第55話

「玄武さん、あれ」


俺は後ろを振り返る。

其処に立つ草陰のお爺さん。

回復薬を使用したのか、傷はみるみるウチに回復していく。


「小僧やら手を貸せい」


草陰のお爺さんはそう言って木刀を軽く振るった。

その目には迷いはない。意志が通う黒い瞳となっている。


「小僧じゃねぇよ、俺は玄武だ。玄武準呉」


「遊飛幸玖です。草陰のお爺さん」


「お爺さんじゃない。ワシは、草陰若丸。現代最後の剣聖よ」


自分で言うのか、それは。

いやその実力は目にしてきた。

紛れも無い強さ、こと剣術に置いて、あの〈剣の王〉にも劣らない。


「〈剣の王〉よ、一つ聞く。何故ワシの家族を斬った?」


若丸さんは涼やか、かつ広間に響く声を発する。

剣の王は両手に握る剣を一度消して一振りの大剣を取り出した。


『剣に情はあるか?剣に意志はあるか?ない、無いのだ、そんなものは。我は剣。不折おれず不歪ゆがまず不曲まがらず、決して欠ける事の無い愚直にして垂直の剣。我はソレよ。一心不乱に剣を体現する。剣とは何ぞや?剣とは戦う力か?剣とは守る盾か?否、剣に心は無い。あるのは斬る事。剣とは斬る為に存在する。獣あれば獣を斬り、魔あれば魔を斬る。其処に神あれば神を斬り、人あれば人を斬る。ならば、我が体現する剣は斬る事のみ。切り刻み切り伏せる、唯それのみ。我が剣、斬れぬ事柄は無い。それを証明する方法はやはり斬る事のみ、そう、我は万斬、それを証明する修練の剣である』


………成程。

それが剣の王の信条か。

斬れないモノを無くすために斬り続ける。

あらゆるモノを斬る事こそが、〈剣の王〉の生き方なのだ。

単純な木材や鉄材と言ったモノは、それを斬れば後は全てを切り伏せる証明となる。

しかし、人は、違う。動くし、考えるし、力を扱う。

弱い人間が居れば強い人間が居る。

見た目ではその強弱を見定める事は難しい、だから斬って確かめなければならない。

それが剣の王・バルゼの生涯。なんて傍迷惑な信条だ。


「………ふん、そうか、そうか……」


草陰さんは目を瞑り〈剣の王〉バルゼの言葉を飲み込んでいく。

そして、草陰さんは小指を耳の奥に突っ込んで。


「話が長い。一行で申せ馬鹿者」


そう煽った。

凄まじい気迫を感じる〈剣の王〉になんと言う胆力だ。

だからだろうか、今のこの人、草陰若丸さんが〈剣の王〉に負ける様が思い浮かばない。

勝てるかも知れない。

いいや、違う……勝つんだ。勝って、生き残る。


「貴様は言葉でしか自分を表せんらしい。無様な。剣士ならば剣で語れ、痴れ者めが」


ふっ、と耳の奥に溜まった血の垢が舞って散った。

……語らせる様にしたのは草陰さんでしょうに、とは流石に言わなかった。



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