この先、前途多難につき

王水

出会い

今日こんにち、長年護ってきた砦が破られた。


兄上の御手を煩わせまいと何時いかなる時も気を張り詰め、相手が何者であっても制勝してきたというのに。

自らの不甲斐なさと暗雲が漂う未来への不安が全身を襲う。

そんな俺と腹を合わせるように、辺りは暗く霧がかっていった。


半ば自暴自棄になりながら、俺はゆく宛もなく歩を進める。護るものも無くなった今、兄上に合わせる顔も無い。

着物の裾は裂け、土埃で汚れている。髪の乱れようもきっと酷いものだろう。

心身共に憔悴しきった今、何もかもがどうでも良かった。


「もう、俺には何も……。」


幽し声が勝手に漏れる。このまま余生を過ごしたとして、何が満たされるはずもない。ここで大人しく野垂れ死に、来世の幸せを願うが吉ならば、俺はその運命に従おうと思った。


思ったのだが……。


座りこもうと脚の力を抜いたその時、身体に妙な浮遊感を覚えた。


「!?」


とうとう自身の気が触れたのかとも思ったが、どうやらこれは本当に浮いているらしい。

いや、「落ちている」と言った方が正しいだろうか。

下からの風圧に耐えながら着地点を探すと、淡い光が目に入った。

パラパラと、紅い星のように輝くそれを不思議に思って眺めていると、いつの間にか目の前に端正な男の顔があった。


「……ッッッう、ぉ!?」


新手の敵襲かと思い、やにわに身体を翻して拳を突き立てる。


外した。いや、避けられたか。


神はこの期に及んで未だ俺に骨の折れる敵を仕向けようというのだろうか。


だとするならば此の度こそは……。


真っ直ぐに敵がいた方を見詰めると、あの紅い光が先程よりも多く輝き、俺の周りにも散らばっていた。肩に乗った欠片を見やるとその光は鉱石のような物から発せられていた。


「いやー、驚いたなぁ!それを浴びて何ともない生物がいるなんて、世界は広いねぇ!」


「……?」


何を言っているのか分からないが、戦場でヘラヘラと…気に食わない奴だ。俺は構えの姿勢を正し、次の攻撃の準備をする。


「おや?まだやる気かい?感心しないなぁ、僕はLOVE&PEACEが好きなんだけれど。」


俺の構えを見るなり、敵の雰囲気は一転した。


ガシャン


歯切れの良い音が響いたかと思えば、敵が構えた武器は長物。黒い鉄の塊のようでどこで切るつもりなのか見当もつかないが、見たことの無い構えからして、得体の知れない攻撃が来るはずだ。俺は一層身を固くした。


途端に、敵の構えた武器の先から、何か豆のようなものが絶え間なく飛び出してきた。

俺に当たって床に転げ落ちたものを拾い、観察してみる。金属光沢があり細長い。火薬のような匂いがするが……。


「鉛か…… ?」


多少肌にめり込むが、殺傷能力は低いようだ。

ちくちくと煩わしい。

何のつもりかと俺が敵を睨めると、奴は先程まで固く弓形に閉じていた目を開いた。

随分と人相が変わるものだと驚いていると、敵は目を見開いたまま笑いながら言う。


「凄い凄い!!これで死なないのかあ!初めて見るなあ!」


そう言いながら、奴は鉄の塊を捨て、俺に駆け寄ってきた。次は腰に掛けていた刀に手を掛け、抜刀しようとしている。動きのキレからして、相当な手練だろう。


しかし、何かを躊躇ったのか、俺の間合いに入ったあたりで、敵は動きを鈍らせた。


隙有り。


「……俺の懐に入り込むとは、愚の骨頂。」


近接戦闘において、俺の拳は無敗を誇る。


ドォォン……


花火の様な音と共に敵は吹っ飛んだ。

飛んで行った先へ目を凝らすと、砂埃が立ち込める中、ゆらりと立ち上がる影が見える。


「……ただでは死なんか。」


「あはは、久々に大変そうな敵だなぁ。」


互いに地を踏みにじり、今にも飛びかかろうとしていた時だった。


「ご、ご主人様〜!待ってください!これ以上はお屋敷が全壊してしまいます〜!」


ふわふわと和やかな雰囲気の女子おなごが駆け寄り、敵を宥め始めた。


「屋敷……?」


屋敷と聞いて、少し上に視線を向けてみると、大きな建物がそびえ立っていた。


「……仕方が無いなあ。まあ、見慣れない格好だし、面白い話も聞けるかもしれないし、取り敢えず縛って中に入れておこうか。ミラ、頼んだよ。」


「えっ、ええっ!?私ですかぁ!?」


様子を見るに、従者と主人のような関係なのだろう。この様な少女を扱き使うとは、信じられない男だ。少女は泣いて許しをこいながら俺を縛りにかかる。逆らえば酷い目に合うのだろう。可哀想に……。

不服だが、大人しく縛られてやり、屋敷の中へと誘われた。


暫くすると、また弓形に目を閉じ、整った笑顔を顔に貼り付けて奴が俺の前に現れた。近くまで寄り、すっと手を差し出す。


「僕はカーラ。さっきは悪かったね。君、敵では無さそうだし、仲良くしようじゃないか。」


「……。」


手を差し出されてもこちらは縛られているのだから、握手など出来ようもない。その上に、目線を同じくすることも無く何を偉そうなことを。


ガブッ


腹が立ったので指を思い切り噛んでやった。



これが俺とカーラの出会いの一部始終。


この後何度も和解を申し出られては拒否し、再戦、という流れを繰り返し、今に至る。

俺は未だ自分の名前すら奴に名乗ってはいない。


「あのー、お、お食事です。」


「……礼を言う。」


カーラはどれだけ抗争を重ねても俺に食事を用意したり、次の日には和解を申し出てきたりと、腹の中が読めない奴だった。


「……ミラ、と言ったか。」


「は、はい!?ミラです!何でしょうか!?」


「怖がらなくていい。お前のような少女に手をあげるほど野蛮ではない。……この食事は、いつも奴が用意しろと言っているのか。」


「は、はあ……そう、ですね。メニューまでお決めになられていますよ。作るのは私ですが……。」


「……何故俺にそこまで……。」


「…ご主人様は、ああ見えてそこまで悪い人ではないんです…。信じ難いかも知れませんが、貴方の事もとっても気に入ってらっしゃるんですよ。」


「……俺を…………?」


いかにも怪訝そうな顔をして見せると、ミラはあせあせと言葉を続けた。


「ご、ご主人様は、貴方が現れてから何をしていても楽しそうでいらっしゃいますし、イキイキとしていて……!とにかく、仲良くなりたいと思っていらっしゃる事は確かだと思います!」


「…………そうか。」


言わされている……という訳では無さそうだ。

しかし、それならば拘束を解くなり、誠意のある詫びを入れるなりがあって然るべきだろう。

……そうなれば俺も少しは態度の変えようがあるというものの……。


いや、何を考えているんだ。別に俺が態度を変えてやる必要は無い。大体、俺はいつまでここに居る気だったのだろうか。今まで大人しく捕まってやっていたが、こんな警備、何時でも脱出できたはずだ。得体の知れない屋敷に長居するなど、どうかしている。元居た場所に帰った方がまだいくらか心が休まるというもの。死に場所くらいは選ぶべきだろう。


「今夜にでも…。」


俺は正気を取り戻し、元の場所へ帰ろうとここから脱出する計画を立てた。



夜も更け、屋敷が静まり返ったところで悟られぬ様に動き出す。

手足の拘束は従者の少女が責められるのが気の毒で解けずにいたが、いつでもちぎり解くことはできた。

初めのうちこそ誰かに出会わないか警戒していたが、このだだっ広い屋敷の中では、歩き回っても生き物の気配すらしない。

風の匂いを頼りに出口まで辿り着き、音をたてぬように外に出た。

やけにあっさりと抜け出せたことに拍子抜けしつつ、目的である元の場所への帰り道を探す。


「…とは言っても、そう言えば俺は落ちて来たようだったが…この周辺に崖などはない…、一体俺は何処から…。」


自分が何処から来たのか全く分からず途方に暮れていると、後ろから仄かな熱気と光を感じた。不審に思って今来た方向を振り返る。


……燃えている。


「…!?…屋敷がっ…。」


一体何があったのかと咄嗟に屋敷の方へかけ戻る。


屋敷の前まで来ると、火の手は屋根近くにまで伸びていた。中に居た二人はどうなったのかと周りを見回すと、誰かが横から抱きついてきた。


「い、居たー!!!見つけた!!!た、助けてください!!!このままでは〇×△÷%々~&=!!!」


…ミラだ。俺を探していたのか、助けを乞うているようだが、慌てすぎて何を言っているのかよく分からない。


「落ち着け。何があった?…奴は無事なのか?」


「っ…ご、ご主人様はあそこです!とにかく、早くお傍へ!!!」


ミラの指さす先には一際火が勢いよく出ているベランダがあった。

あれだけ燃えていれば、足元が崩れてもおかしくはない。しかし、行くしかないだろう。


「分かった。お前はここで待っていてくれ。」


だんっと地を蹴ると、俺は火の出るベランダに飛び乗った。案の定足元はぐらつき今にも崩れそうだったが、体勢を持ち直し部屋の中に転がり込む。


顔をあげてすぐ目に入ったのは、いつもとは様子の違うカーラだった。

あの仮面のような笑顔が剥がれ、こんな煙の中に居ながら瞬きひとつせず目を見開いている。

一瞬、背筋が凍った。

カーラは、ゆっくりとこちらを向き、俺と目を合わせた。


「……………か、……」


名前を呼ぼうとした時、屋敷の様子が急変した。

轟々と燃え盛っていた火はたちまちに鎮火し、何事も無かったかのように静まり返っている。


「…!?…!!?!!?」


すぐには理解し難い状況に、困惑を隠しきれないでいると、カーラがカツカツと歩み寄ってきた。

かと思えば、両手首を掴まれ、壁に押し付けられる。


「ぐっ…!貴様ぁ!何をっ………………。」


カーラの顔を見た瞬間、息を飲んだ。いつもと変わらないその笑顔は、何処か不信げで、何処か寂しげに見える。

ミラの必死で俺を探していた様子、カーラが俺を見るなり静まった炎、今目の前のこいつの表情。まさかこの火事は…。

それがどんな感情から来たものかは分からない。ただ、この一連の騒動はきっと俺がこの屋敷から脱走したことが原因であると言うことだけは確信できた。抑えられているのは手であると言うのに、胸が妙に締め付けられる。何も言えずにただカーラを見詰めていると、その薄い唇が動いた。


「やあ、どこに行っていたのかな。凄く心配したんだよ。」


一見優しく聞こえる声掛けだが、その裏に込められた圧は尋常ではなかった。これは、俺の答えによっては大惨事を招くだろう。


「…………少し、外の空気が恋しくて、散歩に行っていただけだ。」


「……。」


「……。」


「…………。」


気まずい沈黙が続く。カーラは表情一つ変えず、じっと俺を見ている。

そしてやっと、カーラが口を開いた。


「なあんだ!そうならそうと僕にも言ってくれれば良かったのに!いいじゃないか、夜の散歩!次は僕も一緒に行こうかなぁ!あははは」


カーラの調子がいつものように戻ったことに愁眉を開いた。後から部屋に入ってきたミラも、和やかな雰囲気に胸を撫で下ろしている。


どうやら、俺は当分この屋敷から逃れられないらしい。

まあ、どうせ戻る方法もよく分からなかったのだ、そう問題はないのだが。

そう自分の中でけじめをつけていると、カーラが俺に語りかけてきた。


「あ、君、今日から寝る時はこの部屋で寝てね。」


「……は?」


「あと、食事も僕と一緒にとろうか。」


「……な、何を……。」


「日中も僕から離れることは許さないよ。」


「…………。」


この先、前途多難である。

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