第17話「墓の掃除をする」
雲の少ないとても天気の良い晴れた日、昨晩の憂鬱な気分が嘘のように晴れやかな気持ちで私は街はずれを独り歩いていた。
「直感で入った安宿だったけど、ベッドはかなり良かったわね。ぐっすり眠れた」
少し無駄使いはしたけど、とある事情から懐もかなり潤ったので高めの宿に泊まることも考えたんだけど……何があるか分からないからね、節約は大事だ。
私は今、昨日教えてもらった私と弟の墓を目指して歩いていた。それにしても自分の墓と言うのもおかしな話だ……いったい何があるのやら。
いったい誰を連れ帰って、誰を埋葬したのか。誰だとしても茶番な気がする。……もしかしてフィービーが私の死体の複製でも作ったのだろうか?
……そんなわけないか。だとしたらあいつらがその複製の死体を持ち帰って、わざわざ埋葬する意味が分からない。どちらにせよ、墓に付けばハッキリするだろう。
「えーっと……たぶんこの辺りだと思うんだけど……」
王都が一望できるくらいに高い丘。そこに私達の墓は存在していた。とても高い高い丘で……子供の頃は弟を連れて遊びに来たこともあった場所だ。まさか事で来ることになるなんて。
墓は簡単に見つかった。その丘に不釣り合いな……とても大きな、石造りの墓がそびえたっていた。ただ、その墓は……ひどく汚されていた。
罵詈雑言の落書きや、ゴミを投げつけられたり、汚物をぶつけられたり……酷い臭いを放っていた。
「確かにこれの掃除とかは……やりたくないだろうな」
なんとなくこれの掃除をしている人たちに同情してしまうなぁ。まさかここまで嫌われているなんてね……。罵詈雑言は見るに堪えない言葉を書かれており、ほとんどが私を呪う内容だ。
魔王を倒して、追放されて、殺されかけて……最後はこの仕打ちか。ここに私は眠っていないとは言え、これを見ると本当に悲しくなる。私が戦ったのは何のためだったんだろうか。
「まぁ、まずは掃除……かな」
実際には誰が埋葬されているのかは分からないけど、自分の名前の書かれた墓をこんな風に汚されてては気分の良いものではない。なんだか瘴気すら漂っているように見えるのは気のせいだろうか?
いや、気のせいじゃないわね……。たぶん、ここに来ている暇な奴らの負の感情。それを受けて少しではあるけど瘴気が発生してしまっている。
汚れを水で流したり、ゴミを乾燥させて消滅させたりと、魔法を使いながら掃除をする。漂う瘴気は身体に吸収し、この墓に触れても不快感が湧かないようになるまでには掃除を続ける。
自分の墓を掃除するなんて、誰も経験したこと無いだろうな。周囲の日が傾きかけた頃には、すっかりと周囲は綺麗になっていた。当然ながら、墓自体も綺麗になっている。思ったよりも重労働だった……。
私はまず、墓に刻まれた文字に目をやる。
『ノーマ、そしてその弟ニール……罪を贖いここに眠る』
書かれているのはそれだけだ。具体的な罪の内容には一切が刻まれていない。私が勇者と言う事も……刻まれていなかった。ここに眠っているのはただのノーマと、そしてニールと言う事なのだろう。
私は左手でその墓に触れる。フィービーから移植された……フィービーの左手だ。
何か誰かの……私の代わりに犠牲にさせられた誰かの魂の残滓でも残っているかと思ったが、そんなものは欠片も感じられなかった。この墓は本当に……空っぽだった。
もしかしたら……私に対する悪意を集めるためだけにこの墓は建てられたのだろう。そう考えると無性に腹が立ち……私は気づけば右手でこの墓を思いきり殴りつけていた。
ただ力を込めただけで、特別なことは何もしていない拳での一撃。それでも、殴らずにはいられなかった。悔しかったのだ。
死んだ後も、私とニールは利用されるのか。
レックスを殺す前に、この墓を破壊してしまいたい衝動が生まれてくるが、それで騒動になっても面倒だし、警戒されてしまっては意味が無い。仕方がない……この空っぽの墓を壊すのは後で……。
その瞬間、私の中の何かがドクンと大きく跳ね上がった。心臓では無い。魔力、瘴気が暴れてるのとも違う。
まるで共鳴するかのように、その何かは鼓動を刻む。初めての感覚に私が戸惑っていると、不意に声をかけられる。
「驚いたな、もう掃除は終わっていたのか」
その声を聞いた瞬間。私の全身は震え出した。全身の毛が逆立つような感覚を覚え、今すぐに叫び出したい衝動を抑え、私は声の方向へと視線をゆっくり向けた。
「手伝いに来たのだが……いらぬお節介だったかな? 君一人でやったのか。随分と手際が良い」
そこには私の弟を背後から斬りつけた男が居た。
短く刈り揃えた金髪、緑色の瞳。端正な顔立ちに、意志の強そうな太い眉毛が特徴的な男だ。
太い首は全身が筋肉で覆われてるであろうことを伺わせる。バランスの取れた身体……。一年前からさらにでかくなっているように見える。
全身を白く輝く鎧で包んでおり、背中には仲間達を守るための盾が背負われている。
昔はその背を頼もしいと感じていたが、今ではただただ忌々しいとしか感じない。
聖騎士レックス
なんでこんなところに。
「? ……あぁ、私が来た理由かい。今日の墓掃除当番が普通に兵士たちの詰所にいてね、何故かと事情を聞くと君が代わりに掃除をしてくれるという話じゃないか。自分の責務を放棄して他者に押し付けるとは嘆かわしい。それは我らが神が最も嫌う行為だというのに……」
爽やかに、非常に友好的な笑みを浮かべながらレックスは私の元に歩み寄ってくる。どうやら、私とは気づいていないらしい。その事実に内心でほくそ笑む。
ただ、まさかここで会えるとは思っていなかった私の頭の中で、ここで復讐を果たすべきか……少しの迷いが生じた。その迷いを彼は戸惑いと感じたのだろう、胸に手を当て丁寧なお辞儀をする。
「失礼、私はレックスと言う。聖騎士をしており……恥ずかしい話だが六勇者の一人とも言われていてね。えぇと……知っているかな?」
「あなたがレックス……様でしたか……。私はノルンと言います。田舎育ちなので、六勇者については昨日お聞きしたばかりです。不勉強で申し訳ないです」
「ノルン君か、初めまして。勇者と言っても私達は神の御意志に従っているだけ……。全ては神の御意志によるもの。君が知らなかったのも、神がまだ知る機会では無いとしたのだろう」
相変わらず、口を開けば神、神、神か。こいつは本当に何にも変わってないのね。いや、一年前よりさらに酷い気がする。
こう感じるのは、私がレックスを憎んでいるからだろうか?
にこやかに、和やかに話すだけで腑が煮え繰り返る。うまく話せているだろうか私は。
憎しみも、殺意も、敵意も、ありとあらゆる負の感情を飲み込んでこいつと話せているだろうか?
「ほとんど掃除はしてくれたようだが、私も友の墓を掃除するかな。いや、本当にキレイにしてくれた。ノールもきっと神の元で喜んでいるだろう」
パッと表情を明るくさせたと思ったら、レックスは持ってきていた布に何かの液体をかけて、念入りに、丹念に墓を拭いていく。
私はその光景を……得体の知れない不気味な光景を呆然とみていた。
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