第2話「送られる」

 そして、私が追放される日が来た。


「準備は良いか?」


「うん、大丈夫。ニールも平気?」


「大丈夫だよお姉ちゃん。必要なものはそんなに無いしね」


 私は今まで使っていた聖剣を取り上げられているので簡素だけど丈夫な剣と、普通の村娘の様な服を着ており、ニールは小さな護身用のナイフが渡されていた。


 罪人相手に剣を渡すの? と聞いたのだけど、森を抜けるなら護身用に必須だろうとトラヴィスがわざわざ渡してくれた剣だ。


 強い相手との斬り合いにしか興味が無いと思っていたのに、最後の最後にこんな気遣いを見せてくれるなんて、ちょっと見直した。作りも良いし、ちょっとやそっとじゃ壊れ無さそうだ。


 ニールは初めて手に取るナイフに喜んでいるようで、まじまじとその作りを見ていた。男の子ってこういうの好きだよね。


 そして、私達は手を取り合って流刑地まで移動する馬車に乗り込む。


 私達の馬車にはセシリーとザカライアが、護衛の馬車には他の三人が乗ることとなった。


 流刑地送りとは思えない、随分と手厚い対応だ。


 マーヴィンはここにはいない。


 罪人の見送りなど流石に許可されないし、彼の今後の立場を考えると……来てとはとても言えなかった。


 涙は出ない。


 昨日の夜にさんざん泣いたからだ。私はこれからはこれの幸せを祈って過ごそう。


「ノーマさん……本当に申し訳ありません」


「セシリー? そんな泣きそうな顔しないでよ」


 ニールを膝の上に乗せたセシリーが私に謝罪してくる。最後だからと、彼女はニールを抱きしめていた。


 ニールのやつ、私にはないセシリーの乳にいっちょ前に照れたやがんの。


「全ては私の力不足です……。もっと私に力があれば……」


「気にしないでよ。それよりも、これからのマーヴィンのこと、頼んだわよ」


「え?」


「私はもう……彼を支えられないから」


「……私は今回のことで疲れました……貴族の世界は恐ろしすぎです」


 憔悴しきった表情でセシリーは呟く。朗らかな彼女をここまで消耗させるなんて……裏で何があったのやら。


「ですがノーマさんの頼みなら、私にできる範囲で……教会に身を置く物として彼を助けます」


「うん、お願いね」


 その言葉で十分だ。セシリーなら……たとえ彼と恋仲になっても応援できる。


「ホッホッホ、殿下が羨ましいのう。こんな美人二人に想われて。ワシも魔法の研究にかまけてないで、嫁でも作れば良かったかのう」


 長い髭をいじりながら、ザカライアは楽しげだった。


「ザカライアは、女性に対してすぐにエロいことする癖を治せば、お嫁さんできたんじゃない?」


「これは勇者殿は手厳しい。ワシはまだまだ現役じゃとアピールしてただけなんじゃが……」


「アピールの仕方が間違ってる」


 私の言葉にさらに楽しげに笑みを深くする。本当にこのお爺ちゃんは元気だ。


 それから流刑地まで数日の馬車の旅は続く。


 今回、私が追放されるのはとある森……叛逆の森と呼ばれる場所だ。


 あの魔王すら恐れたと言われるその森の手前で……私は仲間達と別れることとなる。


「着いたぞ……」


 馬車が止まり、森の手前の大きな金属製の柵がある場所で私達は立ち尽くす。


 柵には魔法がかけられており、森の瘴気が外に漏れ出ないようにしているのだけど……。


「これは……」


 私はその光景にゾッとした。


 まだ森まではかなり先だと言うのに、ここからでもわかる濃い瘴気が柵を境界線として漂っているのがわかる……。まだ森の手前で、柵からは瘴気が漏れ出ている様子はない。


 だというのに、魔王城よりも濃いんじゃないだろうか? 瘴気が目に見えるほどに濃いなんて……。見てるだけで寒気がする。


 これは、少し考えが甘かったかな……。ニールを守りながらこの森を突破できるのか? ほんの少しだけ、弱気な考えが私の中に生まれてしまう。


「お姉ちゃん……」


 不安そうなニールが私にしがみついてきたことで、私は反射的に弟をそっと抱き寄せた。私の中にあった不安な気持ちが霧散していくことを感じる。


 そうだ、私が不安そうにしてどうする。弟は私が守らないと。突破できるかじゃない、するんだ! 何をやっても……二人で生き残るんだ。


「みんな、今までありがとう。ここからは二人で行くよ……」


 一人一人の顔を見ると、皆の顔も強張っていた。みんなこの森の状況に戸惑っているのだろう。いつか、彼等と再会できる日が来るんだろうかと思いながら、皆の顔を忘れないよう焼き付ける。


 そして私は彼等を背にすると、柵の入り口に手をかけそこを開く。その瞬間に圧倒的な量の瘴気が境界線から漏れ出てきた。濃密なそれに一瞬気分が悪くなり、ニールが少しでも瘴気に当てられないよう、私は咄嗟に弟を庇うように前に出る。


 予想よりも瘴気の量が凄いけど……耐えられるだろうか?


 躊躇いがちに柵の中へと一歩を踏み出そうとした瞬間だった。


「あぁ、サヨナラだ」


 誰が言ったのか、その一言に悪寒が走った。


 ひどく冷たく、歪んだように聞こえてきたその声を理解することはなかった。だけど反射的に私が振り返ると……。




 ニールが、背後から斬りつけられていた。




「おねぇ……ちゃん……?」




 ゆっくりと、世界が動く。血に濡れた刃、斬りつけた男、倒れる弟。現実とは思えない唐突なその光景に、私の身は固まってしまう。


 何が、誰が、何のために? 意味が分からない。だけど、ニールは地面へとゆっくりと倒れていく。


 受け止めないと。


「ニィィィィィィィィィル?!」


 自身の口から出た叫び声が、どこか遠くから聞こえてくる声のように感じられた。

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