第20話「自分を見せる」

 どれほどの剣戟を浴びせただろうか。それでも、私の剣はレックスには届かず、全て叩き落とされ地面に突き刺さる。


 レックスは私の力を見極めるつもりなのか、防ぐだけで決定的な攻撃はしてこなかった。そんな彼が、ため息と共に残念そうに呟く。


「……弱くなったなノーマ。瘴気を使うことに驚きはしたが、これならば足手まといのいたあの時の方がまだ強かったぞ!!」


「防戦一方のくせに、随分とまぁ大口を叩くのね」


「お前の力は見切った、ここからはそうはいかない」


「あっそ」


 私の攻撃を全て叩き落したレックスは、余裕とも挑発ともとれる台詞を吐く。おそらくはその両方なのだろう。


 それにしても足手まとい、足手まといね……。


 戦えないニールを背後から斬りつけたのはあんただし、利用したのは自分達だろうに、まるでニールが自分から足手まといになったような言い方に少しだけ……腹が立つ。


 都合の良い言いぐさに、私の中にますます怒りの感情が沸き上がり、どんどんそれに呼応して瘴気は身体から噴出される。


 せっかく会えたのだ。出し惜しみはしない。確実に殺す。せいぜい油断して余裕を見せていろ。


「私が弱くなった? じゃあレックス、貴方はどうなのかしらね。私から勇者の力を奪って……。他人の力で強くなったつもりなの?」


「つもりではない、実際に私は強くなったのだ!! 勇者の力をお前から受け継いだ後、それを使いこなすために血のにじむ特訓をした!! 安易に外法の力を身に着けたお前とは覚悟が違う!!」


 受け継いだとはこれまた耳障りの良い言葉を使う。


 無意識なのかしら? だとしたら質が悪いわね、この男は。正義面して平気で他者を踏みにじる。


 そして、いちいちこちらの神経を逆撫でする様な物言いをする男だ。禁術で人の力を奪っておいて自分の力は努力の末、私の力は外法か。


 私の身体はフィービーと同じく今や瘴気の塊に近い。瘴気を使った技も彼女から教わったものだ……。それこそ、身を削る思い出会得したのだ。安易な外法と言われてはますます怒りが湧いてくるじゃない。


 まぁ……外法には違いないか。そこは否定しない。その外法が、これで全てだと思ってもらっては困る。たっぷり味わってもらうわよ、レックス


 既に地面に突き刺さった剣は100本近くある。大小様々な剣が形を保ったまま周囲に在った。


「さぁ、これで打ち止めか? ならばこちらから行くぞ!! 我が一撃は神の一撃と知れ!! そして己の罪を死んで償うがいい!!」


 私の罪ねぇ、罪ってなんなのかしら? あやふやな神託で魔王になる罪? だったらくだらないわね。


 大剣を大きく振りかぶったレックスは、後ろに下がると、そのまま剣を間合いの二歩以上先で大剣を振り抜く。


 そんな遠くから振っても空振りで終わるだろう……本来であれば。


 その大剣からは魔力の乗った風が私に向かって降り注いでいく。レックスお得意の自分の馬鹿力と風の魔法を組み合わせた無茶苦茶な技だ。


 剣に纏わせた風の魔力をその力だけで無理矢理に飛ばす。


 今の間合いは昔であれば届いても皮膚を浅く斬る程度の威力しか無いが……その力強さは昔の比では無かった。


「言うだけあるわね、数も質も……昔のあなたとは段違いだわ。やってることは変わらないけど」


「技とは昇華させてこそよ!!」


 これは、暗に私の技は付け焼き刃と言っているのかしら?


 十数……いや、細かいのも合わせれば数十か。隙間の無い風の刃が一斉に私に襲い掛かってくる。昔は4つか5つの風の刃……それでも十分に凄いのだけど……だったのに、ここまで強くなっていたのかと感心する。


 血が滲む特訓とは嘘じゃなかったわけだ。裏切られた時すらなかった、敵に対して振るわれていた技が自分に来るとはね。


 まぁ、昔散々見たこの風の刃ならば……対処は可能かな。


 私はその風の刃の軌道を瘴気を前に噴出することでほんの少しだけずらしていく。致命的に大きなものだけを避け、流石に小さな風は全て防げるわけでは無く……私の着ている衣服を浅く斬り裂いていく。


 結果、私の衣服は胴体部分の厚い部分を除いて斬り裂かれ、隠していた腕や脚なんかが露出してしまう。


 中途半端に残った服が気持ち悪く邪魔なのでビリビリと破り、私は完全に隠していた手足を露にした。


 ……肌自体には傷が付いていないからダメージは無いけど、いささかこれは恥ずかしいわね。


「女をこんな風に無理矢理脱がせるなんて、変わったわねぇレックス。それとも、こういうのが実は聖騎士様の趣味なのかしら?」


 私はわざと挑発するように、手を伸ばして彼に自分の身体を見せつける。


 指先を動かしその間に瘴気の刃を作り彼に投げつける。彼はその小さな刃を剣で防ぐのだけど、先ほどまでの力強さはそこには無い。


 ……その顔は驚愕……いや、恐怖に彩られている。そう、レックスは私の手足を見て……震えていた。


「なんだ……なんなのだ……その悍ましい姿は……」


 悍ましいとはご挨拶ね。私個人としては、最近やっとこの姿も気に入ってきたというのに、そう言われると酷く腹立たしい。元からこいつらは腹立たしいけど、更に腹立たしくなる。


「あら酷い、レディの服を無理矢理に脱がしておいて悍ましいは無いんじゃない? 気の利いたことを言えないから、あなたいまいち女性にモテないのよ?」


「黙れ!! 何なのだ……それはいったい何なのだ!! 他者の手足が無理矢理に繋げられている……?! お前はいったいナニになったのだ!!」


 私の両脚は膝から先はニールの物、右手もニールの物、左手はフィービーの物……そして私の胴体は私の物。それぞれで色が異なっている。


 私の身体の色は瘴気の影響で褐色となった。フィービーの左手はそれよりも濃い色……だけどニールの部分は色が変わらず、生前のニールの綺麗な肌のままなのだ。


 髪も金と銀と茶、更には最近では黒も混じってしまっている。まぁ、髪色は奇抜な色に染める人もいるからそこまでおかしいとは思っていないけどね。


 でも、髪の色も身体の色も斑で歪な私を初めて見ると……。確かに不気味と思うかもしれない。レックスの反応もそう考えると頷けるかな。


「しいて言えば、貴方達への復讐心は芽生えたけど……私は私のままよ。ナニになったとかは無いわ。ひどいのね、レックス」


「魔物でもそこまで悍ましい存在はいなかった……!! 神から賜った自身の身体をそのように悪戯に弄ぶとは……!! バラバラにしてくれる!!」


「何を言ってるのかしら、私の身体は私のモノで……神なんかとは無関係よ? だいたい……」


「黙れ!! 哀れな存在に成り下がったなノールよ!! この世のありとあらゆるものは神からの賜り物……。それをそのように醜悪に歪めるとは!!」


 言葉を遮られた私は大げさに一つため息をついた。


 随分とまぁ、矛盾している話だ。私の身体を斬り裂いてバラバラにしたのは自分達だというのに。それを指摘しても無駄だろうな、こいつらにとって自分達の行いは正しく、私の行いは間違いなのだろう。


 本当に、勝手なヤツだ。


「まぁ、いいわ。どうせ話は通じないし……。ここからが本番よレックス!!」


 私は破った衣服を手の中で丸めると、そのままソレをレックスに対して投げ捨てる。ただの布だと思い込んでソレを斬り裂いたレックスは布に包まれた瘴気をモロに浴びることとなった。


「グッ!! 卑怯な!!」


 目に入れば失明させられるが、とっさに目を閉じて庇ったようでそこまでは望めなさそうだ。だけど目を閉じたことで大きな隙ができた。


 肌が露出したことで溢れ出る瘴気の量は更に多くなる。


 瘴気は人の身体には毒だ。それは聖騎士のレックスとて例外ではない。私は彼に近づき、右手に大きな瘴気の刃を作ると、それを彼の首に目掛けて振りぬいた。


 だけど……、その刃はレックス自身の身体によって阻まれた。


「……卑怯はそっちでしょ」


 思わず私はそんな事を呟いていた。正確に言うと剣が防がれたのは彼の身体にではない。私が狙った首元と剣の間には青い光が……私があの日奪われた、勇者の力と同じ色の光で防がれていたのだ。


「まさかこの力まで使うことになるとはな。侮っていた。だけど、ここまでだ」


 そう言ってレックスは、剣にその青い光を纏わせる。あの日に見た光が、私を襲う。


「神の元へ還る時だ」


 とっさに身体を捻るが、私の右手はあの日のように斬り裂かれた。瘴気の剣を握ったまま宙を舞うニールの右腕を、私はどこか冷静な目で見上げていた。

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