第57話

静止した世界。

動けるのは俺と玄武さんのみ。


「たらふく煮え湯飲まされたからよぉ、今度はこっちが御馳走してやるぜ……」


全速力で剣の王へと賭け出す玄武さん。

それに合わせる様に俺もアルターを操作する。


「三秒前、行きますっ」


「腹の中のモン、全部ぶちまけやがれぇ!!」


剣の王・バルゼの腹部に玄武さんの蹴りが入る。

多少動いたバルゼの体に、アルターの鋼の拳が顔面に入り一回転しながら飛んでいく。

丁度、その位置。それが、俺がアルターに指定した場所だ。


「丁度良い、いい仕事だよ、アルター」


そして時間が流れ出す。

アルターは消え失せて、助走をつけて蹴り上げた玄武さんは転がる。

剣の王は一瞬の間を置いた、自分が一体どのような状況に陥っているのかその情報を処理する必要があったからだ。

だが……その一瞬の間こそ、剣の王の致命的な一撃を許してしまう。

思考を割断する一撃。それは、先ほど振り翳していた草陰さんの木刀が思い切り剣の王・バルゼの肩に減り込んでいく。


時間が停止した世界で、俺は草陰さんの一撃を剣の王に受けさせる為に誘導したのだ。


『が―――ァ―――!』



「一撃で終わると思うか!?」


ダンッ、と地面を踏み締める。親指の付け根が地面に減り込んで亀裂が走る。

踏ん張りが効いた状態で放たれる木刀の一打は剣の王の顔面を横薙にした。

普通の人間ならばそれだけで首が飛び散るであろう強力な一撃だ。


『ぐ、ふッ――――は、ははッ!』


剣の王は笑う。その両手に握り締める大剣を落として、背中に手を回す。


『良い気分だ。斬り合い、叩き合い、殺し合う……我は剣。斬る事こそ本望。ならば……その最期に未練など無い』


そして……剣の王・バルゼに握られるのは、なんの装飾も施されていない錆と刃毀れを起こした両刃剣だ。


『〈飾り無き剣ブレイド〉……我が剣の王として継承された時に扱った無銘の剣。我とはコレであり、コレの価値とは我である。生を受け、死ぬ時まで、我はこれと共にし、そして朽ちる』


剣の王・バルゼはその刃を構えた。

……何故だろうか、その剣が出た時、俺は不思議と、その合間に立ち入ってはならないと感じた。

それは、玄武さんも同じ様子で、踏み込み出そうとする足を必死に抑えている。


「能書きは垂れ終わったか?口が良く開く奴め……塞いでやる―――」


『参る』


「馳せて来いッ!」


そして、剣の王が駆ける。

それは子供の様に、楽しそうに、何もかもを忘れて、チャンバラの如く剣を振った。

同様に、草陰さんも剣を振う。子供を叱るかの様に、大人としての矜持を以て為になる説教を浴びせるかの様に。

そうして……鋼が散る音は無かった。

代わりに、肉が貫かれて、血が落ちる音が聞こえる。

一撃。甲冑の隙間を狙った草陰さんの刺突が剣の王の喉元を貫いた。


「これで、少しは剣士らしいだろう……いや、女子供を斬る様な輩に、剣士など烏滸がましい。誇り無く矜持無く、我がモノ顔で力を振う、守るモノも無い剣士など、ただの人斬りに他ならぬ、故に剣士の風上すら置けんな……此処に置いていけ、そのは」


そして、長い様で短い、闘争は終了した。

スマホが振動する。俺はポケットからそれを取り出して内容を確認する。

それはクエストボードだった。内容は一つだけ。


『〈剣の王〉バルゼ、討伐済』


それだけだった。

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