第28話
体がまだ熱い。
初めてのキスがまさかこれ程までに情熱的だとは思わなかった。
まだ、口の中には彼女の舌先の感覚が残っている。
俺はクインシーの方を見る。クインシーは俺の顔を見て笑みを浮かべながら舌を出していた。
その挑発的な行動は、俺に彼女を意識させる為の行為なのだろう。
「……あ、そうだ」
彼女のキスで忘れていた。
玄武さんは大丈夫なのだろうか、彼の方を向く。
動いている……のだろうか。俺は、玄武さんの元へ近づく。
「大丈夫ですか?玄武さん」
そう尋ねると、荒い呼吸だけが聞こえてくる。
良かった。出血量に比べて、まだ生きているらしい。
しかし、彼を連れてダンジョンを脱出するのは骨が折れる。
そうだ、クインシーに頼んで〈楽園の箱庭〉に入れて貰おう。
そうすれば行動する分にはあまり時間が掛からない。
ヴヴヴ、と音が聞こえ出す。
クインシーがチェーンソーを動かしていた。
何だろうか?そう思って俺は後ろを振り向いた。
その瞬間だった。カチカチと、背中の歯車が回るアルターの姿。
肉体が再生している様にも見える……いや、肉体の時間を遡らせて切断された体を再生しているのか。
「許さん、ぞ、人類、この、私を、コケにして……許しはしない、許しはァ!」
そう叫び、いの一番に俺の元へと走り出すアルター。
その速度は鈍重だ。肉体を再生している間は、他の能力が使えないんだろう。
クインシーがアルターの後ろから走って来ている。
彼女が殺し損ねたのか?いや、その焦りの表情から、確実に予想外な展開だったと伺える。
あぁ、なんだよ。折角倒したと思ったのに。
今は少しだけ、良い気分だったのに。台無しじゃないか。
「人類が、私に勝てる筈ガ無ィギがイィィィ!」
「ぎ、ひゃ、ひゃひゃひゃひゃ!!」
ダンッ、と。
この時を待つかの様に、玄武さんが動き出した。
俺の傍を通り過ぎて、握り締める雷の剣をアルターに突き刺す。
迸る稲妻がアルターを焦がしていく。最大級の電熱が、アルターを溶かしていく。
「は、がッ、や、やめろッ、わ、私を失えば、今後、世界は大きな損失を得るッ、やめ、ろ、止めてっくれ」
後ろから追撃をする様に。
クインシーのチェーンソーが確実に息の根を止めようとした。
「ダメだよ。クインシー」
けれど、俺は、自然と彼女の動きを止める様に呟いた。
その言葉に、クインシーはチェーンソーを振るうのを止める。
「………誰だって、死にたくないよね」
俺も、俺以外のみんなも。
きっと、死ぬ事は怖いと思う。
其処に居るアルターも同じだ。死だけは許容出来ないと思っている。
「だから、死ぬよりも辛い契約をあげるよ」
俺は、自然と、アルターに向けて手を伸ばした。
それは多分、俺の職業が、此処でようやく身に沁みついたから、だと思う。
で無ければこんなにも冷静にはなれないし、アルターと言う強大な敵に対して、恐れでは無く、怒りを覚えてしまうのだから。
「お前に意志は無い。ただ俺の手足として全能を振え……お前に選択肢はない」
俺が言っているワケじゃない。
彼女の手前、アルターと契約しようだなんて思わない。
これは、職業のせいだ。契約者が、コイツは使えると、強い力が手に入ると、俺の手足を動かして、口を開かせて、操っていた。
「俺に従え」
そして、……俺の能力が発揮された。
契約者。一定のダメージを与えたモンスターに交渉を行う能力。
そして、先ほどの問答は、契約者による交渉だ。
と言っても、それはもう、脅迫でしかない言葉の暴力だったが。
アルターは消滅した。彼は口には出さなかったが、俺の力になる事を心で承知したらしい。
俺は……時間を操る者〈時の歯車〉アルターを手に入れた。
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