第2話 入れ替わる科学者たち
「さあっ、今日はこの『人格・入れ替わり装置』を使って!
モナンとハッピーをびっくりさせたいと思います!!」
「よし、一抜けた」
「早いよ、早過ぎるよ!?」
今日はモナンとハッピーがちょっとした用事で遅れるらしく、
今この研究所には俺とアキバの二人しかいなかった。
そしたら、こいつがいきなり訳の分からない事を言い出した――ってところだ。
「ねえねえやろうよー、楽しそうだよー」
「それはお前が実験したいだけだろ?」
「うんっ、そうだよ!
市販されているのとは違って、これは人の脳内が見えてしまうのだーっ」
「絶対にやらないからなッ!!」
俺の脳内を見せるわけにはいかない……どうしてかは察してくれ!
この年頃だとな、エロエロとグログロで頭の中がいっぱいなんだよ!
「……ふうん、よし、分かったっ」
「ん? なんだ、今日は物分かりがいいな?」
「やろっ?」
「こいつっ、なんも分かってねえな!」
もう……、諦めた。
というか、一度口に出したら、やめるなんてあり得ないんだこいつの場合は。
「じゃあ、やってもいいけど……脳内だけは勘弁してくれ!」
「うーん……。仕方ない、覗くだけで勘弁してあ・げ・る」
「なんも解決してねえよ! それを勘弁してくれって言ってんだ!」
お前は覗く以上に、なにをしようとしたんだよ!
「分かったわよ……じゃあ、脳内関係は、全部無効化ね」
「ああ、そうしてくれ……」
俺とアキバは、ヘッドホンに似た形の機械を被り、ボタンを押す。
すると、目の前が真っ暗になって――、
「――う、ううん?」
目を開けると、そこはいつもの研究所だった。
そして、目の前には、俺がいた。
「あは、成功だっ」
「うわ!? ちょっとっ、お前あんまりくっつくなって――こら!」
すると、ドアが開き、
「おっす、遅れたぞー」
「お、遅れてすいません」
という声と共に、モナンとハッピーが部屋に入ってくる。
……さて、冷静に考えてほしい、この状況を。
アキバの体に抱き着いている、俺の体。
今、部屋に入ったばかりのモナンとハッピーが、この誤解を自力で解けるはずもなく、
「……トンマぁ? てめえは、ついに欲情しやがったな――おらぁぁぁぁッ!!」
「あ、違うよ、ハッピーこれは私……」
「問答無用ぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
「ぐぅう!?!?」
「…………」
これ、あらためて客観的に見ると、かなりショッキングな映像だよな。
今まで自分が喰らってたから気づかなかったけど。
「ていうか、死んでないよな!?」
「息の根は止めた」
「いやいやいやいやっ! ダメだよ! すぐ蘇生させろよ!?」
「……あれ? アキバ……? だよな?」
こいつ、鋭いな!?
「え、ええっ! そうでござんすよ!?」
咄嗟にしたって俺のバカぁ!!
なんだ、『ござんす』って!
俺のアキバに向けたイメージが酷い!
「ふうん……まあ、気のせいか! 悪いな、変なこと聞いてさ」
あ、こいつバカだな……バカの子だ。
「う、うん、気にしないでね……」
ふう、一難去ったが、しかし、また一難だ。
さっきから、モナンがこっちを見ている。
ハッピーと違い、こういうことには敏感な後輩だ。
じっと見つめるこいつの視線が痛い……すごく痛い!
やめろ、お願いだから見ないでくれ……。
冷や汗がだらだらと止まらない。
「博士……」
ギクッ。
今度は、どんな爆弾を投げるつもりだ、お前は……。
「な、ななな、なあに?」
引きつった顔で返事をする。
頼むから、マジで勘弁してくれよ……?
「博士って、スタイル良いですよね」
「え?」
「ちょっと触らせてください」
な、なにが?
まさかとは思うが……、こいつ、原子爆弾を投下してきやがったっ!
「い、いや、それはちょっとね――」
「え、どうしてです? いつもは触らせてくれるじゃないですか」
いつも、だと……?
あいつは後輩になにをやらせてるんだ……っ。
どうする……、くっ、断ると怪しまれるし、ばれたらハッピーの鉄拳が飛んでくる。
……仕方ないな、許せ、アキバ。
「は、はい、どうぞ!」
「わーい! どれどれ、ふっふっふ、良い体してますねえ博士」
お前はおっさんか。
それにしても、脇腹から胸まで触られて、くすぐったい。
「ふぅ、ん、あんっ!?」
ま、ずい……変な声、出る! これはまずい!
なんかもう、男としてダメだ。
入れ替わりを明かした後に待っているのは、二重の罪で死が待っている――。
「ね、ねえ……も、もういいかな?」
「あと、ちょっとだけ……!」
もうやめろよお前よお!!
「ふう。もう満足ですぅ」
「……そう、ですか」
鼻血を出すなよこの変態が!!
それにしても、疲れた……、女の子って大変だ。
「よし、蘇生が完了したぞー」
ハッピーがそう言って、俺たちを呼ぶ。
待ってました、俺の大切な体――カムバック!!
…………あっ!!
ここでアキバが起きたら、人格入れ替わりがばれてしまう……。
そうなったら……地獄絵図だな……っ。
俺はすぐに走る、元の体の元へと。
「……う、うん? ここは……?」
「さて、洗いざらい吐いてもらうぜ? トンマぁ……?」
アキバ(俺の体)が意識を戻した瞬間に、俺(アキバの体)が猛スピードで駆け寄り、全力のパンチを相手の顔に叩き込む。
「――ふんっ!!」
「どふぇ!?」
「「なんで!?」」
モナンとハッピーが叫ぶが、気にしていられるかあっ!!
「ハッピー、蘇生だ、早く!」
「おいおいいやいや!? したばっかだろ!?」
「蘇生して、意識を戻さない――そんな状態が好ましいです」
「どういう注文だそれ!? さすがに植物状態は無理だから!」
「じゃあ、蘇生して起きたら、またすぐに殴ってちょうだい!」
「「鬼か!!」」
モナンとハッピーが叫ぶが、気にしていられないんだよお!!
「……なあ、アキバ? 今日のお前、変だぞ!
なんだか、いつもと違うっていうかな……」
やっぱり、気づくものなのか……?
「はい、確かに変ですね。いつもより、喘ぎ声が少なかったです!」
よし、お前はもう黙っとけ。
「まあ、それもあるけどな」
あるのかよ。
「それでも変だ。お前は、トンマにそこまで酷いことはしないだろう?」
「…………」
「だってお前は、トンマの事を――」
その時、チャイムが鳴り響く。
ハッピーの言葉の続きは、その音でかき消されてしまった。
「――え?」
おい、なんだよ、このタイミングで! 重要なところが聞こえなかったぞ!?
「――というわけで、アタシたちもう帰るわ。
トンマの事、よろしく頼むな、アキバ。じゃあ、また明日なー」
「はい、そういうわけで、明日です!」
「え? ちょ、ちょっと待っ」
引き止めるが聞こえず、ドアがばたんと閉まる。
さっきまでこの状況を、願っていたはずなのに。
「……なんだか、腑に落ちねえなあ……!」
さっきの、言いかけていたハッピーの言葉……。なんなんだろうな。
まあ、ひとまず、元の姿に戻るか。
入れ替わった時と同じように、ヘッドホンを被り、ボタンを押して元に戻る。
「痛っ、いてて!? 全身が漏れなく痛ぇ!?」
あいつ、どんな力で殴ったんだよ!?
「……う、うん……?」
「あ、起きたか」
「――あれ? みんなは?」
「もう帰った」
「ええ!? いつの間に!」
アキバは、ガックリと肩を落としていた。
「入れ替わって、二人を騙そうと思ったのになあ……」
「安心しろ、俺がきっちりと騙しておいたからな」
「本当!? じゃあ今度、それとなく聞いてみよっ」
「おう、聞け聞け。……それじゃあな、俺ももう帰るわ」
「うん! ありがとね、トンマ。バイバーイ!」
俺は研究所の重たいドアを開け、帰路につく。
「……ん? 今、なんか重大なミスをしたような……?」
でも感覚だけで、思いつかないし――まあいいか。
後日、
入れ替わっていた時の事を聞いて、教えるべきではなかった真実を知ったアキバに半殺しにされる事を、俺はまだこの時、知る由もない……。
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