第10話「食事を取る」

 復讐。


 そうだ、復讐だ。


 その言葉をきっかけに、私の中にあの光景が蘇ってくる。グツグツと煮えたぎるような感情が刺激され、今すぐに駆け出したい衝動にかられた。


「もちろん、ここで私と静かに暮らすという選択肢もあるわ。復讐の道具になる覚悟とは聞いたけど、心から復讐をしたいと思わないなら……」


「するに決まっているわ」


 私は彼女の言葉を途中で遮り、心からのありったけの憎悪を込めて決意の言葉を口にした。


 私を裏切っただけならまだいい。弟と静かに暮らせたのであればそんな些末なこと許してやろう。だけど、ニールを殺したのは別だ。ニールを殺したのは私の甘さが原因だ。だけど……それでもあいつらは許せない。


 勇者の力なんてものの為に、何も知らないニールを巻き込んだあいつらだけは殺す。何があっても殺す。私が死んでも、生まれ変わっても殺すとあいつらに言ったんだ。


 そして私は、弟を犠牲にして生き残った。だったら……やることは一つ。復讐しかない。


「そう。分かったわ。でも辛いわよ? 月並みだけど殺して死んだ人間が帰ってくるわけじゃない。復讐を忘れて穏やかに暮らすこともできる」


 彼女は私の目真っ直ぐに見据えて……その口元には笑みを浮かべていた。


「あなたは形はどうあれ、弟と一緒……幸せになれるかもしれないわよ?」


 まるで誘惑するかのように、私に復讐を諦めさせるかのようにそんなことをニヤニヤと笑いながら言う。助けてくれた相手に申し訳ないけど、その姿は酷く私を不快にさせた。


「……復讐を忘れる? 冗談でしょ。逆に効くけど……貴女は復讐を忘れられたの?」


「いいえ……。でも念のために聞きたかっただけよ。生半可な気持ちで復讐なんてできるわけ無いから」


 彼女は笑みをますます深めて、まるで子供のように楽しそうに、嬉しそうにしていた。


「よかったわ……貴女がキチンと復讐を選んでくれて。私にとっても千載一遇のチャンスだもの。復讐を諦めるなんて言われたら……どんな手段を使ってでも復讐してもらったわ」


 ちょっとだけ冗談めかして彼女は言うけど、目は笑っていなかった。なんだか矛盾している気がするけど、彼女の先ほどの発言も、今の発言もきっと本心なのだろう。


 だけど、その言葉を発した時だけ、初めて彼女の本当の顔が見れた気がした。怒り、怨み、憎しみ……それとほんの少しの悲しみが彼女から伝わってきた。そして先ほどまでの笑みとは違う、まるで母親のような笑みを私に向ける。その姿が、ただただ不気味だった。


「どんな手を……ね。心配しないで良いわよ。私はちゃんと復讐するから」


「そうね……でもまずは、身体をきちんと動かせるようにしましょうか。戦い方も今までと違うものになるし」


「左手が無いのはちょっと辛いわね。片手で剣を振るうのは、私の力では心もとないし」


 勇者として使っていた聖剣と、勇者としての力があればまた別だったんだろうけど……今の私はたぶん普通の女性以下の力しかないだろう。代わりの力がいる。


「その辺は心配しないで。左手の代わりは考えてるし……ちゃんと私が鍛えてあげるわ」


 言葉は優しいが、とても優しくない内容に私は思わず辟易する。どんな鍛え方をされるやら。だけど、復讐をする為なら何だってする。今やこの身体は……私一人の物では無いのだから。


「それじゃあまずは食事にしましょう……。まずはスープから食べてもらうわ。私特性の……栄養満点のスープよ」


 部屋から出て行く彼女の背中に、私は気になった疑問をぶつける。


「貴女は私を利用して……誰に復讐しようとしてるの?」


 私を道具にすると彼女は言った。道具にする……つまり彼女にも復讐したい相手がいるという事だ。それが誰なのか、私の目的と一致するのか……。場合によっては、彼女と敵対するのか。


 それが知りたかった。


「そうね……私の復讐相手は……」


 彼女は少しだけ沈黙した後に、その顔にやはり聖母のような笑みを張り付け、私のわざわざその表情を見せつけながら言葉を続けた。


「この世界の神よ」


 あまりにも大きな話に、私は一瞬だけはぐらかされているのかと思ったんだけど……その言葉は嘘を言っているようには思えなかった。


 どういう事なんだろうか? そう思っていたら疑問が表情に出ていたのか彼女は苦笑を浮かべる。


「その辺はおいおい説明するわ。あなたは私の復讐に必要な……大事な大事な最後のピース。偶然とはいえ、ここに来てくれて感謝してるわ」


「そう……」


 それ以上はこの場で説明する気は無いようで、彼女は部屋から出て行った。


 一人になった部屋で、私はぼんやりと考えながら右手を動かす。そして、ニールに対して心の中で謝罪する。私が弱くてゴメンねニール……。


 そして……貴方のの仇は何があろうとも必ず討つ。絶対に、何があろうとも、この身がどうなろうとも。


『そうだね、お姉ちゃん。僕もお姉ちゃんの仇を討つよ』


 その時ふと、なんだかニールの言葉が聞こえた気がした。仇は私だけじゃなく……二人で討つと。幻聴かもしれないけど、もう聞けないと思っていた弟の声が聞けて私はほんの少しだけ笑みを浮かべた。


 そうだね、ニール。お姉ちゃんとニールの二人で……あいつらを殺そう。


「ほら、持ってきたわよ。果物とスープ。少しでも食べて体力を回復させて……あら、笑うくらいには落ち着いたのね、ちょっと怖いけど」


 部屋に戻ってきた彼女はそんなことを私に言ってくる。そんなに怖い笑顔だったろうか? ニールに笑いかけるときのように、普段通りに笑ったつもりだったんだけど……。もう無理かな。


「さ、召し上がれ」


 そう言って出された食事は、見たことも無い禍々しい果物と、なんとも言えない色をしたドロドロとしたスープだった。食べて死ぬことは無い……よね?


 私が口を付けるのを躊躇っていると、彼女は私に満面の笑顔で食べるように勧めてくる。


「食事も訓練の一環よ。さ、復讐のために残さず食べてね」


 そう言われてしまっては私としては従わざるを得ず……。覚悟を決めた私はその料理を口に入れた。


 味については……あえて言うまい。

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