第13話「故郷に戻る」

 私がフィービーの腕を移植された日からさらに半年……裏切られた日からおおよそ一年程の年月が経過した。


 この半年は地獄と言える日々だったが私にはちょうど良かった。血反吐を吐いて、身体を痛めつけていないと今すぐにでも復讐に出かけてしまいかねなかったからだ。


 私は、気持ちを抑えながらフィービーと一緒に特訓に明け暮れた。


 そして今日……私は懐かしい場所に立っている。とうとうこの場に……戻ってきたのかと懐かしさと憎悪が私の中から膨れ上がってきた。それを表には出さす、私はそこに居る兵士へと笑顔で話しかける。


「こんにちは。入国したいのですが……入り口はここで宜しいでしょうか?」


「あぁ、ここで大丈夫だよ。どこから来たんだい? 他国の人なら金を払って許可証を発行することになるけど、金は持っているかい?」


 人の良さそうな笑顔を浮かべ、しかしほとんど隙を見せないその兵士は私を値踏みするような視線を向けてくる。私はあくまでも何も知らない風を装って彼に対して隙だらけの笑顔を返す。


「入国はいくらくらいです? 旅の途中なんですけど、物資が心もとなくて調達したいんです。ついでに、安めの宿屋と旅で使う荷物を買える店を教えてくれると助かります」


「銀貨で2枚。安めの宿屋とかは、俺に聞くよりも寄り合い酒場があるからそこで聞いた方が早いと思うぞ。王都の真ん中らへんにある。日雇いの仕事とかもあるから、路銀に困るならそこで稼ぐと良い」


「ありがとうございます。これ、お金です」


「……銀貨4枚。一人分多いぞ? もし、賄賂だとしたら俺に何を期待して……」


「いえ、合っていますよ。道中で死んだ弟をこの国に埋葬してあげたいんです」


「……それは……悪いことを聞いた」


「気にしないでください。王都なら立派な教会もあるでしょうから、そこで弔っていただきたくて。だから、今は二人分を払いたいんです」


 私の嘘に兵士の人は目に涙を浮かべながら、一言だけ謝罪の言葉を私に告げると奥へと引っ込んでいった。よく見ると、隣に居るもう一人の兵士からも鼻をすする音が聞こえてきた。


 この門番の兵士達は良い人なのだろう。久々に人間らしい人間を見た気がする。こんな風に私の作り話で涙するなんて……。ここまで素直に信じられると、ほんの少しだけ罪悪感が出て来てしまう。


 本当に、ほんの少しだけど。


「お前さん、そういえば名前は? 弟さんの分も発行するから、二人の名前を教えてくれ」


「私の名前はノルン……弟の名前はニィと言います」


 顔だけ出してきた兵士の方は私の名前を聞くとすぐにまた奥へと引っ込んでいった。名乗ったのは当然ながら偽名だ。一年経過してるとはいえ、本名では流石にバレる可能性があるからね。


 ただ、あまりに違い過ぎる名前だとボロが出る可能性もあるので、ほんの少しだけ近づけた名前だ。今の私がすぐに元勇者であると気づかれるとは思えないが……それでもバレる可能性は極力避けたい。


 その間、もう一人の兵士が何かと世話を焼いてくれたのは、弟を亡くしたばかりの私に対する気遣いだろう。そこで発覚したのだけど、どうやら私は途中まで男だと思われていたようだ。


 確かに、腕のツギハギ部分が見られないように腕や足が完全に隠れる服を着ているし、全体的に肌の露出も少なくしている。


 そのうえ、瘴気の吸い過ぎのせいか声もかなり低くなっているし、一年間伸ばしっぱなしにしていた髪をバッサリと切った。髪の毛が長いのは戦闘時に不利だから本当なら丸坊主にしたかったんだけど、それはフィービーに嫌がられた。


 なんだかんだで、あいつは私に女を捨てさせるところまではさせたくないらしい。なんというか、少し甘い所があるな。まぁ、復讐が成就するならどっちでも良いのだけど。


 ほどなくして、私に対して入国許可証が発行された。私がそれを手に取ると、許可証はほんの少しの光を発して私から読み取った情報をそこに示す。フィービーから聞いていた通りだ。


 私は体内に溢れる瘴気を操作して、思い通りの情報を許可証に出すようにする。問題なく、許可証に示される私の情報は性別以外は全てデタラメなものとなった。


「おや、坊主だと思ったらお嬢ちゃんだったのか」


 これである。


 どうも私の見た目は本当にかなり変わってしまったようだ。目の前の兵士が元勇者だと気づかないくらいには。とりあえず私が不機嫌そうに見えたのか、彼は苦笑を浮かべながら謝罪し私に許可証を手渡した。


 こちらとしては確認ができたので逆にお礼が言いたいくらいだったのだけど、不機嫌に見えたらしい。


「ありがとうございました」


「あぁ、元気出せよ。せめて、この国で良い思い出を作ってってくれ」


 良い思い出……良い思い出ね。そんな思い出が作れないことは私が一番よく分かっている。何故なら私は……。この国のあいつらに復讐しに来たのだから。


 作れる思い出としたら、そんなものだ。

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