第13話

「大変な事になりましたね」


クインシーがそう言ってぱちぱちと焚火に薪を付け足していく。

楽園の箱庭ミニチュア・ガーデン〉は殺風景な土地だったが、今では簡素な小屋と焚火をする場所が出来ていた。


「うん。しかも、あの覆面男、中々冴えたやり方をしてくるよ、多分、一週間程は彼に手を出さないんじゃないかな」


アプリ〈神に至る挑戦〉。

あの覆面男と一対一の殺し合いをする事が出来るアプリ。

例え強力なアイテムを手に入れたとしても、覆面男と戦う勇気が必要だ。

何故ならば、覆面男が万が一勝てば、その分強力なアイテムを引き継がれてしまう。

そしてそれを考えてしまえば、もう迂闊に手を出せない。

だってもし負けてしまえば死んでしまうどころか覆面男の戦力を強化してしまった事を咎められる、所謂、戦犯としての扱いを受けてしまう。

そうなれば自分はおろか、周囲の人間のバッシングを受けてしまうだろう。

だから〈神に至る挑戦〉を行おうとするモノは殆ど居ないと考えるのが妥当だ。

つまり、手を出す事が難しいのだ、あの覆面男には。


「…………けど」


もしも倒すのだとしたら今しかない。

だって、アビリティと武装甲の二つしか無いのだから。

彼の能力を引き継ぐ能力のメリットは勝てば勝つ程強くなるのだとしたら。

そのデメリットは能力が割れやすい事、そして、序盤は極端に弱いと言う事。

だから、俺みたいに特殊な職業とクインシーが居る状態で戦えば、勝率はかなり高い。


「ダメです旦那様」


焚火を見ながら呆然とする俺に、背後から抱き着いてくるクインシー。

彼女の柔らかな胸が俺の後頭部を包み込んで甘い香りが鼻孔を擽った。


「良いではありませんか。こんな混沌とした世界のままでも。神にならずとも、旦那様は私が崇めます。神としての旦那様にこの御身を捧げます。ですから、危険な行いはするべきではありません」


危険な行い。

万が一、神を殺せなかった場合、その事をクインシーは考えている。


「……大丈夫、俺は別に、倒そうなんて考えてないよ」


今は、まだ。

もしも、やるのだとすれば。

徹底的に強化しなければならない。

クエストボードを確認する。

覆面男が言うのならば、かなり強力なモンスターである事は間違いない。

しかし、その報酬はとても魅力的だ。

〈虹色確定ガチャチケット〉。

一度は挑戦してみるのも手ではあるが……しかし、クインシーは許してくれないだろうな。


「さあ、どうぞ旦那様、あーん」


焚火の傍で温めていた缶詰を開けて、クインシーが鯖の肉を俺に向ける。

潰れたコンビニで手に入れた缶詰だけど、お金を払ってないから少しだけ罪悪感を感じていた。


「あー……む……あのさ、こうして食べさせるの、やめない?」


俺の食事の方法は専らクインシーから食べさせてもらう事だけだった。

彼女にとって餌付けをする様な真似が至福の時間であるらしく、彼女が嬉しいのならばこのまま続けても良かったけれど、流石に毎日口に運ばされるのは歯痒い。

もっと自分のペースで料理を食べたいと思ったのだが。


「旦那様、私のやり方が気に食わないのですか?私は旦那様の為にやっていると言うのに、一体何がダメなのですか?もしや……別に女が居るのですか?だからそうやって私を拒否するのですか?」


「あ、次は豚肉の缶詰の方が食べたいな」


「はい!どうぞ、旦那様、あーん」


彼女の圧が凄い。

止めて欲しいと言ったら浮気でもしているのかと疑われてしまうのだ。

だから、彼女の思うがままに、俺は玩具の様に振り回される。

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