第35話

「お疲れ様です、旦那様」


車の上から降りて来て俺の事を抱き締めるクインシー。

今回のダンジョンでは彼女に同行して貰うのは止めて貰っていた。

それは、俺が〈刻獄の間〉で自分の弱さをある程度知った為だ。

彼女の能力に依存している風潮が俺にはある。

もしも彼女が居なくなった事を想定して、自分の力を上げなければならない。

彼女抜きで何処までやれるか、と言うのが俺のもう一つの目標でもある。

まあ、彼女が居なくても、チート級であるアルターを使役しているから、実際問題俺の能力は変わらないけど。


「何処も怪我はしていませんか?何か悪い物は食べていませんか?あの黒羊に何か入れ知恵をされませんでしたか?」


「何もしてねぇよ、フリーターだぞ?」


玄武さんはそうギャグを口にして白いバンに乗り込んだ。

バンの中から顔を覗いているのは、同じくお留守番をしていたイアネルだった。


「ししし」


と俺の顔を見て含み笑いを浮かべるイアネル。

一体何が可笑しいのだろうか?そう思いながらも彼女に手を挙げた。


「ダメです」


そしてその手を抑えられた。

クインシーは、イアネルの事が嫌いらしい。

多分それは、俺を好いている女性だから、だろう。


玄武さんとのダンジョン行動を許しても、彼女は未だにガチャを引く事を許してくれなかった。

俺の能力の性質上、召喚獣が沢山居ればいる程に強いのだが……嫉妬深い彼女はそれを許してくれないのだ。


「乗ろうよ、車」


そう言って俺は後部座席に座ると、クインシーがその隣に座る。

イアネルは助手席へと移って、俺と彼女の姿をおかしそうに見ていた。


「何か良い事でもあった?」


俺はイアネルにそう尋ねた。

彼女がご機嫌なのは良い事ではあるが、何か、どっきりを仕掛ける子供の様で、少しだけ怖い部分もある。


「別にぃ?ただね、早く夜にならないかなぁ~って」


そうイアネルが言った。

夜に何かあるのだろうか。夜は基本的に眠るだけなのに、眠る事が彼女には楽しい事なのだろうか。

それはありえるかも知れない。人間の三大欲求は性欲と食欲、そして睡眠欲に入る。

単純に眠る事を趣味にしているのならば、彼女が夜を楽しみにするのも合点が行く。

しかし、彼女の表情からして、それ以外の何かがあるのもまた事実だった。

だけど、それが何か分からない以上、俺は彼女が眠るのが楽しみだと思う他なかった。


「……まあ、俺も」


最近は、眠るのが楽しみになってきている事がある。

とても楽しくて気持ちが良い夢を、連日見ている為だろう。

朝になって、その夢が忘れてしまう事だけが残念な事ではあるが。

俺は彼女と同じように、眠る事が趣味なのかもしれない。

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