第19話「再会する」

 様々な準備を終えた私は、レックスと待ち合わせている私の墓の付近へと到着した。どうやらレックスは私よりも早く到着していたようで、私の墓をジッと見ながらその場に佇んでいた。


 周囲にはレックス以外の誰も居ない。完全に一人であり、他の奴らはいない様だ。もう一人くらいはイルカと思っていたのだけど、少し拍子抜けだ。ザカライアとセシリーの名前を出していたから、どちらかは来るかと思っていたのに。


 不確かな情報だから自分が確かめてから連絡するつもりだろうか? それはそれでレックスらしい生真面目さと言える。今回はそれが私に有利に働くだろう。


 レックスは私を待っている間、微動だにせず私の墓を見ているようだが……。何を考えているのだろうか。その表情からは何も伺い知ることはできない。


 あの日の事を後悔しているのか、それともこれから出会うかもしれない私をどう殺すか考えているのか、それとも他の事を考えているのか。


 ……その答えは、これから分かることになる。


「お待たせしました、レックス様。お早いですね」


 私はできるだけ丁寧な言葉を崩さずに、彼に気づかれずにそのすぐ背後から声をかける。昼間とは違い完全に気配を消していたため、彼は驚きながら振り向いた。


「驚いた……気配を全く感じなかったよ。私に気配を悟らせないとは、ノルンは腕が立つんだな」


「田舎では獲物を自力で狩ってましたから、こういう場所だとつい」


 本当は確認するために気配を消していたんだけど、これも嘘ではない。あの森では気配を完全に消さないと狩れない魔物は大勢存在していたからね。どうやらレックスにも悟らせない程に、気配の消し方は上達できたようだ。


「そうだったのか。私はちょっと気がはやってしまってね……約束の前だけど、ついついノーマの墓の前で考え込んでしまっていたよ」


「何を考えていたんですか?」


 レックスは私の疑問に答えず、沈黙を私に返してきた。きっと、私が本当に生きているのかどうかとかそんなことを考えていたのだろう。


「さて、それじゃあノルンも来たことだし出発を……」


「ねぇ、レックス様。その前にちょっと質問があるんです、答えてもらえますか?」


 荷物を持ち、出発しようとする彼の言葉を遮って私は私の墓に左手で触れた。夜だからか、ひんやりとした感触が伝わってきて、その冷たさがまるで私の心のようでもあった。


 チラリと彼の方を見ると、レックスは最低限の手荷物の他は完全武装をしていた。白く輝く鎧に、愛用の身の丈ほどもある大剣、それにあらゆる攻撃から私達を守ってきた大盾……。


 不意を突いてもその盾で即座に身を護るだろうけど、それくらいでちょうどいい。


「何だ? 質問だったら旅の道中で何でも答えようじゃないか。だから今は……」


「背後からニールを斬った時……どんな気分だったの?」


 私の質問に、レックスが息を飲むのが伝わってきた。目を見開いて驚き、口をだらしくなく大きく開けている。私はそんな彼に構わず、身体をクルリと反転させて自分の墓にどかりと座り込んだ。


「ねぇ、ニールを斬った時、貴方は何を考えていたの? 神なんかの言葉を信じて、罪のない少年を背後から斬った卑怯者の聖騎士様。勇者を裏切った聖騎士様。勇者から力を奪った聖騎士様……答えてよ」


「……何を……言っているんだ……ノルン?」


 私から一歩距離を取りながらも、レックスは武器を手に取ったりはしない。目の前にいる私が、死んだはずのノーマだとまだ結び付けられていない様だ。昼間から分かっていたけど、クソ真面目で不測の事態に弱い……と言うのは相変わらずね。


 戸惑っていないで、武器を構えて攻撃してくればいいのい。私はレックスの反応を見るために、更に言葉を続ける。


「相変わらず、頭固いわね。私の事まだ分からないのレックス? 昼間は見た目が変わったからって全然気づいてくれないから、寂しかったわよ」


 私は今、自分でも醜悪だと思えるくらいに歪んだ笑みを浮かべているだろう。反対に、せっかく正体を教えてあげたというのにレックスはちっとも笑っていなかった。せめて笑ってくれればいいのに、ユーモアが無い男だ。


「まさか……君がノーマ……なのか?」


「あら、やっと気づいてくれたの。嬉しいわ。会えて嬉しいわ、レックス。元気そうね?」


「生きて……いたのか?!」


「おかげさまでね。そんな睨まないでよ、寂しいわね。かつての仲間だったのに……再会を喜んでくれないのかしら?」


 ニヤニヤと笑う私とは対照的に、彼は敵意と困惑を含んだ視線を私に送ってくる。その視線が……たまらなく不快であると同時にとても喜ばしい。レックスのこんな顔を見たのは初めてだ。


「なぜ生きてる……!! 何をしに来た!! その手足は?!」


「随分な態度ね。昼間は私の事を友だと言ってくれたのに、あれは嘘だったの?」


「それは君が死んで罪を贖ったからだ……!! 神の御言葉は絶対だ……君は死ななければならない!!」


 随分と勝手な理屈だ。生きている私は友ではなく、死んだ私は友だというのか。それは狂人の発想に近いことに、彼は気づいていないのだろうか。狂信者と言う意味では、既に狂っているか。


 レックスはそこでやっと、愛用の大剣を私に向けて構えてくる。遅い、遅すぎる。森の魔物相手ならもう何回殺せたか分からない。思わず大きくため息が出てしまう。


「随分と勝手な理屈ねぇ。でもまぁ、色々聞かれちゃったけど友じゃないなら答える必要も無いわね。あぁ、サービスで一つだけ教えてあげるわ。何をしに来たかって?」


 そこで私は間を溜めて、自身の墓から腰をあげる。そして大きく手を広げて、先ほどよりも深い笑みを顔に浮かべた。


「復讐よ」


 気圧されたかのように一歩下がるレックスに対して、私は間を詰める様に近づいていく。切っ先は私を向いているが、混乱しているのかその剣は酷くぶれていた。


「復讐……そんなくだらないことの為に蘇ってきたのか……!! ならば世界の為に、再びお前を殺そう!! かつての友として、それが私の責任だ。」


 レックスのその言葉に、私は血が沸騰するような感覚を覚える。こいつは今……何と言った?


 くだらない? 今くだらないと言ったのかこの男は? 私の復讐をくだらないと……。私を裏切ったお前等がくだらないなどと……よくも言えたものだな!!


 身体からは、私の怒りに呼応するように私の身体に蓄積されていた瘴気が一気に噴き出していく。そのあまりの瘴気の濃さに、レックスは顔を顰めて構えを解くと口元を隠した。


「なんだこの瘴気は?! ノーマ!! お前いったい何をした?!」


「教えると思うか狂信者。くだらないのはお前等の方だろう。神なんて得体のしれない存在を理由に弟を殺したお前等の方が……心底くだらない!!」


「神を愚弄するか、哀れな。心まで堕ちたかノーマよ。罪を贖うがいい」


「噛み合わないわねレックス。私をこうしたのは貴方達よ。これ以上は無駄な問答みたいだし……仇を取らせてもらうわ、レックス。私と弟の仇をね!!」


 叫びと同時に私は右手に瘴気を集めるとそれを剣の形に整え、その剣をレックスに向かって投擲した。重さの無いその剣はとても軽い音を立てて、レックスの持つ大剣に叩き落され地面へ落ちて突き刺さる。


 突き刺さった剣を無視し、次の瞬間には両手に瘴気の剣を持って私は踊るようにレックスへと飛び掛かった。剣戟は全て大剣に防がれるが、私は構わずレックスを斬りつけ続ける。


 両手でレックスを斬りつけ続けると同時に、瘴気の塊を足元に出現させると私はそのまま回転しながら足を延ばしてレックスの腹目掛けてその塊をぶつけた。


 その攻撃も防がれ、瘴気は形を保ったまま地面へと落ちた。


 その後も私は、瘴気を剣に変え続けてレックスに斬りつけ続ける。しかし、それらの攻撃は全てレックスの大剣に防がれ、地面に瘴気の剣がどんどんと突き刺さっていった。

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