因果と成り、応報せよ勇者
結石
第1話「追放される」
「勇者ノーマを婚約者である王太子殿下の暗殺未遂、他の王族暗殺未遂、国家転覆を企てた罪により追放処分とする」
私はやっていない。
「本来であればこれらの罪は死刑に相当する。しかし、彼女の過去の魔王討伐等の勇者としての功績があり、被害者である王太子殿下自らが減刑嘆願をされたことを考慮し、流刑地への追放が妥当であるとの結論となった」
これは冤罪だ。
目の前で得意気にペラペラ喋る裁判長を叩きのめしたくなる衝動を抑える。
だけど……。
「流刑地への追放は明日。肉親である弟も同罪とし、執行する」
弟と一緒なら、この国を追放されても問題は無い。ならば事を荒立てることも無い。
「寛大な処置に、感謝いたします」
私は跪き、心にもない感謝の言葉を述べる。
私はやってもいない罪を認めた。これが最良の選択と信じて。
この国は、私が邪魔になったのだろう。
だから私の追放を選択した。私一人がどうこうしても罪は覆らない。だけど、諦めたわけではない。
死罪ならばこの国を滅ぼしてでも抵抗するが、たかが追放ならば大きな問題は無い。
弟と流刑地へ行き、そこから別の地へ逃げ延びる。
私の勇者としての力は失ってないのだから。
「すまない……ノーマ……」
罪が確定し案内された部屋……罪人相手に随分と豪華な部屋だ……そこに一人の男性がいた。
ここにいるはずのない彼に、私の顔に笑みが浮かぶ。
「気にしないでマーヴィン、貴方達が庇ってくれるだけで私は嬉しいわ」
私の元婚約者、この国の第一王位継承者。そして、私が暗殺しようとした……とされている人だ。
彼は、私の目の前で毒を盛られた。
幸い毒は私が魔法で解毒できたが、気づいた時には遅かった。
抱えた彼の口からは血が流れ、その返り血に染まった私のドレス。
そして響き渡る、目撃者によるわざとらしいくらい大きな悲鳴。
私が婚約者を暗殺しようとした。
すぐにそんな罪ができあがっていた。
「君がそんなことをするわけがないのに……僕の力が足りないばかりに……」
毒を盛られた彼は、回復してからも私の無実を訴えて行動を起こしてくれたのだが、現状を変えることはできなかった。
第一皇子継承者と言っても、老獪な貴族、他の王族には敵わなかったのだろう。
加害者と被害者が同時に無実を訴えても、ほぼ完璧に近い証拠品を見せられ無駄だった。減刑できただけ儲けものだ。
いや、仮にも勇者を処刑とあっては対面が悪いから、追放すら計算のうちなんだろうか?
考えても仕方ない。殺されないだけ恩の字だ。
「僕が王になったら、必ず君を迎えに行く。約束する。だから……」
「無理よ。罪人を妻にするつもり? ごめんね、私のことは忘れて幸せになって……」
「君は冤罪を着せられただけじゃないか! 本音を言うと、何もかも捨てて君について行きたいんだけど……」
「それこそダメよ。私に誘拐の罪が増えて、今度こそ死罪は免れないわ」
笑いながら言うけど、彼の表情は沈んだままだ。でも事実だろう。彼が一緒に来た場合には私は皇子誘拐の罪をさらに着せられる。
そして今度こそ……死罪になるだろう。まぁ、最大限の抵抗はするけどね。
でも、彼の国を滅ぼすのは忍びないから、やっぱり弟と逃げるだけかな。
気落ちした彼の顔を見て、少しだけ私は苦笑する。罪が確定してからも庇ってくれるのはとても嬉しいことだけど、そんな子供みたいな反応をするなんて。
私はそっと彼の頬に手を置き、私と彼の顔が近づいていくと……。
「おいおい、せめて周囲に気をつけてやれよ。曲がりなりにも罪人確定なんだろ? 見られたらヤベーだろ?」
「……せめて、ノックはして欲しいわね」
ぶっきらぼうな声と共に、部屋に次々と人が入ってくる。まったく、ムードが台無しね。
「お姉ちゃん!」
ムードは壊されたけど、その人達の中には最愛の弟の姿があった。私の唯一の肉親、誰よりも大切な宝物が。
だからムードを壊されたくらいは、許してあげようかな。
「ごめんねニール、お姉ちゃん……頑張ったんだけどこの国を出て行くことになっちゃった……」
謝罪する私の言葉に、ニールは小さく首を左右に振る。
「お姉ちゃんと一緒ならへっちゃらだよ! それにお姉ちゃんを信じなかったこんな国に未練はないよ!」
ニールの言葉に私はちょっと焦るのだけど、マーヴィンは苦笑を浮かべるだけで何も口にはしなかった。
むしろ、一緒に部屋に入ってきた人々がニールの言葉に反応する。
「本当にすまない……我々の力が足りないばかりに……」
「魔王と戦ってた時の方が……よっぽど楽でよかったですわ……」
「全員、斬り殺せれば話は早かったんだけどな。さすがにそれは無理だしな」
「ホッホッホ……。大丈夫じゃ、生きてりゃあいいことはある。追放先で成功するなんてよくある話じゃ」
「爺さん……そうかもしれねーけど、今はそういう話じゃねーでしょが」
私と一緒に魔王を倒した5人の仲間。
聖騎士のレックス
聖女のセシリー
狂剣士(自称)のトラヴィス
大魔法使いのザカライア
盗賊のヴィンス
みんな、私が冤罪を着せられた際に声を上げて庇ってくれた人達だ。
それぞれが真犯人を探したり、町の人達に冤罪を訴えたりと行動してくれた。だからこそ私は、力に訴えることはしなかった。
「みんな、ニールを連れてきてくれてありがとね」
「ホッホッホ、それくらい問題無いわい」
「なんで爺さんが胸を張って言うんだよ。最初にニール君を保護したのはセシリーの姉御でしょうが」
「ヴィンスは細かいのぉ。確かにセシリーには、その見事な胸を張って欲しいがのう」
セシリーが二人を睨みつけ、二人は同時に黙る。いつも通りなその掛け合いに、私は安心して笑ってしまう。
「みんな、今日でお別れだけど……元気でね。会えないけどみんなの幸せを……」
「別れの言葉はまだ早いぞ、流刑地までの護衛は俺等全員でやることになったからな」
トラヴィスのその言葉に、私は目を丸くする。トラヴィスは悪戯が成功した子供の様な笑顔を浮かべていた。
「何があってもお前なら返り討ちくらいできるだろうけどな、俺等がいれば国の連中も余計な手出しはしてこねーだろ」
「そっか、ありがとう」
最後の最後に、私はとても仲間に恵まれたことを実感する。
その日は夜が明けるまで……皆で一緒にこの部屋でまるで宴会のように騒いで過ごした。
罪人への扱いとしてはありえない好待遇だ。これもマーヴィンが手を回してくれたのだとか。
最後に味わう故郷の料理に泣きそうになりながらも、まるでみんなで旅をしていた頃のように私達は語り合った。
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