第17話
「あ~ごめんねぇ~」
歯を立てた事を素直に謝るイアネル。
ペロリと、ピンク色の舌を出すと、彼女は自分の首筋を舐め始めた。
ぬるぬると、生暖かい体液が付着していく。床屋でもみあげを剃る時に泡を塗られた時の様なこそばゆさだ。
「えろ……ちゅ、んん……これでもう大丈夫だよ~」
耳元で囁かれる声。
そして離れるイアネル。俺は不意に自分の首に手を添えた。
……彼女の唾液が自分の手に付着する。
しかし、歯を立てられた筈の場所には、痛みや傷は無かった。
「ネルの唾液は麻酔とか、軽い傷口を治す特性があるんだぁ~」
と、そうイアネルは言う。
成程、軽い切り傷程度ならば、彼女にお願いすれば塞がるのだろう。
便利な特性だ。しかし、重要なのは其処じゃない。
「……正直に言うけど、あの、イアネル。キミはどれ程強いんだ?」
そう、このダンジョンでは掠り傷など無傷に等しい。
下手をすれば彼女の特性ですら治せない程の傷を負う可能性もあるのだ。
イアネルは宙に浮きながらうーんと考える素振りをする。
そして彼女の赤い瞳は、遠方へと向けられていて、目を凝らすと、彼女は「あちゃぁ~」と間の抜けた声を漏らした。
「あのね、兄に。暗くて見えないと思うけどね、前方、モンスター来てるよ?」
え?それは本当か?だったら、やばい。早く此処から逃げないと。
そう思って、俺は強く地面を蹴った。その瞬間、俺は二メートル程跳躍していた。
「え!?」
驚き、地面に着地するが、バランスが取れずに転がってしまう。
浮遊するイアネルが近づいて俺の様子を心配してくれた。
「大丈夫ぅ~?兄に。怪我してない~?」
「う、うん。けど、なんだ、これは……」
驚きを隠せない俺に、イアネルはふっふっふ、と含み笑いをする。
まさか、これがイアネルの能力なのか?
「〈
そして能力名を口にすると同時に、俺のスマホが振動する。
それを見る時間は無いが、少し確認するつもりで、俺はスマホを見た。
『〈
『破壊E~A 速度E~A 耐久E~A 維持E~A 規模E』
『効果・対象に血液を供給・吸血行為をする事で対象の能力値を上昇・下降する事が出来る』
『〈
『魔界十大魔王の一角、〈吸血公〉ルオキアの娘。
吸血鬼と淫魔のハーフとして生まれ落ちた淑女。
二つの種族によって血と夢を司る特性を持つ。
彼女に何かあれば、血族に報せが届き、娘に悪戯をした不届き者を魔王が処刑を下す様になっている』
あ、やっぱり、ご丁寧にテキストも載っている。
しかし、彼女の能力は対象の能力を底上げするのか
だから俺の逃げ足は、こんなにも早くなったのか。
……待てよ。この能力があれば。
「……相手を倒す事も可能なんじゃないのか?」
と、よせばいいのに、そんな思考が巡ってしまう。
今もなお迫り来る敵に向けて、俺は握り拳を固めて相手の姿を捉えるまで待った。
そして、その姿が露見した時。俺は最初、廃棄物かと思ってしまった。
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