第72話

どんどん暗い底へと落ちていく。

冷たい暗闇、最初は体が凍えそうになるけれど。

今はなんだか、その暗闇が心地良く感じてしまう。

自意識は次第に薄れて、夢と同化していく。

何もかも、全ての事を忘れてしまって。

このまま、眠りに付いてしまおうとした最中。


「だーりんっダメ、起きてっ!」


空から聞こえる声、上を見上げれば幼い少女の顔。

頬を叩かれて、その痛みによって俺は覚醒した。


「が、はッ!」


体を起こして前を向く。

そうだ、そうだった。

今は戦っている、神の試練、その最中だ。

周囲を見渡す。俺以外の人は全員床に伏せて眠っている。

イアネル以外は全員、だ。

イアネルだけが、目覚めていた。


「アララ、眠りニ付イタと思っタのに……醒めチャうんだ」


マータッドは驚きを隠せない様子でそう告げた。

イアネルが宙に浮きながら舌を出して挑発する。


「残ぁーん念でしたっ!だーりんは睡眠耐性付いてるのっ!ネルが何度も夢を見させてるんだからっ、ネルの力があれば、目覚めるなんてワケないのっ!」


と。そうイアネルが言った。

……ん?何度も夢を見させている?


「イアネル、それ、どういう意味」


「それよりも前ッ!敵が来るからっ!」


そう叫ばれて俺は前を向くと同時、アルターを召喚する。

〈汞の王〉ゼシルが特攻し、膝から伸ばした銀色の針を俺に突き刺そうとしていた。

アルターによる防御でその攻撃は俺に来る事は無かった。

俺が指を構えると、それに合わせてアルターが振り翳して拳を振り下ろす。

文字通りの鉄拳。しかしそれがゼシルに接触した瞬間に水銀と溶けて回避した。


「くそっ……イアネル、他の人は起こせる!?」


「ダメッ、だーりんしか睡眠耐性無いから、ネルが夢の中から起こしても目覚めないっ……けど、むんっ!」


イアネルが両手を上げて力み出す。

立ち上がる玄武さんたち、目覚めたのかと思ったが、違う。

眠っている。眠ったまま動いていた。


「いちおう、動させるには動かせる、けど、あくまでも動かすだけだから、能力は使えない、夢遊病みたいな奴だからっ!」


「そう、か……でも、これで皆を気にしないで戦える」


そう言えば……俺が一人で戦うのは、何気に初じゃないんだろうか。

厳密に言えば一人じゃないけど。

それでも、状況的には、一人で戦っていると言っても良い。


「不必要な人間は消えて、残るのは神の末裔のみね」


「ソシテ、その神の末裔すら消えてシマウ」


「その通りだよ、消えるのは……」


俺は指をさす。

伸ばした指の先に、彼ら二人が立っている。


「キミたちだけどね」


そう、俺は大きく出た。

これで負けたら恥だな。

そう考えながら、俺は神の末裔と対峙する。

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