第16話「引き受ける」

 ある程度欲しい情報が聞けた私は、そのまま席を立とうとする。そんな私の背に、気分を良くした一人が声をかけた。なんてことのない礼の言葉だけど、ちょっとだけ気になる事を言い出した。


「こっちこそ、この程度の話で沢山奢ってもらってありがとうな。明日の憂鬱な仕事前に、気分が晴れたよ」


「憂鬱な仕事?」


「堕ちた勇者の埋葬された墓なんだけど、定期的に荒らされるんだよ。んで、俺等は持ち回りで週一でそこの清掃とか整備やらされるってわけ。賃金は出るけど、すくねーし正直割に合わねーよ」


 ……私と弟の墓……か。そこに何があるというのだろうか。何もない空虚な墓を建てて、偽善者でも気取っているのあろうか?


 そうだ、さっきの話では確か私の遺体を持ち帰ったと言っていた。あるはずの無い私と弟の遺体に、何かが埋葬されている墓……。いったい何をしたんだろうか。


「良ければ、その墓の清掃……私が代わりにやりましょうか? ちょっと興味があるんで、立ち寄るついでに。あぁ、もちろん賃金はいりませんよ」


「マジか?! 兄ちゃん気前も良いし気が付く男だな!! 女にモテるだろ!! いや、俺の若い頃そっくりだぜ。あ、これが墓の場所だ、分かるか?」


 そう言って震える手で書かれた地図の場所は、知っている場所だった。町外れの……王都が一望できる丘の上だ。こんなところまで墓を荒らしに来るとは、暇な奴らがいるものだ。


「バーカ、お前の若い頃そっくりならこの兄ちゃんはモテてねーよ。どうだ兄ちゃん、俺の担当は来週なんだけどよ、その時も代わってくれねぇか?」


「すいません、来週には旅立ってしまう予定なので……」


「くそっ、運が良いなぁてめーは」


「それじゃあ、私はこれで失礼しますね。支払いはしときますんで、引き続き皆さん楽しんでください」


「おう、兄ちゃんありがとな!!」


 私はそう言って席を立ち、マスターに対してこれからも飲み食いするだろうからと多めに支払いをする。マスターは多すぎると最初は渋ったけど、騒がしくしたお詫びも兼ねて最後は受け取ってもらった。


 思い出の味を堪能できなかったのは心残りだけど……これで一つの目的は達成できた。あとはレックスに出会い……あいつを殺すことができれば、王都にはもう用は無い。


 酒場を出ると、気づけばもう日は落ちていた。しまった、安宿を聞くのを忘れていた。仕方ないな、適当に安そうな場所に入ってしまおう。食事はもうする必要も無いし……。


 そう思っていた私は、酷く不細工な殺気に取り囲まれた。相手を威圧することを目的としたわけじゃない、ただただ抑えきれていないみっともない敵意だ。


「よぉ、兄ちゃん。随分と景気が良いねぇ……俺等にも奢ってくれよ?」


 先ほどの酒場に居た奴らの中で、最初から最後まで私を睨みつけてきた奴らだろう。気持ち悪い視線が全く同じである。何もしないで見て来るだけなら何もするつもりは無かったんだけど。


 人数は……四人ほどか。


 それぞれ無精ひげを生やしたり、顔に傷があったり、衣服がボロボロだったりして……見た非常にガラが悪い奴らだ。剣はまだ抜いていないが、いつでも抜ける様にしているようだった。


 マスターの店にこんなガラの悪い奴らが居たなんてね……知らなかっただけで昔から居たのか。


「……すいませんが、もう手持ちが無いものでして」


 嘘だけどね。これで大人しく引き下がってくれればいいんだけど、ありえないか。


「おいおい、あいつらに奢って俺等に奢らねーとかはねーだろ?」


「特別にその財布の中全部で良いぜぇ? まだまだ入ってそうだからなぁ」


 何がおかしいのか、四人は私の事を指してゲラゲラと笑う。下品に唾を飛ばしながら笑うその姿は醜悪の一言で、先ほどまで抑えていた感情が……吹き出しそうだった。


 あーあー……せっかく耐えてたのにな……。ダメだなぁ……ホント。


「ここで騒ぎになるのはちょっとまずいですよね……。お話なら、静かなところまで一緒に来てくれませんか?」


「おぉ、良いぜぇ。じっくりお話すれば俺等にも奢ってくれる気になるだろうさ」


「アハハハハ、馬鹿かよ。まぁいいや、四人でじっくりと説得させてもらうとするかい」


 溢れ出るモノを押さえつけながら、私は彼等を誘導していく。だれもこない、路地裏まで。


 考えてみたら魔物を相手にした事や、フィービー相手に訓練したことは沢山あったけど……純粋な人相手は初めてだな。


 レックスを相手にする前の練習台としてはちょうど良いのかもしれない。相手は四人と複数だけど……この程度を軽く相手にできなければどのみち「六勇者」とやらの相手は無理だろう。


 さて……こいつらをどうしようか。私は闇の中を歩きながら、四人の生贄への対応を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る