第12話「左腕を得る」

 自分の左腕で私の左腕を作るとか、イカれたことを言う目の前の女を私は呆れた目で見てしまっていた。


「いや……今更フィーの左腕で私の左腕を作って何の意味があるのよ? 本当に片手って不便なんだから、そのまま黙って……」


「意味ならあるわ。言ったでしょ、私も復讐をするって。そのためには私も身体を張る必要がある……安全圏から眺めているだけで、復讐はできないのよ」


 自身の左腕を指でなぞりながら、その指の軌跡に合わせてフィービーのその黒い肌に赤い文様が刻まれていく。どうやら既に術式は始まっているようだ。


 唐突なその行為に私は焦り、彼女を止めるべきか否かを迷ってしまう。


「わざわざ左腕を私に移さなくても、付いて来ればいいじゃない……」


「そのままだと私は付いていけないのよ、私はこの森に封じられてる。入口程度ならともかく、遠くまでは離れられない。だから隠れ蓑が必要なの……」


 赤い文様が彼女の腕をびっしりと覆ったと思うと、ブチブチと言う肉のちぎれる嫌な音を立てて彼女の左腕が身体から離れていく。音が鳴るたび彼女は顔を顰めており、もしかしたら痛みはそのままなのかもしれない。


 文様の色や効果が私が受けたあの禁術にそっくりだ……。もしかしたら同じものなのだろうか。 


「フィー……」


「私の腕を、貴方の腕に合うように移植する。そこまで瘴気に耐えられるあなたの身体なら、私の身体も耐えらるはずよ。何せ私の身体は瘴気の塊みたいなものだから」


 心配する私を、彼女は笑みを浮かべて実に嬉しそうな表情を私に向けていた。いま彼女は、念願がかないそうでとても喜んでいるのかもしれない。


 ここまできたら……どうしようもないだろう。私は自身の左腕に傷を付ける。塞がった傷口が開き、血が滴り落ちていく。


 それを見たフィービーは嬉しそうに笑顔を浮かべて、その指先で私の傷口を撫でて血をすくい上げる。痛みで私は少しだけ顔を顰めるが彼女の痛みに比べれば軽い物だろう。


 すくい上げた血の付いた指先で、彼女がちぎれた左腕をなぞっていくと、その左腕はまるで生き物であるかのように形を変えながら、私の左腕の肘から先に取りついていく。


 もしかしたら、ニールの身体を使って私の身体を治した時もこのような形だったのだろうか。見た目は傷口から捕食されているかのような状況だが、大きな痛みは無い。ただ、何かが私の中に入ってくるような違和感と、その違和感が馴染んでいく感覚が広がっていった。


 それからしばらくすると……私の左肘より先には、今の私の肌よりも濃い褐色の腕が生えていた。指先も少しぎこちないけど動く。まるで半年前のあの日のようだ。


「あと半年……。私の左腕を自由に使えるようになりましょうか。私の持つ技術も全て叩き込むわ」


 全身から玉のような汗を拭きださせたフィービーは、千切れた左腕を抑えながら息も絶え絶えに、その場にどかりと座り込んで大きく深呼吸をする。少し出血が見られるが、それを自分の回復魔法で治しているようだ。


 ここからまた訓練の日々……。今すぐにでも復讐に行きたい気持ちを抑える日々が始まるのかと思うと、少しだけ憂鬱となる。でもこれだまた強くなれるなら……仕方ない、いくらでも耐えてやる。


 あと半年……それで私は今の自分の身体を完璧に使いこなせるようになる。


「貰っといてなんだけど、あなたの左腕……くれるなら半年前にくれてれば手っ取り早かったんじゃないの? それと、大丈夫なの? 凄い汗だけど……」


 苦しそうなフィービーに私は心配していない体で聞いてみるのだけど、彼女は額に汗を浮かべながらその顔に不敵な笑みを浮かべている。


「私の心配は不要よ……」


「どう見ても辛そうだけど?」


「質問に答える程度には回復してるわ。そうね、仮に半年前にあなたに私の左腕をあげてた場合……貴女は私の瘴気に耐えられず死んでいたはずよ」


「は?」


「言ったでしょ。私の肉体って瘴気の塊みたいなものなのよ。耐えられるギリギリの量の身体を移植して、呼吸や魔物の肉で瘴気にゆっくりと身体を慣らしたから、今の貴女は平気なだけ……」


「せめて一言くらい、事前に相談しておいてほしかったわ」


「気絶してたじゃない、貴女。それに断らなかったでしょ?」


 慣れない左腕は置いといて、私は右腕で頭を抱えながら抗議の声を上げた。ただ、事前に教えられていたとしても確かに私はそれを受け入れていただろう。


 そもそも私はこいつの道具となることを受け入れた。拒否権は基本的に無い。ただこれはあくまでも心情的な問題で、受け入れることと文句を言う言わないは別の話だ。


 私は自分の物ではない左腕を見ながら、自嘲気味に笑みを浮かべた。この姿はまるで……。


「本当に、人間離れしてきたわね」


「ん? 何か言った?」


「何でもないわ、こっちの事よ」


 身体のあちこちは欠損し、欠損した部分はほとんどが弟の身体か、フィービーの身体で補われてる。そのうえ瘴気をたっぷりと取り込んで、まともな人間の肉体の方が今の私には少ないのではないだろうか?


 肌の色も髪の色もあちこち変わっている。ここのところ鏡も見ていないから、もしかしたら他にも変わっているところはあるかもしれない。


 元勇者の成れの果て、それが今の私だ。そこに何の憂いもない。それどころか、これがもしも神託の結果なのだとしたら……あいつらは失敗したわけだ。


 これは、あいつらの余計な行動が私を魔王にさせたと言っても過言ではないかもしれないわね。魔王であると名乗るつもりは毛頭ないけど……今の私はあの悍ましい存在に匹敵する。


 だけど……それでも、私は人間だ。あくまでも、人間として奴らに復讐をしてやる。


 あと半年……。あと半年であの日から一年になる。あと半年もあるのか……いや、力を使いこなすには半年では短いだろうか?


 ……そんな弱音を吐いている暇なんて、私には無いな。待っていろよお前等、絶対に、絶対にお前達に報いを受けさせてやる。


「フィー……やるよ。半年であんたの技術と左腕を完璧に使いこなしてやるわ」


「やる気十分ってところね。いいじゃない。分かったわ」


 左腕の無くなったダークエルフと、つぎはぎだらけの元勇者、そして最愛の弟であるニール。歪な私達だけど目的は一致している。


 それが復讐だ。そのためなら、何でもやってやるわ。

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