しかし、ただ買い物を付き合ってほしいだけ、とは言ったものの、
あのアキバなのだ、ただの買い物で終わるはずもないだろう……。
とある喫茶店の店内にて、向かい合うのではなくなぜか隣に座るアキバが、頼んだケーキをお上品に食べていた。ちなみに彼女の私服は博士らしく白衣である。
普段は私服が制服だったわけだ……、似合ってはいるが……しかし喫茶店には似合わないなあ……。悪目立ちしている。
だからなのかもな、俺と肩を寄せ合うことで周囲からのそういう視線を紛らわせている、とも言える。
なんにせよ、俺としては得をした。
「――聞いてるの!?」
少しぼけーっとしていたら、二の腕をつねられた……。しかも、俺が頼んだケーキが少し減っているんだが……さてはお前が食べたな?
「今はそれどころじゃないでしょ……!」
「お前、有耶無耶にするつもりだな?」
まあ、ぼけーっとしていた俺が悪いしな。
もうっ、と肩を軽く小突くアキバは、ふへへ、と笑みを漏らす。
「今日は楽しかったね!」
そう、俺たちは既に買い物を終えており、
歩き回って疲れたため、休憩をしようとこの喫茶店に入ったのだった。
つまり、ここからは回想を追っていく形式になる。
そういう話の構造だな。
アキバの感想は、楽しかった、なのだが……そうか?
楽しくなかったわけではないが、でもなあ――、
「反省点が多々あるぞ」
「ん? ……ごくん、なにが?」
「もはや隠す気もなく俺のケーキを食ってやがる」
いいけどさ。……もう食べていいよ、あげるから。
わーい、と嬉しがるアキバだが、耳は傾けてくれているようだ。
「映画のことだよ」
「うんうん、いったね映画。面白かったよね!」
「じゃあ映画の時のこと、思い出してみろよ」
「え? うーん、と……――」
【映画館】
「ねえねえトンマっ、この映画、話題作ですっごい面白いんだよ!?」
「へえ、確かにポスターとか予告とか、面白そうだな」
「でしょ――入ろうよ見ようよっ!!」
「え、でも知ってるってことは、お前はもう見たんじゃ……」
「いいからいいから。面白いものは何度見ても面白いの!」
アキバに押され、俺たちはチケットを買い、指定席へ向かう。
やがて上映が始まり、主人公? 敵か? 重要そうな人物が現れた。
ふうん、導入は興味がそそられる。
映画を映画館で見るのは久しぶりだ。
「あ、この人、犯人なんだよ」
「…………」
【喫茶店】
「なんで犯人を言っちゃうんだよ!?」
「ついついね……ごめんって。なんかノリで言っちゃったっ」
「ノリで言われてたまるかっ! お前のおかげで犯人を知ってるから、話が急激につまんなくなったんだからな!?」
「……えへへ」
「褒めてねえよ!!」
「まあまあ、そんなに怒るなって、なあ旦那?」
「誰が旦那だ! さっき見たばっかりの映画に影響されてんじゃねえよ!」
「ほれ、かつ丼、食うか?」
「食わねえよっ、差し出したのはケーキのクズじゃねえか!!」
ほとんど食われていた。残っているのは生クリームがないスポンジ部分のみだ。
「ひ、ひどい……。うう、私のカツ丼が、食べられないなんて……っ」
「あ、いやごめ――謝るかバカ! 俺は悪くねえぞ、絶対に!」
「……ちっ」
「舌打ち!? お前はまずそのキャラを定めてからこい!」
「うるさいざんす」
「ざんす!? それに関しては映画にも出てきねえけど!?」
「映画が全てとは限らないけどね」
「そうだけど! その言葉は今この状況で聞きたくなかったな!!」
「あ、ねえねえトンマ、これ新商品だって、かーわいっ」
「話を逸らすなあ!!」
「ネチネチネチネチ……、うるさいなあ。器が小さいよ」
「誰のせいだと思ってんだよ!!」
「あー、はいはいまったくさあ……謝るよ、謝ればいいんでしょう……?」
「おう、謝れ、迅速に!」
「ごめんなさい、このとおりです」
「頭を下げろ! 微動だにしない背筋ぴんっで謝った感じ出されても!!
言葉だけでお前から一切、謝罪の気持ちが伝わってこないんだよ!」
「あはは、謝ったんじゃなくて、誤っちゃったね」
「上手いが、謝る人間が言うセリフじゃない!!」
「むしゃむしゃ」
「残ったケーキを食べるなぁああああああああああああ!!」
叫び疲れた。店員さんが、注意をしようかどうか迷って、こっちをずっと見ている……疲れた、なんか、もう、いいや――。
「映画のことは、もう、いいよ……」
気にしてないしな。
「え……? 色々と言われた気がするけど……ッ」
「映画以外。その後にどこにいったっけ?」
「えっと、うーんと……」
【ショッピングモール】
「こんなに買って大丈夫なのか?」
お金の心配は、いらないか。
父親からの小遣いではなく、自分で稼いだお金があるのだから。
「だいじょぶ、だいじょぶ」
既に、俺の両手が塞がるほど、紙袋があり、中身もぎっしり詰まっている。
「あ、トンマこっちこっち」
「なんだよ……って、お前、ここ……」
目の前、女性用の下着売り場だった。
「いやいやいやいや! 無理無理無理無理! ここは絶対に無理っっ!」
「なーにビビってんの? いくわよ!」
「うわっ、ちょと待――」
俺の意見など関係なく、店の中へ引きずられていく。
「じゃあ、これとこれ、どっちが似合うと思う?」
え、拷問?
いや、忘れていたが、罰ゲームだったな、これ。
羞恥プレイだ。
女性客や店員さんから温かい目で見守られ、アキバの下着を選ばされている俺がいた。
まあ、まだ変質者と誤解されるよりはマシだけど……。
「ねえ、どっち?」
どっちでもいい、とは、言えないので、
「じゃあ、左」
「へえ、黒がいいの?」
「ち、違う! いや、違う、わけじゃないけど……」
白よりは黒……派、かな?
俺の返答に、女性店員さんもくすくすと笑っている……恥ずかしい!
「どっちかって、言われたらな……」
「ふうん、じゃあこっち買うね」
「え!?」
「なに、なにか文句でもあるの?」
「いえ、ないです」
「あ、そう。じゃあ、私、お花を摘みにいってくるから――ちょっと待ってて」
「ああ――え、ええ!? 待て待て! 俺をここに一人にしないでくれ!!」
この時、俺はアキバから、買う下着を受け渡されていた。
そして、アキバを追い、レジを通さずに店から出てしまったのだ。
お気づきだろうか?
鳴ったのだ。万引きを知らせるサイレンがな!
「君、待ちなさい」
「へ? な、なんですか……?」
アキバの背中が遠ざかっていく。
「その手の中のもの……」
警備員の人が、目を細めていく。
「あ……、いや! これは違、くて……ッ!」
「話を詳しく聞こうか」
「え!? ちょ、待ってくだ――アキバぁ! 助けろよお!!」
遠ざかっていたアキバが足を止め、
一瞬だけ、こっちを見てから――。
「……ぷい」
「裏切ったなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!?!?」
【喫茶店】
「……なんで裏切った?」
「え、だって……生理的に無理だったから」
「俺は別に、下着が好きってわけじゃないからな!?」
「でも、あれは自業自得だと思うけど」
「ぐっ、いやそうなんだけどさ!
あの場所に俺を一人にするお前もお前でどうかと思うぞ!」
「だって…………ぽっ」
「なに照れてんだ、照れる要素なかっただろ!!」
「下着を持って追いかけてくるトンマの姿……ゾクゾクする……っ」
「違う、ドSなだけだった!!」
「でも、その後でちゃんと助けにいったよね?」
「ああ……確かにきてくれた、けどなあ」
俺は息を吸い込み、テーブルにバシッ、と手を叩きつけ、言ってやる。
「俺の下着への熱意を捏造するなよお!!」
「え? 必要でしょ、あれ」
「俺の誤解を解いてくれればいいんだよ!
なんで下着を優先した!? おかげで解放されるまで時間がかかったわ!!」
「だって、なんで下着を盗んだのか、とか。下着の魅力をね」
「盗んでねえんだよ! ただ間違えて持ってきちゃっただけ!」
「犯人はみんなそう言うの」
「犯人なめんな! もっとマシな言い訳つくだろあいつらは!」
「なんで犯人を庇ってるの?」
「まあ、いいさ……最終的には助けてくれたし……でもなあ」
まだあるのお? と言いたげに、俺の肩に頭をこてん、と倒すアキバ。
完全に、俺に体重を預けてやがる。
「そのことを、道中で大声で話すな!!」
「だってえ、嬉しくって」
「自慢できることじゃないからね!? 不名誉なことだからな!?」
「トンマの困り顔、たまらないの」
「ドSか!? ドSだったな、そう言えば……」
「そうよ、ドSですけどそれがなにか!?」
「開き直った!? お、お前のせいで!
あの店のブラックリストに載ったかもしれないんだぞ、どうすんだよこれ!!」
「かんぱーい」
「祝うなあ!! まさか、お前が最初から仕組んでいたことなんじゃ……」
「そ、そそそ、そそそんんなこ、と、あ、あるわけないじゃないのまったくもうっ」
「怪しっ! 怪し過ぎて――逆に怪しくないな」
「なら、もういいでしょ」
「俺はお前の手の平の上なのか!?」
アキバが、いつの間にか注文していたケーキにフォークを突き刺した。
いつ頼み、いつ店員さんが運んできたのか、
白熱していた俺にはまったく覚えがなかった。
というか、食い過ぎじゃない? 俺の分も食ってるはずだよな……?
「で? それだけ?」
「……まあ、それだけ、かな」
文句を出し尽くして疲弊する俺に、アキバが耳元で囁いた。
「でも、楽しかったでしょ?」
「…………」
「だって、本気で怒っていたら、途中で帰っちゃうもの。
でも、トンマは最後までいてくれた――」
アキバが満面の笑みを、俺だけに見せながら言った。
「ありがとっ」
「っ」
「今日は楽しかったよ! 久しぶりにお外にも出れたし。もう満足だよ!」
「……そうか」
繋いでいた手を離し、会計を済ませて俺たちは店を出る。
「――なにしてんの?」
「ええ、っと……」
「いやあ、そのー、えへへ」
視線を感じると思ったら、ハッピーとモナンがいた。
ばったり出会った、って、わけじゃなさそうだな。
「お前ら、俺たちを尾行していたのか?」
「いやあ……、ほんとごめん! そんなつもりはなくてだな――ごめんアキバ!」
「ごめんなさいですっ、博士!!」
アキバには謝ってるな。
えーと、俺は?
「なあ、二人とも……俺は?」
「許してくれ、アキバ!」
「許してください、博士!!」
「お前ら俺は!? 悪意しかねえだろう!?」
「あ、メンゴ」
「軽っ!」
「メンゴ、です!」
「お前はテンポが悪いんだよ!」
モナンの崩しはピーキーだ。
ちらりと、隣のアキバを見る。
なにも言わないからと気になったのだが……あれ?
普段とは違い、黒いオーラを体から出していらっしゃる。
「お、おい、アキバ……?」
「ギギギ、ガガ、ガガガ」
「錆びついたロボットみたいになってる!?」
アキバの様子がおかしい……ハッピーに聞いてみると、
「アタシたちのストーキングが原因だろうなあ」
「は? なんでだよ、そんなことでアキバがこんな風になるのか?」
俺の意見にハッピーはやれやれ、と言いたげに肩をすくめた。
「お前との買い物、楽しみにしてたからな」
「……アキバが?」
まあ、俺をいじめたくて仕方がなかった、のだろう。
からかうのを楽しみにしていたのは、分かる。
「そういうことだ。だからトンマがどうにかしろ」
「どうにかって。どうす……」
アキバは、まだ落ち込んでいる。効果音をつけたら、どよーん、かな?
正直、話しかけづらいが……、
「えーと、アキバ、さん?」
「…………」
「今日、楽しかったぞ? な! だから元気を出せって、ほら!」
「…………」
「…………」
絶望しかねえ。葬式かと思うほどのテンションだよ。
じゃあ、どうするか……他に元気が出ること……えーっと、って、ああもう!
小手先のご機嫌取りは面倒だ。
「アキバ! また今度、一緒にいってやるから! どこでも好きなところ!!」
「えっ?」
一生、お前にからかわれてもいいから――。
「だから、お願いだから元気を出してくれ……頼む!」
「約束」
「え」
「約束だからね!!」
「――あ、ああ!!」
そう言い残し、アキバが走って去っていった。
……元気、余ってるなあ。
「よくやった」
ハッピーがぐっと親指を立て、俺に突き出してくる。
「俺は今、無駄にお前らの尻拭いをさせられた気分なんだが……」
「お前のせいだ」
「気のせいじゃねえのか!?」
「ともかくだ、まあ助かったよ、さんきゅー」
面と向かってそんなことを言われると、照れる。
文句も言いづらい……。
背後、モナンの方を振り向くと、
「あ、先輩さんきゅーですよ……あ、秘宝盗まれてました」
「ゲームしながら言うことじゃないよね? あと古くない? いつのゲームだそれ」
「2012年くらいじゃないですか?」
「ふうん、あのなあ、モナン。俺は先輩だ、目を見て話さないか?」
「あたしと目を合わせたら――死にますよ?」
「中二病はもういいから」
いつもならこの先も会話が続くのだが、さすがに今日は疲れたのでここで打ち止めだ。
はあ、帰って寝たい。
楽しかったけど、疲れは溜まるのだ。
【自宅】
今日はほとんどがアキバの奢りだった。俺も払うとは言ったのだが、言った時点で既にカードで支払っていた後だったので、軽くあしらわれて終わった。
今度ちゃんと返そう。
アキバから、付き合ってくれたお礼として貰った目覚まし時計の袋の中に、今日一日分のレシートがまとめて入っていた。……意図的に入れたわけじゃないだろう。意図的だとしたら俺は今後、アキバに強く出れない……。
レシートを合算すると……導き出される金額が、これだ。
もちろんアキバ個人の買い物もあるだろうが、しかし昼食やカラオケ、ボーリングや喫茶店などの飲食などを含めると――俺の負担分も入っているはず……、つまり。
約、6万3840円……って、マジか。
「…………」
アキバには逆らえねえ。
まあ、そんな意思はすぐに消えてなくなったがな。
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