第11話「訓練する」

 それから、私の訓練の日々が始まった。最初は歩くところから始まり、右腕の使い方、左右の目のバランスの強制、とにかくまずは最低限の日常生活が送れるように、新しい手足を身体に馴染ませた。


 それと同時に戦う術を教わった。今までの勇者としての戦い方とは違う……力に任せた戦いとは違うやり方だ。基本的に、私の中にはもう勇者の力はほとんど残っていない。


 魔力も著しく低くなり、体力も落ちた。使える魔法や剣技も使えなくなっているものが多くなっている。特に、勇者にしか使えない系統のものは全滅だ。


 無くなっていないのは知識くらいで、それがわずかな救いだった。


 そうして私が彼女……フィービーに拾われてから約半年が過ぎた頃……私は私の身体を前以上に上手く扱えるようになっていた。


「ただいま、フィー。今日の獲物を狩ってきたわ。瘴気をたっぷり吸った猪型の魔物よ。こいつ、種族としての名前ってあるのかしら?」


「おかえり、名前なんて誰かが適当に付けるでしょ。食べちゃえば一緒よ。森の瘴気にはそろそろ慣れたかしら?」


 私は片手で持ち上げながら運んできた異様な形に変貌した猪を適当に置く。あえて血抜きはしておらず、普通なら処理するであろう内臓なんかもそのままだ。


「そりゃ、半年間ずっと呼吸で吸って食事でも絶え間なくとっていたら否応なしに慣れるわよ。それにしても……見た目がとても変わってしまったわね」


「そうね、人間でここまで瘴気に慣れた人は初めてでしょうから……良いデータが取れたわ」


 瘴気の影響なのか、それとも他の要因なのか……私の身体には様々な変化が生まれていた。


 まずは肌の色が変わった。フィービーほどではないが、浅黒い肌となっている。陽の光がほとんど入らないこの森で日焼けしたとは考えにくい。


 髪の方も長さが異様に伸びたという事以外に、色に変化が生まれていた。銀色と金色、元の茶色い髪の色が混ざり合っているのだ。わけが分からないが、どうしようもないので今では割り切っている。


 これらの変化はフィービーにも興味深いようで、毎日のように実験データを取られている。


 データを取られるのは面倒だけど、見た目の変化は悪いことではない。これならかつての仲間と会ったとしても……私だとは分かるまい。


「相変わらず、実験動物扱いね」


「そんなこと無いわよ、貴女は私の大切な大切な……復讐の道具ですもの」


「そ。お役に立てそうで嬉しいわ」


 そのまま私は適当に猪を調理してその肉にかぶりつく。瘴気をたっぷりと含んだ肉は最初は酷い味だと感じた。だけど、これが私の力に変わっていく。最近では味覚が麻痺してきているのか、味自体はさほど気にならなくなっていた。


 身体が動けるようになってから、私はこの森の中の魔物相手に訓練を重ねていた。最初のうちはフィーも一緒にいてくれて、ボロボロに負ける私を助けてくれていた。


 勇者として戦っていた経験があったからもう少し戦えるかと思っていたんだけど……ダメだった。慣れない手足で、ぎこちなく動く私は魔物達から見たら格好の餌だった。


 何度もボロボロになり、そのたびにフィーに回復してもらい、魔物を喰らい、瘴気を擦って、稽古を付けてもらって……やっと森の魔物を倒せるようになったのは一月ほど前の事だ。


 今では片手で前よりも力強く剣を振れるようになっていた。この力があの時にあれば、ニールを救えていただろうか?


 ふとした時に思い出すこと、考えることはあの時の事ばかりだ。


 今更言っても仕方がないことではあるが、これもあの時の恨みを決して忘れない為に必要なことだと自分に言い聞かせる。今度は一人ずつ……キッチリと……確実に弟の仇を撃たせてもらう。


 私と、ニールの二人で。


「それにしても……勇者としての力の代わりに瘴気を使うなんて……。フィー、私の身体を治すついでに何かしたの? 人間の身体で瘴気に耐えられるとか、聞いたこと無いわよ」


「大きくはいじってないけど、弟君の移植をするときに私の身体の一部も合わせて移植させてもらったわ。ダークエルフの身体……特に私の身体は瘴気に耐えられるようになってるから」


 半年経っての新たな事実に私は閉口してしまうが、なんとなく予想はしていた。弟の身体から移植された私の新たな肉体には、それだけでは説明付かない部分もあった。あえて詮索してこなかったがここで明かされるとはね。


 まぁいいわ。そのおかげで今の私があるし……。もともと何でもすると言ったんだ。泥を啜り、岩を齧る覚悟なんてものはとっくに済ませてる。復讐できる力になるなら何でもいい。


「フィー、あんたも食いなさいよ。瘴気をたっぷり含んでるから不味いけど、あんたも道連れなんだから味わいなさい」


「酷い言いぐさねぇ。瘴気入りの魔物肉、美味しいじゃない」


「あんたには感謝してるけど、味覚は絶対に合わないわね」


 適当に焼いて料理をしたその肉を、フィービーも雑に口に運んでいく。ただ、彼女の違うところはその肉を美味しそうに食べているという点だ。私もいつかこの肉を美味く感じるのかしら。


 そう言って食事を続けていくと、彼女は手を止めて私の顔をジッとみてきた。最初は気にしないで食べ進めていたんだけど、そう見られていると落ち着かないと私も食事の手を止める。


「何よ、言いたいことがあるなら言いなさいよ」


 私の姿をマジマジ見ると、フィービーはその顔に笑みを浮かべた。


「そろそろ……頃合いかしらね」


 パクリと肉を切り取って口に運んだフィービーがそんなことをいった。彼女の視線は私の顔から、未だに私の身体に存在していない左手に注がれていた。


「あぁ、片手にもだいぶ慣れて来たわよ。不便と言えば不便だけど、戦いはできるわ」


 私は肘から先が無い左腕を見せながらヒラヒラと腕を動かす。たまに痛みはあるが、戦う分には全く問題は無い。だけど、彼女はその左手から視線を外さずに、静かに私に告げる。


「ノール、あんたの左腕……。そろそろ作るわよ」


「は?」


 唐突に立ち上がったフィービーは、私左手をなぞりながらそんなことを口にした。傷口を撫でられた時の特有のくすぐったさが私の背筋をゾクリと震わせた。左腕を作るって、気軽に言うけど……まさか魔物の身体を材料にするつもりだろうか?


 魔王を倒す旅の途中に居た、頭のイカれた科学者に無理矢理に合成された趣味の悪い魔物を思い出すな。フィービーも大概頭がおかしいので、私にはお似合いかもしれないが……。


「まさかこの猪を材料にするって言うの? どうせ作るならこんな弱い奴じゃなくてもっと強い奴の方が良くない?」


「つい少し前まではこいつにすら苦戦していたくせに何を言うのよ。心配しないで、魔物程度の弱い材料は使わないわ」


 確かに苦戦はしていたが、今では余裕で倒せる程度の魔物だ。肉の味も悪い。そして、フィービーはこいつは使わないという……だったら材料は何なのだろうか。


 私が首を傾げていると、フィービーはその大きな胸を張りながら自身の左腕を天高く掲げた。


「使うのは……この私の左腕よ」


 思わず私は食べていた肉を吹き出しそうになる。この女、常々頭がイカれているとは思っていたけどここまでだったとは。まさか、自分の身体を私にと言い出すとは思ってもいなかった。

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