第3話「裏切られる」

 自身の口から出た叫び声がどこか遠くから聞こえてくる声のように感じながらも、私はやっと動くことができた。


 ニールが地面に倒れ伏す前に受け止められた。背中から溢れ出る血液が私の手を濡らす。早く……早く回復魔法を!


 焦る気持ちを抑え、魔法を使おうとする私にさらに剣戟が見舞われる。そのせいで回復魔法は霧散してしまった。私は普段なら絶対に貰わないであろう攻撃を受けてしまったが、そんなことはどうでもいい、まずは弟の回復を……!!



「この一瞬を待っていた。漏れ出る瘴気で殺気が紛れ、お前に刹那の隙ができるこの瞬間を……」



 ニールを斬りつけた相手……レックスの冷たい声が私の耳に届き、我に返った私は彼を睨みつける。


 レックスが持つ見たこともない禍々しい剣が私を捉え、腕に浅くない傷を作っていた。ニールの血で濡れたその剣に、私の血が加わっている。


 この程度の傷なら……問題ない、まずはニールの治療が先だ!


「何を……何をするのレックス‼︎」


 弟に回復魔法をかけながら、私はレックスを怒鳴りつけるが、彼の表情は変わらない。


「私は聖騎士だ。神の声に従い、神の怨敵を打ち倒すのが我が使命。それは相手が友であろうとも、例外はない。神の御言葉に従うことが私の全てだ」


 訳の分からないことを言うレックスを無視し、私はニールに回復魔法をかけ続ける。でも、血は止まらない。


 この濃い瘴気の中では回復魔法の効果が薄い……柵を閉じないと……!! いや、レックス相手に隙は見せられない。彼に背を向けて柵を閉じれるか?


 そうだ……私でダメでも聖女の回復魔法なら!


「セシリー! 頼む! ニールの傷を……」


 愚かな私はそこで初めて気がついた。


 周りの仲間が、誰もレックスの所業に対して驚いていないことを。誰もがそれを当然のことのように受け止めていることを。


「セシリー……? みんな……? どうして……」


 先ほどまでとはまるで別人のような冷たい視線を受け、私はニールを落とさないようにするだけで精一杯だった。


「先日の事です……私に神託が下りました」


 神託


 それは聖女固有の能力であり、神の声を直接聞けるというもの。ただしこちらからの呼びかけはできず、ただ一方的に神の声が耳に届く……らしいものだ。神の声が聞こえない私は彼女の言葉を信じるしかない。


 それに、私を勇者としたのもその神託によるものだ。私はセシリー達に勇者として見出され、そして弟と共に貧困から救われた。それに付いてはとても……大きな恩を感じている。


 そう、恩を感じているんだ。神にも、セシリーにも、この国に対してもだ。その彼女達が何故……なぜそんなひどく冷たく、悲しい瞳で私とニールを見ているのだろうか?


 それに神託と私の今の状況が結びつかない。そんな混乱を他所に、セシリーは私にその冷たい視線をそのままに言葉を続ける。


「神託の内容は……ノーマ、あなたが次の魔王となるだろう事……。あなたが魔王となればこの世界の勇者は終わりだというものです」


「はぁ?」


 思わず場にそぐわない、素っ頓狂な声を上げてしまう。彼女の言葉の意味が分からない。私が次の魔王に? 冗談でも笑えない。そんなものが神託……どういうこと?


「私が魔王って……何の間違いよ」


「神託を疑うのですか?」


「神の言葉を疑うなんで真似はしないわ。でも、神の声を受けた人間は間違うかもしれない」


「その通りです。そのために我々がいるのです。私が受けた神託は断片的な物であり、言葉の内容を吟味した結果……ノーマ、あなたは魔王となるという結論となりました」


 なんだその結論は! どうしてそうなるんだ!? いや、そもそもおかしいことばかりだ!! 私が魔王になるだけなら、弟は……ニールは関係ないじゃないか!!


「私が邪魔になったんだろう? だから神の言葉を都合よく解釈し、捻じ曲げ、私を追放したんだろ。それならそうと言ってくれれば、私は弟と二人で国を出て行った。なぜこのような真似を……」


「それは神に対する冒涜と受け取っても?」


「違う!! 国の思惑が入っているんじゃないかと言っているんだ!!」


「ありえません。神託を吟味する者は私を含めた教会の上層部。清廉潔白な者達が慎重に神のお言葉を、その真意を解釈するのです」


 話が、言葉が通じない。頭の固い聖女様とは思っていたけど、ここまで固かったとは予想外だ。絶対に……絶対に間違っている。よりによって私が魔王だって?


 あんな悍ましい存在に……私がなると神が言っている……?


 いや、そんなことは後で考えるしかない。とにかく今はここから逃げることを考えないと……。


「ホッホッホ、まぁまぁ……二人とも落ち着いて。さて、ここからはワシ等から説明しようかの」


 睨み合う私とセシリーの間にザカライアが入ってきた。その表情は柔和な笑みを浮かべているが、その目は一切笑っていない。まるで実験動物を見る様な目で私を見ている。


 この目は前にも見たことがある。魔族相手に……新しく開発した魔法を試す時の目だ。まさかあの時の目が自分に向けられるなんてゾッとする。


「ザカライア……貴方まで私を裏切るの? 貴方は基本的に頭の固い教会は嫌ってると思っていたんだけど?」


「仕方あるまい……教会は嫌いじゃが神託は絶対じゃ。神の言葉は絶対じゃ。過去に神託を無視し、解釈を間違え国が滅んだ例などいくらでもある」


「だったら……!! 今回も間違いの可能性だって……!!」


 激昂する私に、ザカライアは両の手を広げて魔法を放つ。威力は無いが、細かい魔法がニールを抱えている私を動けなくする。


 てっきり新しい、えげつない魔法を撃たれるのかと思ったが少し拍子抜けだ。だけどこれだと防ぐので精いっぱいで動くことができない。


 その間もザカライアはゆっくりと、余裕たっぷりに口を開く。


「そうじゃな、今回も間違いの可能性は確かにある。そこは相違ないよ。それはお主が勇者でなければの話じゃな、お主は勇者の力を持っておる。もしもその力が……魔王の力となったならば、これほどの脅威は無い」


「勇者の力が魔王の力になる……? そんなこと起きるわけが」


「そう、普通は起きるわけが無い。普通はの。しかしみんな不安なのじゃよ。魔王を倒した勇者が次の魔王になったら……勝てるわけが無いとな」


 そんな程度の不確定な話で私は襲われているのかと激高しながら、私はチャンスを伺う。何故か細かい魔法を連発しているだけでザカライアは私を倒す気は無いようだ。


 だったら、魔法が途切れた瞬間に逃げる……。それだけに神経を集中させる。


 ザカライアはその顔に笑みを浮かべながら魔法を放ちつつ、器用なことにレックスから私とニールを斬りつけた禍々しい剣を受け取った。ザカライアが剣を使う……? そんなの今まで聞いたことは無い。


 だけどこれはチャンスだ。剣を受け取ったザカライアの魔法がほんの僅かだけ緩んだのが分かった。今のうちにザカライアから距離を取れば……。


 そう考えた瞬間、目の前に三人の影が躍り出る。私の良く見知った顔だ。そうだ、この場には見知った顔しかいないんだ。


「レックスは分かってたけど……。トラヴィス……ヴィンスまで……。改めて来られるとショックよね」


 予想していたとは言え、そこに居たのは私が仲間だと思っていた三人だ。レックスはとても静かな面持ちで、トラヴィスとヴィンスはどこか楽し気に私の前に立ちはだかる。


 このために……皆ついてきてたのか。私の為ではなく、私を殺すために。

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