第18話「約束する」

 心からの笑顔でこいつは今、私のことを友と呼んだ。私が喜んでいるとも言った。そこに何の負の感情も感じ取れない。


 自分が裏切って、殺した相手の墓に対して……何故そんな顔ができる?


「友……ですか? でも、その方は堕ちた勇者と言われてて……その……。それでも貴方の友なんですか?」


「もちろんだとも。私は彼女を友だと思っている。それはずっと変わらない」


「罪を……犯してもですか?」


「当然だ。神の名の元に彼女の罪は許されてるんだ。きっと今頃は、神の元で弟と共に我々のことを見守ってくれているはずだ」


 屈託のない、無邪気な笑顔でレックスは墓を拭きながら、都合のいい言葉を並べ立てていた。


 それはきっと本心からだ。


 私を侮蔑する気持ちは一片も無いその言葉は、事情を知らなければ慈悲深い人格者の発言に聞こえるだろうけど……。


 私は心底、こいつを気持ち悪いと感じた。それはかつての仲間に向ける、初めての感情だった。


 得体が知れず、気持ち悪く、その心が恐ろしい。


「いやぁ、聖水で清めると気持ちが良いな。君がキレイにしてくれてたおかげもあって、いつもよりピカピカだ」


「でも……すぐに汚されちゃうんですよね」


「嘆かわしい事だ。ノールをまだ許せないという人々はいるようでね……神が許したと言うのに、何と傲慢な……」


「その……そういう人たちはどう対処しているんです?」


「捕縛したのちに、神の教えを説いて改心してもらってるよ。神が許した罪を、人が後から裁くのは許される行いでは無い」


 聖騎士レックス……。清廉潔白で品行方正、常に正しい行いを心がける真っ直ぐな善人。私は昔、こいつをそう思っていた。


 だけど違う。こいつの価値基準は全て神が優先される。


 だから私を裏切ることも、神が言ったから正しいこと。裏切った相手を友と呼ぶことも、神が許したから正しいこと。


 全てが矛盾せず、こいつとっては正しい行いなんだ。なんて狂った男なんだろうか。


「もしも神が、友を殺せと仰られたら、貴方はどうするんですか?」


 私は知らずのうちに、そんな疑問を口にしていた。しまった、余計なことを聞いたと心の中で舌打ちする。だけど聞かずにはいられなかった。


「神の御意志は絶対だ」


「そうですか……」


 レックスは断言したが明確な表現は避けている。しかし、そういうことなのだろう。神が言えば誰でも殺すと。それが彼と言う存在だ。


「それに、きっとそれは私に対する試練なのだろう。ならば、私はその試練をどんなに悲しくとも乗り越えなければならない」


 握り拳を胸の前に掲げ、それがあたかも崇高な行為であるかのようにレックスは笑顔を浮かべる。まるで試練そのものを楽しむ、狂信者だ。神に仕えていると言う事実が、そうさせるのか。


 そんなくだらない試練なんかで、私達は殺されなきゃならなかったのか……。


  あぁ、もうだめだ。今すぐにこいつを殺したい、絶望を与えたい、復讐をしたい。我慢が効かなくなりそうだ。偶然とはいえ、ここで会ったのは僥倖だ。この機会を逃せば、いつ会えるかは分からないだろう。


 だから、絶対にこいつを逃さないための言葉を彼に告げる。


「堕ちた勇者ノールですか……。そういえば、私の村にも同じ名前の方がいますよ。彼女は両手両足を失って発見されたんですが、生きているだけ運が良かったですね」


 端的に、私はそれだけを告げる。詳しくは口に出さない。あくまでも世間話を装って、なんでも無い、ただの雑談のように私は言う。聞く人によっては聞き流す程度の言葉だが……。


 その一言で、場の空気は凍りついた。


 レックスは笑みを浮かべたままだけど、その張り付けたような笑顔がどこか引き攣っている。


「今……なんて言ったんだ?」


「ど……どうしたんですかレックス様? なんだか少し笑顔が怖い……ですよ?」


 私は何も知らない怯えた人間のふりをする。そうよね、そういう反応になると思っていたわ。なんせ、あなた達が殺した状況と同じ人間が生きているかもしれないと……そういう情報を聞いたら普通は冷静ではいられないわよね。


 しかも相手は「魔王」になるかもしれない存在だ。それが生きているかもしれないと知ったら、貴方はその情報を知りたがると思っていたんだけど……予想以上に食いついてくれた。


 レックスの反応に思わず笑いそうになり、身体が震えてしまう。ちょっとまずいかな……。


 そう思っていたんだけど、その笑いを堪えた震えを怯えの震えだと勘違いしてくれたようで、彼は一つ咳ばらいをして安心させるように私に優しく声をかける。


「これは失礼した……。いえ、その四肢を亡くされた知人と言うのは、どこでお会いしたのかと思ってね?」


「えっと……私の村の人間が薬草採取に出た先で瀕死の彼女を見つけて……。幸い、腕のいいお医者様がたまたま村にいらしたので、一命を取り留めたのです」


「そうか……それは……。とても良い行いだと思う。……そのような素晴らしい行いをされたお医者様がいるとは。名前を伺っても?」


「すいません……名前までは知らなくて……」


 笑顔を浮かべているけど、レックスの焦りは手に取るように分かった。笑顔を絶やしてはいないが私から情報を何とか聞き出そうとしているのがなんだかおかしかった。


 それからも根掘り葉掘りとその人物についてレックスは聞いてくるけど、私は良く知らないという体でその質問を曖昧にはぐらかしていく。


「レックス様、どうしてそんなにその人の事を知りたがるのですか?」


 私の質問に、レックスは一瞬だけ口ごもる。言えないよね、自分が殺したかもしれない相手……勇者が生きているかもしれないから確認したいだなんて。


 だけど彼は、私の質問に実に聖職者らしい……人格者らしい答えをすぐに口にした。


「それは……。そうだな、聖騎士として四肢をなくされたその方をどうにか救済できればと思った……。私に何かできることは無いかと思ってね」


「救済……ですか? しかし、四肢を失ってはもう……」


 反吐が出る答えだが、ここでそれを表情に出すわけにはいかないとこらえながら私は顔を伏せた。


「そんなことは無い。私の仲間には大魔法使いや聖女と呼ばれる者がいる。彼等も六勇者となりさらにその力を増しているから、もしかしたら何か助けられるかも」


 顔を伏せた私は思わず笑みを浮かべてしまう。これは……ザカライアに、セシリーのことか。あの二人も私の力を奪って勇者になったんだっけ。でも、チャンスだ、王都に居ないあの二人が今どこにいるのか……聞けるかもしれない。


「でも、レックス様以外の勇者の方は王都にはいらっしゃらないのでは……?」


「大魔法使いのザカライアは故郷の魔法都市とも呼ばれるグラムスに、聖女のセシリーは聖地であるシームルスでその身を清めているはずだ。どちらもここからそう離れてはいないから、村まで案内してくれれば私からあの二人を紹介しようじゃないか」


 やった……あの二人の居場所を聞けた……!! セシリーはマーヴィンと一緒に何処かの領地にいると酒場で聞いていたが噂は噂だったか。これは……とても大きい。


 ほくそ笑んでいた私は伏せていた頭を上げると、心からの喜びの表情を浮かべる。演技ではない、本物の笑顔だ。


「ありがとうございます、それではご好意に甘えさせていただきます」


 その一言で、レックスが露骨に安堵の表情を浮かべた。私も嬉しいよレックス、貴方が私の望み通りに動いてくれて。偶然とはいえ……機会をくれて。


「それでは、出発は今夜にいたしましょうか。私も準備してまいりますので……待ち合わせはここで宜しいですか?」


「ここで……?」


「お恥ずかしいですが、私はこの街に来たばかりの田舎者で場所に明るくないので、ここが一番分かる場所なんです」


「それは申し訳ないことを……来た早々に戻るような真似をさせてしまうとは」


「気にしないでください、彼女が救済されるのであればとても喜ばしいことですから」


 救済なんてどうでもいいが、とても喜ばしいのは本当だ。心の底から喜ばしいことだよレックス。私はこれで一つ前に進むことができる。それだけはあんたに感謝しようじゃないか。


 今夜が……楽しみだ。

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