第3話

むかしむかし、ではなくつい先日、都内にある大きい河の河川敷で一人の少年が、辺りが夕暮れに染まるなか、ただ呆然と流れる水を見つめていました


するとそこに一人のイケメンがやってきて少年に優しく語りかけました

「そろそろ日が沈みきってしまう。早くお家へ帰った方がいいよ」


「いや大丈夫。おじいちゃんが迎えに来てくれるはずだから」


「そうか、でも私は少し心配だからおじいさんが来るまで一緒に待っていてあげよう」


「いやなんでだよ」

イケメンは少年のツッコミを意に介さないで、少年の横に座りました

少年も、まぁイケメンだしいいか、とイケメンが横に腰掛けることには何も言いませんでした


イケメンの顔が半分夕焼けにやけてなお映える様を、少年は河の代わりに眺めておりました


「邪推してしまって申し訳ないけど、君はなんだか元気が少ないようだね」


こいつなんか怪しいけどちょっと鋭いところあるんかな、と少年は驚きました

「お兄さんすごいね、なんでも分かっちゃうんだ」


「ううん、違うよ。分かってて来たんだ」


少年は何言ってるんだろう、と少し困惑しました

しかし日本語の難しさを多少理解し始める年頃でしたし、何よりこのお兄さんの言いようのない不気味さを感じ取り、何を隠しても無駄な気がして話をすることに決めました

「ずっと悩んできたことがあって」

少年はポツポツと語り始めました


イケメンは優しい表情で、時たま相槌を打ちながらその話を聞きました

「僕のお母さんが、気持ち悪いんだ。なんというか、『母親』として気持ち悪いんだよ」


「難しいことを言うね。例えばどういうところにそれを感じるんだい?」


「昔からとにかくスキンシップが多いんだ。僕が頼み事をする時なんか少し度が過ぎたスキンシップをかわりに要求してきたりする。チューをしろ、とか」


「あぁ、少し欧米のノリが入っているのかな」


「いや違うんだ。最近は減ったけど、酷い時は『大人のチュー』とか言って舌入れてきたりする」


「なんだか話の流れが変わってきたね」


見ると、少し少年は震えているようです

声も若干震えて涙声に入りかけていました

イケメンは背中に手を置いて、ゆっくりとさすってあげました

少年は深呼吸を挟んで、落ち着いてから続きを話し始めました

「この間、携帯を買って欲しいってお願いしたんだ。どうしても携帯が欲しくて」


「確かにこのご時世で携帯を持っていないのはキツいかもしれないね」


「うん。実際何度かクラス会も呼び忘れられたりしたし。そしたらさ、『ちんこを見せろ』っていうんだ。さすがに鳥肌が立つぐらい気持ちが悪かったけど、ちょっとズボン脱げば携帯買って貰えるって思って見せたんだ」


「......」


「そしたら思いのほか食い気味で見てくるんだ、僕のちんこを。怖かったけど我慢した。でもやっぱり怖いし恥ずかしいし、ズボンすぐにあげちゃったんだ。『これで携帯買ってくれる?』って聞いたら、すごい気持ち悪い表情で『今度お父さんと携帯ショップ行ってくるね』って」


イケメンは苦笑いもできません

「それで携帯を買って貰えたんだ、辛かったね。お母さん、だいぶ変わってる人だね」


「いや携帯は買って貰ってないよ」

「え、どうしてだい」


「分からないよそんなの。たまに聞くんだ。そしたら機嫌悪くなって『高い学費払って貰ってよくそんなこと言えるね。ご飯食べさせて貰ってるだけありがたいと思え』って怒鳴り散らすんだ」


「......そ、そっか。お父さんはその事に何か言わないの」


「お父さんは僕に興味薄いよ。毎日仕事で大変だから。愛情がないわけではないと思うんだけど、僕よりお母さんが好き見たい。だからこんなこと言ったらどうなるか全く分からないし怖いよ」


過干渉というより最早親の領分を超えてしまっている母親と、その真逆の父親

この子、この年齢で中々なハードモード人生だな、と負の感情が心中で渦巻くイケメン

「家出してしまった方が楽なほど辛い家な気がするな」


「でも家出なんかできないし、させてくれないよ絶対」

まぁそうだろうな、とイケメンは悲しみの先を行ってしまった少年をじっと見つめました


「おじいさんなかなか来ないね」

オレンジよりも藍色の割合が多くなった空を仰ぎながらイケメンが言いました


「うん、でも来ないかもしれないとは思ってるんだ」


「どういう意味だい」


「僕のおじいちゃん、もう死んでるんだ」


「ならどうしてここに来るなんて言ったの?」


「来るかもしれないから」


「哲学みたいだね。私には難しいな」


「僕がもっと小さい頃、おじいちゃんに電話したら、いつも車で迎えに来てくれたんだ」


「そうなんだ。おばあさんは?」


「こないだ死んじゃった。ボケてたから、もうあんまり僕が僕だって分からないくらいボケてたから、多分もう迎えに来てくれない。おじいちゃんは僕のことちゃんと覚えくれているから」


「でももう亡くなってしまったんでしょう」


「そうなんだけどさ、この間どうしても辛くておじいちゃんの番号に電話をしたんだ。そしたらおじいちゃんが出てくれてさ。迎えに来るって」


「そうなんだね。それは良かった」


「でもやっぱり来ないや。死んじゃったし」


「待って、耳を澄ましてごらん」


エンジン音と車の走行音が遠く聞こえる


「あ、おじいちゃんの車の音だ」


「良かったね、おじいちゃんちゃんと来てくれた」


「じゃあ僕そろそろ行くよ」


「うん、楽しんでおいでね」




ー今朝未明、都内の○○川河川敷で、○○区在住の中学生○○くんが遺体で発見されました。警察の調べによると死因は溺死とみられており、事故の可能性が高いとして捜査を進めておりー


「はい、ホルモン焼き定食いっちょ。やだ、まだ中学生なのに可哀想ね。親御さん辛かろうに」


「そうですね、あ、やっぱホルモン焼き美味い」


「お兄さんみたいなイケメンにうちの娘貰って欲しいわ」


「何言ってんすか。私はもうこれがいるんで」

イケメンは自慢げに小指を立てました




「ふぅ、お腹いっぱい。ご馳走様でした!」

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