第9話「話を聞く」
怒りと憎しみと……そして悲しみがこみあげて来て私はまた涙を流す。悔しい……悔しい、弟が死んだというのに、私だけがのうのうと生き残って……!!
あの子は私の全てだったのに、唯一の肉親だったのに……!!
私は四肢を奪われ、左目を奪われ、最後に心臓を奪われた。死んでいなければおかしい身なのだ。そんな私が生きていて、なぜニールが死んでしまっているんだ?
私が死んでニールが生き残ってくれれば良かったのにと……私は怒りと悔しさから右腕をベッドに叩きつけていた。
右腕?
なんで……?
右腕……私の右腕が……。切り取られたはずの肘から先が存在している……。境界線がハッキリわかるけど、指先まできちんと動く。
一つ認識すると、次々と気がつく。私は今……両目で涙を流している。身体を確認すると、私は失ったはずの両脚……そして右手、左目が存在していることに、遅まきながらようやっと気が付いた。
心臓はどうだろうかと右手で胸元の衣服をはだけると、大きな傷跡はあるが、抉られていた穴はまるで衣服を修繕した時のようにツギハギに塞がっている。この分だと心臓も……たぶん存在しているんだろう。
「説明……必要よね?」
少しだけ沈痛な面持ちのダークエルフの言葉に、私は静かに頷いた。聞きたくは無いが……私はきっとこの理由を聞かなければならない。
左目、両足、右手……そして心臓が、なぜ私の身体に存在しているのか。
「回りくどいのは好きじゃないから結論から言うわ……。あなたの身体のパーツは……亡くなったあなたの弟さんから移植させてもらったの」
「……移植?」
「馴染みが無いと思うけど、他人の身体を自分の身体へと移すことよ。私はそういう魔法を得意としていてね、少しだけ大きさは違ったけど、身体全体を使うことで馴染むように調整できたの」
身体のパーツをニールのから移す……。待って、それじゃあ移された側はどうなるの……? 私が弟のパーツを奪ったら……奪われた側は……。
「案外、冷静なのね」
沈黙する私に、彼女は感心したように小さく呟いた。冷静……冷静ね。
「冷静じゃないわ。ただ、最後まで話を聞くために自制しているだけ……」
「そう……それは凄いわね。説明を続けるわ。まず、あなたの弟は死んでいた。貴女は元々の生命力が強いのか、それとも魔法陣の効果がまだ残っていたのかまだ生きていた」
……やっぱり、ニールはあの場で死んでいたのか。改めて突き付けられた事実に心が凍る様な感覚を覚える。あのニールの身体から体温が無くなっていく感覚を思い出してしまう。
「ギリギリだけど貴女だけなら私は救うことができた……。死んだ弟君の身体を使えるならね。だから私は弟君に聞いたのよ、私の道具になる覚悟はあるかって」
「……あの言葉は、私に言ったんじゃなかったの?」
「二人に言ったのよ。そして弟君は……私に同意してくれた。僕は何でもするから、お姉ちゃんを助けてってね」
「……弟は死んでいたのに、どうやって確認したのよ。勝手に弟の身体を弄んだのなら……」
「魂に直接聞いたから。私はそういう魔法を得意としているの。できないのは死者の蘇生だけ……それ以外なら何でもできるわ」
ニールの身体が……私に……。
私は確かめる様につながった右腕で胸の傷跡、左目、そして両足に触れる。これが……ニールの身体から移されたのか。私がもっと強ければ、こんなことにはならなかったのに……。
「……正直、殴られるくらいは覚悟してたんだけど」
彼女は少しだけ苦笑を浮かべながら、私に意外そうな視線を向けてきた。殴りかかるか……殴りかかってニールが生き返るならいくらでもするけど、それに意味は無い。それに……。
「命の恩人に殴りかかるほど、腐っていないわ」
「あなたの弟の身体を使ったのに……? 同意したってのも、嘘かもしれないわよ」
「本当に嘘なら、わざわざそんなことは言わないでしょう」
「そう。でもね、けっこう多いのよ。助けたのに神の領域を冒涜する行為だって怒り狂う人」
神……神か。そうだな、神の御言葉は護らなければならない規律で、神の御意志は従わなければならない秩序だ。今までの私ならそう思っていただろう。だけど。
「……私はもう、神なんて信じていないわ」
「そう、それは良かった」
勝手に私を勇者に認定して、勝手に魔王になると言った神を今更どう信じろと言うのか。たとえそれが国が曲解した内容だとしても……。もう信じることはできない。
神が余計なことをしなければ、私もニールも静かに生きることができたのに。それにあの禁術……あれも神から授けられたものだという話だ。そんな勝手な存在を信じることはできるわけが無い。
「それに、弟を助けられなかったのは私の責任だ。そして弟が……ニールが私の為にした行動なら……私は受け入れるだけだ」
本音を言えば悔しいが、それは弟を助けられなかった私自身に対する怒りだ。ニールは私を助けてくれた、彼女も私を助けてくれた。恨むのはお門違いだ。
そう……恨む対象は……他にいる。
ギリギリと悔し気に右拳を握る私に、彼女は私に対して一つの包みを手渡してきた。
「これ……あなたの弟さんの遺品よ。身体は全てあなたと共にあるから残ったのはこれだけ。どうする?」
包みを開くとそこにはニールが着ていた服や、お揃いで身に着けていた装飾品……。そして……短剣が一本だけあった。トラヴィスから渡された短剣……か。
「埋葬するなら場所を提供するわ。私が勝手にやるより、貴女がした方が良いと思ってね」
「意外だな。神に反逆したダークエルフにも埋葬の概念はあるのか」
「心配しなくても、貴女の弟の魂は神なんてクソ野郎の元にはいかないわ。あくまでもあなたの心のケジメとしての行為でしかないから」
「そうか……なら……」
私はお揃いで身に着けていた装飾品である腕輪と、短剣だけを手に取り。ニールの着ていた服を改めて包む。これを埋葬して、私の心にけじめを付けよう。
「それじゃ、ご飯にしましょうか。スープを持ってくるわね」
「いや、わざわざ持ってこられるのも悪いから……私が移動するわ」
「あ、待って……」
私は確かめる様にベッドから降りて足を地に付けるのだけど……そのままうまくバランスが取れずに思いきり転倒してしまった。あれ?
その後も何度か立ち上がろうとするのだけど、上手くいかずに何度も私は地面に転んでしまう。
「……一週間も寝てて、更には別人の足が付いてるのよ。しばらくは慣れるまで訓練が必要でしょうね」
「でも腕は大丈夫だったのに……」
「そりゃ、大雑把に振るったりはできるだろうけど、繊細な動きは無理なはずよ。弟君の身体では左手までは再生できなかったから、片手でバランスも悪いしね……」
……なるほど、しばらくはまともに動くことも難しそうだ。私はぶつけてしまった右腕を見て心の中でニールに謝罪した。ごめんね、お姉ちゃん……ちゃんとできなくて。
「とりあえず、大人しく寝てなさいな。まずは体力の回復と、身体を動かすための訓練が必要よ……復讐するためにはね」
私は彼女に抱きかかえられると、そのままそっとベッドに寝かされる。なんだか子供に対する行動のようで照れ臭かったのだけど、その照れくささも彼女の最後の言葉で霧散した。
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