第22話
ダンジョンのボス前の扉は機械で出来ていた。
分厚い鋼には潜水艦のドアに付属しているハンドルが付いていて、それを回すと扉の装飾の錆び付いた歯車が回り出す。
二回、三回と硬いハンドルと回していくと、カチリ、と音が鳴って、扉が鈍重ながら開き出す。
中に入る俺たちは、その部屋が淡い青白の光で満たされた、何処かアルコールの匂いが醸し出す大広間へとやって来る。
「ここが、ダンジョンの中枢……」
俺は固唾を呑んだ。
大抵、俺が相手をしていたダンジョンのボスは、あんな立派な扉など無く、下へ続く階段を下りていけば必然的に大広間に仁王立ちするモンスターだ。
しかし、其処に居る大広間は、カチカチと音を鳴らして、宙に浮く歯車がリズムを刻みながら動き出していた。
そして、遥か上空から、蜘蛛が糸を垂らして落下する様に、ふわりゆらりと、機械で固められた二メートル程の巨漢が下りてくる。
機械の体、とは表現したが、その肉体は確かに機械だ。細く伸びた四肢、逆さフラスコの様な胴体。顔面は丸みを帯びた電球の様な輪郭。
その背中には、後光の様に、あるいは十字架の様に、大きな歯車を背負っている。
しかし、それとは別に生身の肉体があった。まるで機械の体に吊るされるかの様に、機械のホースに繋がれて、鋼の肋骨に守られた長髪のやせ細った男。
触れれば崩れて壊れてしまいそうな皮膚、それは最早ミイラと言っても過言では無い。
「おいでなすったか、クソッたれのダンジョンボスが」
そう暴言を吐く玄武さん。俺はスマホを握り締めながら、玄武さんの様子を伺っていた。
「―――やあ。無知蒙昧な人類諸君」
ミイラの男が、肋骨の檻からこちらを見据えた。
既に死にかけている様な男だったが、その目だけは生気に満ち溢れていた。
死した体とのアンバランスさ。正直に言えば気味が悪い。
「また、懲りずにやって来たのかい?このまま、外へ逃げれば良いモノを」
ミイラの男はお喋りが楽しいのか、そう玄武さんを見て嘲笑う。
彼の言葉、一言一句、全てが気に入らない様子で、玄武さんは睨みを効かせる。
「お前を倒さねぇと、俺はこのダンジョンから出れねぇ、二重の意味でな」
玄武さんは、このダンジョンボスと何かしらの面識でもあるのだろうか。
明らかに、因縁らしきものを感じた。いや、それは玄武さんによる一方的なモノではあるが。
「愚かな事だ。命拾いしたのだから、その命を大切にすれば良いものを、あぁ、理解に苦しむよ。いや、そもそも、人間の感情は不完璧なモノ。やはり理解しなくても良い事か、それは」
なんだろうか。そのモンスターの言葉は神経を逆なでする効果でもあるのだろうか。
苛立ち、歯ぎしりを行い、殺意が芽生える反面。
本当に、このモンスターを倒す事が出来るのか、と言う不安がよぎってしまう。
「君は感情的だ。もっと冷静になれ、此処で死んだ人間を想い、立ち向かうなど、実に愚かな事だ。人は皆、死に怯える生物だ。なのに、その死と対面する様な行為を行うなど、賢明とは言い難い」
「そうか、ならお前は賢明じゃないな。のこのこ俺たちの前に出てきやがってよ」
そう返して、玄武さんが手を顔に添えた。
それを合図に、俺もスマホを操作し出す。
「お前さえいなけりゃ、普通のダンジョンで、俺たちは生き残れたんだ。お前が出てこなきゃ、アイツは依然と同じように俺の王様だったんだ……王無き今、道化師が狂い出す様を見せてやるよ」
そしてボタンを押す。
それが合図であるかの様に、玄武さんがアイテムを発動した。
「〈
その言葉の直後、玄武さんの頭部には、口元が三日月に裂けた仮面を装着していた。
「最後に理解すると良い、自らの愚かさを、そして嘆くが良い、自らの浅ましさを、この〈時の歯車〉アルターが教授しよう」
そうして、俺たちはダンジョンボスと対峙する。
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