第11話

ワイプに移るのは五十代程の男性だった。

髪は白く薄毛で、頬にうっすらとシミが出来ている。

目尻に出来た皺、黒縁の眼鏡を装着しているおじさんは、自分の顔が画面に出ている事に一瞬だけ目を丸くしたが、すぐに怒りの形相となって唇を震わせた。


『お前だろ、散々俺に向けて怒鳴ってたのはよー。言いたいことがあるなら面を向かって言えよこの野郎』


覆面男の方は酷くご立腹の様子だった。その凄みだけで並大抵の人は黙ってしまいそうだが、そのおじさんは違った。


『言いたい事だと?あるに決まってるッ、お前、自分が何をしているのか分かっているのか!!お前が、こんな滅茶苦茶な世界にしたから、多くの死人が出ているんだぞ!!』


おじさんの怒りは、このファンタジーな世界になってから多くのモノを失った人たちの代弁みたいだった。


『家は潰れたッ、集めていたワインも割れてしまった、いや、それは良い……こんな世界になって、うちの家族は死んでしまったッ!携帯電話も使えないから、助けを呼ぶ事も、死んだ家族に墓を建てる事も出来なかった、供養すら出来なかった!!こんな世界に、お前が変えてしまったせいだッ!どう責任を取るんだ、いや、責任を取れ!神様なんだろうが、私の、死んでしまった家族を生き返らせろッ!』


それは殆どの人が共感出来る様な言葉だ。

俺も、お母さんが生きていれば、と思う事が多々あった。

覆面の男はゆっくりと首を縦に振って、そうかそうかと頷き出す。


『あー、まあ。気持ちは分かるわ、ゴシュウショウサマ。俺もさぁ、そうしたいのは山々なんだけどよ。神様になってから俺もうまく使えねぇんだよなぁ』


『な、ふ、ふざけるなッ!なら、何故こんな滅茶苦茶にしたんだっ!!使いこなせないのなら、使わなければ良かったじゃないか!!』


確かに。

しかし、あの覆面男の話を聞くに、神としての能力は、不完全であるらしい。


『そりゃ無理な話だ。俺だって神をぶっ殺した後はこれで世界は俺のモンだって思ったのによー、いざ蓋を開けてみりゃ神様しか分からないプログラムになってやがんだぜ?そのプログラム解読するのに苦労してよー。だから解読する為に色々弄っちまったんだよ。そのお陰で日本以外の国は全部消滅しちまったしなー』


………は?

え、ちょっと、この男、今、なんて言ったんだ?


『消した、消したのか?!日本以外を、な、なんて神だ、この自己中野郎ッ!ふざけやがって!』


『消したって言っても土地だけだ。人間が作った建築物とか命そのものは俺がどうこう出来る事じゃねぇ。まあ、今頃海の底にでもいるんじゃねぇの?』


最低な発言だ。

おじさんは、我慢の限界だった様子で、眼鏡を外して、鬼の形相だった。

何かを口にしようとして、どの様な言葉を発するのか、誰もが見守る。

そして、おじさんが口から洩れた言葉は、温厚そうなおじさんには似合わない言葉で。


『こ、ろ、ころ、ッ殺してやるッ』


口悪く。おじさんはそう叫んだ。

殺意が漏れ過ぎておじさんの目から怒りの涙が流れ出す。

その言葉に、軽薄そうだった覆面男は、握り拳を固めて、それをテーブルにたたきつけた。

どん、と音がなる。思わず俺は、喉を鳴らしてしまった。


『あ?今なんつった?殺してやる?俺を殺すって言ったか?』


それは画面越しから分かる凄みだ。

このまま、神様が画面越しからおじさんを指を振って殺してしまう想像が脳裏に過る。

おじさんも、唾を飲み込んで冷や汗を搔いていた。

殺される。誰もがそう思った時だった。


『良く言ったおっさん、俺を殺すか?ならその覚悟を買ってやる。本当に殺す気があるのならよ』


そして、スマホが振動する。

新たなアプリが解放されていた。

〈神に至る挑戦〉?そんな名前のアプリだった。


『この国、全員のスマホにインストールさせてやった。それを押して〈404〉の数字を入力しろ。そうすりゃ。俺と一対一サシ殺し合いタイマンが出来る』


殺し合い?何故そんな事を?

覆面男は神様だ。人間が神様に勝てる筈が無い。

……いや、思い出せ。普通の人間なら勝機は無い。しかしクインシーの〈花嫁の処刑鋸ブライダル・チェーンソー〉がある様に、神を殺す事が出来る武器があるかも知れない。

ならば、この場合、不利になるのは神様かも知れない。

だから、何故その様な展開に持ち込んだのだろうか。


『おっさん。俺を殺したいんだろ?なら来いよ。相手になってやる。そんで良い事を教えてやる。俺を殺せば、次の神は神を殺した奴になる。おっさん、お前が俺を殺して神になれば、家族を生き返らせる事も出来るかも知れないぞ?』


その言葉で、おじさんは決意を固めた様子だった。

覆面男は配信を続けている。ワイプに移るおじさんはスマホに入力をして、耳に当てていた。

それが合図であるかの様に。覆面男と、おじさんがその場から消え失せた。





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