このマッド・サイエンティストめっ!!

渡貫とゐち

実験1 ラボ・イン・パニック

第1話 愉快な科学者たち

 世界の科学技術はここ数年、ものすごい勢いで進化している。

 あれだけ驚いた最新技術も、気が付けば遠い昔のように懐かしく感じてしまう。


 人と人との人格入れ替わり装置。

 本物と見分けがつかないほどのペットロボ。

 食べても太らないダイエット食品などなど――。


 それほどまでに科学技術は進化している。


 階段を下りながらそんな事を考えていたら、あっというまに着いてしまった。


「……地下研究所」


 そのネームカードが貼ってあるドアを開ける前に、二回ほどノックをする。

 ……誰もいないのか? 珍しいな。


 返事がなかったので、そのままドアを開ける。



「おーい! 誰もいないのかー!?」


 周囲を見るも、誰もいない。

 立っていても仕方ないので、いつものソファへ腰かけようとしたら……。


「って、うぉあっ!? お、お前っ、いるならいるって言えよっっ!!」


「んぁ……。なぁに……?」


 ソファに、一人の美少女が寝ていた。

 彼女こそが、『アキバ』こと、秋葉原あきはばら京子きょうこである。


 ここ数年の科学技術の進化のほとんどが、

 というか全部が、このアキバの技術と脳みそのおかげだ。


「ほら、起きろ! そんな格好じゃ風邪を引くだろうが!」


 こいつは天才……、のはず、なんだけどなあ。

 絶対、どこかのネジが抜けている。


「ふぁああ……。トンマぁ、着させてぇ」

「いや、自分で着ろよ」


 着替えさせるのはさすがに無理だ……、

 いや、だって俺、男だし! 高校二年だし!



 あ、ちなみに俺の名前は、東雲しののめまこと

 じゃあ、なぜ『トンマ』なんだと思うだろうが、その気持ちはよく分かる。

 俺も最初は不思議に思ったものだ。



 なんだっけ? 確か、アキバが出会ってすぐの時、


「しののめ? 分かりにくい! 

『とううん』って、読めるじゃん! こっちの方が簡単だよ!」


 と言った事があった。


 たぶんそれで、『とううんまこと』→『とううんま』→『とんま』になったんだと思う。

 すごいねっ、本名と比べたら「ま」しか合ってねえよ!


「トンマ!!」

「は、はい!」


 うお、突然呼ぶもんだから、びっくりしたじゃねえか!


「な、なんだよ?」


 アキバは、なぜか俺をじーと見つめてくる。


 ……こいつ、振る舞いはあれだけど、美少女だし、

 スタイルが良いからめっちゃドキドキするんだよなあ……、なにこれ、めっちゃ悔しい!


「ト、ン、マ――、あなたはこの研究所の副リーダーなのよ?」

「えーと……知ってるけど」


「トンマの仕事は、リーダーである私のお世話をすることなのよ!?」


「いや、ちげえよ!?」

「…………!?!?」


「なんだその顔は!

 当たり前だろうがっ! するのはお前の世話じゃなくて、ただの助手だからな!?」


「助手の仕事は」

「それもお前の世話ではねえよ!!」


 アキバは、ガックリとソファに倒れ込んで、そのまま……。


「寝るなぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


「なによ! 寝かせてよ! 

 お世話してくれない助手さんはどっかいってよもうっ!」



 ……こいつ、拗ねやがったぞ! 子供かっ!!


 はあ……、でもまあ、こいつはいつも働いてるし、

 たまには休ませるのもいいだろう――よしそうしよう! 静かになるしな!


 すると、そのタイミングでドアが勢い良く開く。

 そこには――、この研究所のメンバーであり、一つ年下の後輩である少女がいた。


 少女は息を切らしながら、勢いそのまま、俺の方へ駆け寄ってくる。


「――すすす、すいません! 遅れましたっ、先輩っ!」

「いや、全然大丈夫だよ――モナン」


 彼女は毛利もうり南子なんこ

 みんなからは、『モナン』と呼ばれている。


 このあだ名も、発信源はアキバだ。

 けどまあ、あいつにしては、まだマシなあだ名だな。

 なんで俺の時だけ……、と思わなくもない。


「一応聞くけど、なんで遅れたの?」

「へ? ……えっと――」


 指を顎に添えて、首を傾げながら考える。

 モナンも、アキバに劣らず可愛いんだよな……。

 正直、俺の好みど真ん中なんだけど。


 モナンが挙手をしながら、

「はい!

 今日は、世界を操ろうと企む悪の組織の幹部と一戦交えてきました!」


「お前はなんでそうなんだろうな!!」


 ガッカリだよ!

 その中二病と電波的発言がなければ、これ以上ないドストライクなのに!!


「はっ!」

「……なんだどうした?」


「誰かに、誰かに見られてる気がします!

 これはあたしの直感ですか!? それとも気のせいなのかっっ!?」


「気のせいだと思う」


 いちいち相手にするのが面倒くさいという事が分かってきた。


「うぐっ、あたしの、右手が、うずいてきました!!」

「あはは、殴ってやろうかな」


「うわっ! 右手が勝手に……、ドーン!」


「ぐふぅ!? 痛ぇ!? え、ちょ、え!? なんで殴った!?

 というかお前、ストレス発散してるだけだよねえ!?」


 ぷふーと、口笛を吹いて誤魔化そうとしてる!

 吹けてねえよ、口笛!!


「はあ。……もういいや。その中二病、なんだかもう、疲れたよ」

「ええ!? ちょっと先輩、諦めないで下さい! ちゃんと構ってくださいよ!!」


「えー。だって構っても良い事ないんだもんなあ、実際」

「あたしと喋れますよ! 先輩!!」


「お前は自分の評価がとてつもなく高いな!!」

「だってあたしほどの美少女、そうはいませんよ! ふふふっ!」


「言い切った!! すげえなあ――でも、敵を作るタイプだな?」

「どうですか!? 今、先輩の中でモナンが急上昇中なんじゃないですか!?」


「いや、今の自意識過剰っぷりに、ドン引きだな」


 モナンは頬をぷくうと膨らませる。

 すると、すぐに、ふしゅう、と溜めていた息が流れ出る。

 いや、もうちょっと維持しろよな、その状態……。

 可愛かったのはここだけの秘密だ。


 さてさて。

 そろそろこの絡みも飽きたのだろう。

 モナンは、さっきまでのふざけている時とは、雰囲気が違う。


「あれ? 博士は?」


 モナンだけが、アキバのことを博士と呼ぶ。

 研究所らしく。まあ、どうせ、あいつが呼ばせているだけだろうけど。


「寝てるよ。疲れが溜まってんだろうな」

「そうですか。なら、起こさないようにした方がいいですね」


「ああ。だから今日は静かにな」


 しぃ、と人差し指を立てる。

 途端だった。


 唐突に――ドゴッ! という原始的な音が響き、

 あの鉄でできた、すっごい重いドアが、俺とモナンの前を高速で横切った。


「遅れて悪ぃ悪ぃ、ちょっと補習が長引いちまってさ」


「「――殺す気かあッッ!?!?」」


「うぉ!? なんだなんだどうしたんだ?」


「なんでお前は! ドアを蹴り壊して入るんだよ!

 しかもドアが俺の前っ、横切って鼻をかすったんだぞ!

 しかも今、静かにしようって言ったばっかなのに、俺らをフリに使うなよ!!」


「すげえな。その長いツッコミ、よく噛まずに言えたなあ……大したもんだ」

「どうでもいいわ!!」


 俺の肩をぽんぽんと叩くんじゃねえ。


 この力だけが取り柄のバカ力女は、葉原はばら緋色ひいろ

『ハッピー』という、こいつとはまったく真逆のあだ名がついている。

 もちろん、つけたのはアキバだ。


「なんでお前のあだ名って……よりにもよってハッピーなんだろうな?」

「なに? なんか文句あるわけ?」


「いやだってお前、どうみても人を不幸にす――どぅあはぁ!?!?」

「せ、先輩ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?」


「次、同じことを言ったら、息の根を止める」


「ハッピーさん! もう息の根っ、止まってますけど!?」


「なに? まだ早いな……、蘇生しろ、モナン」

「できませんよ!」


「そうか、ちっ、仕方ねえなあ」

「人の蘇生を仕方ねえ、と言う人は初めて見ました!」


「あ、勘違いすんなよ? トンマ以外はきちんとやるからな」

「余計にタチが悪いです!」


 ――蘇生! そして復活っ!


「危ねえ!? 危うく死ぬとこだった!」

「いや、半分死んでましたよ、先輩……」


「大げさだなあ、お前らは。

 こうして大丈夫だったじゃねぇか。なあモナン?」


「情報の意図的な封鎖!?」


「確かに、大丈夫かもしれないな……、

 うん、そんな気がしてきたぜ。なあモナン?」


「洗脳完了!?」


「そうそう、大丈夫だ、気にするなよな!」

「ああ、俺は大丈夫だ、大丈夫……って、んなわけあるかぁぁぁぁぁぁッッ!」


「ノリツッコミ!?」

「にしては長いだろう」


「いやいや、途中まで記憶がなかったからな!?

 あれ見て! 壁に、俺の型ができてるぞ!? 普通、ああはならないんだよ!」


「へえ、すごいじゃんあの壁」

「お前の力だよ!」


「あのなあ、人をバカ力な女だと思っているだろ――口には気をつけろ?」

「お前はその力の加減に気をつけろ!」


「……あの、先輩方、そろそろ博士が起きてしまうと思うんですけど――」


「「――ああッッ!?」」


「ひうっ、ご、ごめんなさいですっっ!!」



 いや、モナンの言う通りだ。

 さすがにうるさくし過ぎたか。


 気づけば、ソファの上で、アキバが起き上がっていた。


 まだ寝ぼけた顔で、俺たちをじっと見る――そして、



「あ、みんな――みんな集まったーっっ!!」



「「「は?」」」


 俺たち三人は、ぽかんとしてしまう。

 だって、いつも放課後にはきてるし、昼休みにもここにきて、会ってるはずだろう。

 今日だって。



 ちなみに、アキバは学校にはいっていない。

 在籍はしているが、通う余裕がないのだ。

 山のような研究や実験を、学校の時間にやっている。



 だからかな、俺たちがいるこの時間だけが、

 アキバにとって楽しい時間なのかもしれない――。


 だったら、この時間こそ、楽しい時間にしないとな!

 他でもない俺たちが。


 モナンもハッピーも、たぶん同じ事を考えているはずだ。


「あのあの、今日はなにしましょう、博士!」


「あまり複雑じゃないようなものしてくれよ?」


「……お前の世話はできねえけど、支えてやることはできる。

 ほら、なんでも言えって! 俺が、俺たちがなんとかしてやっから!」


「みんな……っ! えへへ、えーとね、じゃあ今日は……」



 地下研究所。

 そこには、愉快なやつらが集まっている。

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