第3話 なめられる科学者たち
「――ふっふっふっ! できたわよ、空前絶後の! 発明品がね!!」
と、アキバが突然、そんな事を言い出した。
突然ではあるものの、こんな事を言い出す頻度は多いのだ。
「うん? どうかしたのか?」
と、珍しくハッピーが食いついた。
いつもは決まって俺に任せるくせにな。
「聞いて驚きなさい……その名も――」
「あ、トンマ、そこのお茶とってくれ」
「ん。はいよ」
「さんきゅー」
「ええ!? 興味がなさ過ぎる!?」
そう言われてもな、正直なところ、興味がないんだよな。
これまでの経験則から……、
アキバの発明品で、良い事が起こった事など、一度もなかったのだ。
「……いいもん。モナンー、私の発明品に興味あるー?」
相手にされずに拗ねたアキバが、ターゲットを後輩に変えた。
「へ? ……はぁ……まあ、ありますよ」
「なにその『仕方がないなあこの人は』的な反応! 逆に嫌なんだけど!」
「じゃあ――、ぶっちゃけ、興味ないです」
「ぶっちゃけ過ぎじゃない!?」
俺たちから冷たくあしらわれ、
アキバが部屋の隅っこでしくしくと泣き始めてしまった。
やべ……、やり過ぎたなこりゃ。
「どうする? これは、さすがにあんまりじゃないか?」
「まあ、確かになあ」
「興味ないとは言え、冷たくし過ぎてしまったかもしれませんね」
三人で集まり、輪になってこそこそと話し合いながら反省。
だがしかし、いつも通りに進むと、ここから負の連鎖が始まっていくはずだ。
うーん、あんまり気は進まないけどなあ。
「アキバ、さん? あの、俺たち、ちょっと興味が出てきたなあ、と思って」
「…………ほんと?」
「うんうん、ほんとほんと」
「よーしっ、聞いて驚きなさい! 今回の発明品は――じゃじゃんっ、これよ!」
すぐに回復したアキバは、発明品に被せてある黒い布を思い切り引っ張った。
その中から出てきたものは――、
人型のロボットだった。
「これが最高傑作っ、『ヒトノマネデキールくん』だよ!」
「ネーミングセンスがひどい!!」
そのロボットは、真っ白で、のっぺらぼうで、なのに妙にリアルで。
なんて言うんだろう……、不気味の谷とはまた違うけど、なんだか気持ち悪い。
人に似ていないのに、肌の質感だけ再現されているような……。
どうしてそこだけ妙にこだわっているんだよ。
「……それで、それはなんなんだよ?」
ハッピーが、すぐに疑問を口から出す。
「ふふん、よくぞ聞いてくれた、愚民よ」
「おいおい、せっかく聞いてやってるのに、ムカつくんだが?」
「気のせいだよ、このビッチっ」
「いや気のせいじゃないだろ! まあいい……さっさと説明してくれ」
「うん、説明はしてもいいんだけどね……でもお」
「?」
発明品を完成させた直後だからか、ハイテンションのアキバがハッピーで遊び始めた。
「――果たして、君の頭脳で理解ができるかなあ!!」
「おっけー了解だ、武力を行使する!!」
瞬間的に殴りかかろうとするハッピーを急いで止める。
「いや、まてまてまてまて! 行使するなバカ!!」
「離せっ! 争わなくちゃ分からない事があるんだよ!!」
「だとしても、ここじゃねえよ!!
こんなくだらないこと、充分言葉で解決するから!!」
アキバのやつ、どういうつもりだ……ハッピーを挑発して……はっ!?
「まさか、ハッピーを挑発することが、もうそのロボットと関係があるのか!?」
すると、アキバが企みを暴かれたように、不敵な笑みを漏らしていた。
「……ふっふっふ! ふっふっふっふっふっっ!」
……まさか、本当に!?
「――いや、特に意味はないよ」
「がるぅぅうぁうううッッ!」
「落ち着けぇ!!
頼む、ハッピーっ、耐えてくれッ! お願いだから耐えてくれよお!?」
「バリバリムシャムシャ――ふう、平和ですねえ」
「そこの後輩ぃぃぃぃぃぃ!? なにポテチ食ってくつろいでんだよぉおおお!!」
「えっと……でもお、この件に関してはモナン、無関係ですよね?」
「そうだけどさあ!!」
相変わらず、マイペースなやつだ。
必要ない時はぐいぐいくるのに、必要な時には絡んでもきやがらない。
「今、心の中で罵倒されたような気配がしたんですけど!?」
「ははは……気のせいだよ、気のせい。ただ、心の中でバカにしただけだ」
「大して変わってないです! というか先輩、心の中でバカにしていると!?」
「違うってば。そうじゃなくて……可哀そうな子だなって、思って――」
「だったらまだバカにされている方がマシでしたよ!!」
もういいですっ、とモナンがそっぽを向いてしまった。
なにがいけなかったのか……、本音を言っただけなのになあ。
「なあ、アキバ。さすがにそろそろ展開を進めよう。ロボットについて教えてくれよ」
「そうね、おふざけはこれくらいにして――」
「おぉぉぉぉぉふぅぅぅぅぅざぁぁぁぁけぇぇぇぇッッ!?」
「……ごめんハッピー、さすがに悪ノリをし過ぎたわ」
暴走しかけたハッピーを、アキバと二人でなんとか抑えることに成功した。
「えっとね、このロボットは――って、説明するより動かした方が早いね」
台車に乗ったロボットを移動させ、ハッピーと向き合うように置く。
「なあなあ!? なんで当然のようにアタシが実験台なんだ!?」
「そんなの、一番頑丈で、もし問題が起きてもお前なら特に影響がないからだな」
「よし、トンマ、帰り道に気をつけろよ……?」
「――すいませんでしたっっ!!」
「綺麗な土下座ね。さては土下座し慣れてる? 私もドン引きよ、それ」
アキバが言っているが、命の危機だ、ドン引きだとか構っていられるか。
「で、これで、どうするんだ?」
なんだかんだと言いながらも、結局、このまま実験台になってくれるのがハッピーの良いところだよな。
「じゃあ、まず、その胸のボタンを押してあげて」
「おう。これか? ポチっとな」
押した時の効果音が古く感じたが、まあいい。
すると、真っ白だったロボットが、どんどんと体の形、色を変えていき、
目の前にいるハッピーの映し鏡のように、まったく同じ姿になった。
「うお……、ハッピーが、二人……? すごいなこれ!」
そっくりというより、瓜二つだ。目を離した隙にぐるぐると互いの位置を変えたら、どっちがどっちだったか分からなくなる自信がある。
「ふふんっ、どうだ見たか! これが私の力なのだあ!」
「さすが天才! これ、普通に大発明じゃねえか!!」
発表したら、どれだけの金がこいつに入ってくるんだ!?
公表するかしないかの話題を出すと、アキバはなぜか、歯切れが悪くなり、
「すごい発明なのは、そう、なんだけどお……」
「なにか問題でもあるのか? でも、欠点があるようには――」
「見てれば分かるよ」
アキバの視線の先、二人のハッピーがいる。
元の位置を知っているから本物と偽物の区別がつくが、ふとした瞬間に、あれ? どっちが本物だったっけ? と分からなくなりそうだった。
「へえ、すげえ似てるなあ……。よし、よろしく頼むな、相棒っ」
本物のハッピーが、握手をしようと手を伸ばすと、
「ふん、気安く話しかけるな、汚らわしい女め」
ぺっ、と唾を吐きかけた。
……うわあ。唾とは言ったが、ロボットの体内で作られた粘着性のある水だろう。
それがハッピー(本物)の頬にべったりとついていた。
確認するようにアキバを見ると、
「そうなのよ、あのロボット、生意気なのよね」
「生意気というか、悪意があるよなあ……?」
どうにかならないのか? プログラミングで、さあ……。
「むーりー。結構、初期段階で決まっちゃったことだから」
アキバが両手を挙げて、お手上げのポーズだった。
初期段階、ということは、組み直そうとすれば、ほぼ一から作り直すことと同じなのだと言う。アキバの作り方を知っているわけではないし、アキバよりも効率の良い作り方を知らない俺にはなんとも言えない。アキバがそう言うなら、無理なのだろう。
「おい――今なんつった、ああん!?」
予想通り、ハッピーがロボット相手にメンチを切っている。
「ああ、やめてください、息をしないでください、空気が汚れますし貴重な酸素がなくなってしまいます。あなたが吸う酸素はありません無駄遣いしないでください――くさっ」
ロボットが鼻をつまんでぱたぱたと手であおぐ。
ハッピーの額に怒りマークが浮かんでいるのがよく分かった。
……うざいな、これ。
ハッピーだからマシだが、これを自分の姿でやられるとなるとなあ。
今のハッピーのように、「ああん!?」と言ってしまいたくなる。
「というか、この体、嫌なんですよねえ。だって、胸がまったくないですし、女に生まれて断崖絶壁とか、うけるっ、くすくす」
「ああん!?」
あいつ、もう『ああん!?』しか言ってねえじゃねえか。
言葉の手札が一気になくなったようだ。
仕方ないな……俺がいって、少し仲裁してやるか。
「おーい、えっと……ロボット、ちゃんか?」
「はい? ああ、虫けらの出番はないですから、黙って消えろ」
「おーけー、表に出ろやこらぁ!!」
「先輩がヒートアップしてどうするんですか!」
モナンに羽交い絞めにされる――離せ、こいつは俺がぶっ飛ばす!!
「仕方ないですねえ、あたしがどうにかしてあげますよ」
頼れるモナンがロボットに向かっていき、
「あの……」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 痛い子がこっちきたぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「…………ぐすん」
な、泣いちゃった!?
あのロボット、モナンの弱点を的確に突いてきやがったぞ!?
恐ろしいやつだ……。
「あーもう、みんなダメねえ、ここは私に、ドンと任せなさい!!」
あ、そうか、まだアキバがいた。
作り手であるアキバなら、このロボットをどうにかできるはず。
いや、でもなあ……あのアキバだぞ?
綺麗な死亡フラグを立てた、あのアキバだ。
「ねえ、どうしたのかしら? 動けるようになって楽しいの? でもそうやって動けるのは私のおかげなのよ? そこのところ、分かっているのかしら?」
自分が作ったとアピールすることで、逆らえない主人が誰なのかを分からせようというわけか。主人の言う事くらいは、さすがに聞くだろう……、ただ、そういうのって最初からインプットされているようなものじゃないのか?
「あ、すいません、もう一回言ってください。
聞いていませんでした。聞く気もありませんでした」
「むっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッッ!!」
「はい全滅ぅぅぅぅぅぅッッ!!」
最後の砦のアキバが崩落した……打つ手なし、俺たちはロボットに屈した。
「ふん、人間ごときが、ロボットに逆らうなんて百年早――うわ!?」
正座をして横に並ぶ俺たちに説教している途中で、自分から出ていた電源コードに引っ掛かり、激しく転んだロボットは――静かに、息を引き取った。
電気がなければ、動けない。
充電式ではなかったのが、幸いだったか。
コンセント。
抜けた、電源コードだ。
…………まあ、最初からこうすれば良かったと、口に出す者はいなかったさ。
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