第12話
そして配信画面は別の空間に切り替わる。
其処は更地だった。緑色の空に、焦げ茶色の苔が生え揃う大地だ。
其処に、黒スーツを着込み、だらしなくシャツをはみ出した神の皮覆面を被る男。
そしてもう一人、先ほどの覆面男に噛み付いていた男性だった。
画面からでは分からなかったが、かなり身長が高い。
百八十センチメートルはあっただろうか、明らかに覆面男よりも高身長だった。
『あー、聞こえるかー?此処が俺と戦う為の聖戦だ。見た目は地味だがどれ程フィールドが破壊されても即座に再生する。おまけにこの空間は地球よりも広いらしいからよ、どんな野郎でも全力で戦えるってワケだ』
そう覆面男が軽々と情報を口にしていく。
白髪の男性は髪をかき上げて、シャツの袖のボタンを外して腕まくりをする。
『開始の合図は居るか?俺はどっちでも良いけどよ』
首を回したり、手首を回したり、柔軟体操を行う。
神様なのに、何処か人間臭い行動をしつつあった。
『〈
白髪の男性がそう名前を口にした。
それが能力発動の合図なのだろう。瞬時に彼の腕には、両手で扱うには大き過ぎる斧を握り締めた。
『お、来るか?』
ふんッ、と白髪の男性は力を込めて、その斧を持ち上げる。
軽車両よりも重たそうな斧を、両手で振り上げると、地面に向けて斧を振り下ろす。
地響きが、画面越しから伝わってくる程に、地面を割断して砂嵐が覆面男を吹き飛ばした。
『ぐびあッ!』
間の抜けた悲鳴を上げて宙を舞う覆面男は四つん這いになって着地をする。
一瞬、地面に視線を向けていた為に、白髪の男性が近づいてくるのが見えなかった。
いや、それは目が離せなかった俺でも見失ってしまう程の速さだった。
あんな大きな斧を持っていて、何処にそんな力を宿しているのだろうか。
既に振り翳そうとしている状態、その時点で接近されている事に気が付いた覆面男は顔を上げて回避する耐性に入る。
『ふ、んあァあ!ッ!!』
だが遅い。
回避行動は彼の四肢を捥いだ。逃げ遅れた右腕が斧の軌跡に入り、見事に切断してしまったのだ。
それは斬る、と言うよりも、叩き潰す、と言う感覚に近い。
肩から先を失った断面はぐちゃぐちゃで、仮に縫い合わせてもくっつく事は無いだろう。
『ぎゃ、あがッぎゃ、ひがぁああああああああッ!!』
そう、腕を抑えて神は声を荒げた。
苦痛の声。
聴くに耐えない声だが、しかし最後まで聞く事は無かった。
「クインシー?」
咄嗟に俺の耳を抑えて、その声を遮断してくれるクインシー。
気配りが出来る良い人だ。情緒不安定で無ければより良いのに。
『ぎ、ひ、ひひ……あぁ、アンタ、なるほど、アビリティ持ってんのかッ、その武器と合わせて、大方、金色のレアリティって所か!?両方ともッ』
視聴者に合わせて字幕が出てくる。これで会話が聞こえなくても内容が理解出来る。
多分今日一番、要らぬ世話だと思う。
『はぁッ、はあッ!!』
息を荒げながら斧を振り下ろす白髪の男性。
荒い攻撃動作は、手負いの覆面男ですら簡単に回避が出来る。
そしてそのまま懐に入り、覆面男の渾身の蹴りがさく裂した。
『ぃッ!?なんだテメー!!この腹はよぉ!!硬ッてー!!鋼みてぇじゃねえかー!!』
その声と白髪の男性が動じない様子を見る限り、その体は鋼鉄の様な硬度を保っているらしい。
数歩離れて再び構える覆面男。息を整えて再び攻撃の準備に迫る白髪の男性。
そして始まる攻防。いや攻避、と言った所か。
白髪の男性が斧を振り回して、覆面男が離れて回避する。それが続いて、白髪の男性が隙を突いた時に覆面男が攻撃を仕掛ける。これを何度も何度も繰り返した。
それが数十分も続く。傍から見れば泥仕合だが、しかし俺は、その戦いに疑問しかなかった。
「……なんであの覆面の男は、能力を使わないんだ?」
俺からみれば異様な光景だ。
だって、あの覆面の男は神様だ。
なら全知全能である筈だろうに。
火を吐いたり重力を操ったり因果を歪めたり世界を変えたり出来る筈なのに。
確かにあの覆面の男は、神としての能力はまだ使い切れていないと言っていた。
それでも、この世界がファンタジー世界になった様にある程度の権能を持っているのは自然だと思うのだが。
しかし、それを使っている様子はまるでない。
これでは、まるで。
「人間みたいだ……」
なんの能力も持たない人間。
俺はそう思った。そして、ふと一瞬の間を置いてこの戦いに終着点が見え始める。
振り翳した斧を回避して残した腕を伸ばす覆面男。
しかし何度も何度も同じ動きをしていたためか、白髪の男性はその行動を予測していた様子で、斧を手放して、片腕で覆面男の体を薙いだ。
白髪の男性の体は異形に満ちている。筋肉が膨張して、骨格が変貌し、大きくなっていた。
先程振った腕は細く長く、ショベルカーのアームの様になっている。
その攻撃を受けて地面に擦れる覆面男、はぁはぁ、と息を吐きながら立ち上がるが、その姿は車に轢かれた人の様に重傷だった。
『待ってろ……園子さん、武夫ッ、今、生き返らせるからなッ!』
勝負を決めに掛かる白髪の男性。圧倒的不利の状況、確実にその一撃で覆面男は死ぬと確信させる。
しかし、何故だろうか。どれ程の重傷であろうとも、俺は、あの覆面男が負ける様を想像する事が出来なかった。
『はッ…はっ……すぅ、……はぁ……あぁ、アンタの負けだよ』
残された片手には、あるものが握られていた。
それは、誰もが見た事あるもので、その手に握られているモノは、スマホだった。
それを見た白髪の男性がはっと息をのむ。
そして自らの胸ポケットに手を添えるが、其処にある筈のスマホが無かった。
『体を強くするアビリティか?それ、中々強いな。死に掛けたわ、いや、ガチでシビれた。けどよ、覚えてるか?俺がこの世界に足したルールをよ』
ルール。
それを聞いて蒼褪める。
あぁ、そうだ。
『スマホが破損した場合、その時点で連動しているプレイヤーを死亡状態にする』
つまり、それがどういう意味を成すか。
手に握るスマホを離す覆面男。自分のスマホを気にする事無く、覆面男に一矢報いようと斧を振り下ろす白髪の男性。
地面に衝突するスマホに追い打ちをかけるが如く、覆面男の足の裏が、スマホを踏み潰した。それで終わりだった。
『が、はッ!』
心臓を抑えて、急激に縮んでいく白髪の男性。
そのまま倒れこんで、二度、三度の痙攣をしたうちに、動かなくなった。
死んでしまったらしい。
覆面男は、自分の尻ポケットからスマホを抜いて、そのまま地面に尻餅を付いた。
息を荒くしながら、スマホを操作する覆面男。
『こ、れか………』
片手でボタンを押すと。覆面男の体は途端に再生していく。
傷も段々と無くなって、千切れた腕すら生えてくる。
そしてなんと、彼の敗れたスーツですら治っていった。
『……成程、〈
スマホの情報を確認しながら、そして更に覆面男はスマホのボタンを押すと。
『〈
先程、白髪の男性が扱っていた斧が、覆面男の手に出現した。
それを軽く振って動作を確認する覆面男は満足そうな様子で、カメラに顔を向けて近づいてくる。
『………あー、今、これは見た限りで、大体予想した奴も居ると思うだろう』
そして、覆面男はある告白を行った。
『俺は神みてーだが。その能力は人間だ。人間の様な神と言っても良い』
やはり。
神は固有の能力を持っていなかったみたいだ。
そして神は更に後付けて言う。
『そんで後出しだが……俺は、俺が勝った相手の全ての権利を扱う事が出来る。つまり俺が勝てば勝つ程に俺は強くなっていく。チート染みているが、案外そうでもねーよ。お前らが今の俺よりも強くなれば、俺が負ける確率が高くなるからな』
はぁ、と息を吐いて。
首を回す、そんでスマホを確認して再び此方に画面を向けた。
『この〈神に至る挑戦〉は俺は消さねー。だからいつでも相手になってやる。いついかなる時でも、俺はお前らの挑戦を待ってるゼッ!』
親指を立てて覆面男は言う。
そして片手で弄るスマホを操作して親指でボタンを押した。
『ある種、エキジビションマッチみたいになっちまったがよー。この戦いを以て……クエストボードに書かれているクエストモンスターを開放させてもらうわ』
その言葉と共に、ゴゴゴ、と地面が振動していく。
再び、この大地によからぬモノが出現する合図だった。
『そんなワケで、以上、神からでしたー、次のクエストは一週間後、楽しみに待っとけよっ!』
そして配信が終了した……全然楽しみに待てないんだけど。
取り合えず、俺たちは〈楽園の箱庭〉へ移動して待機する事にした。
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