第23話 つながれた手は



 俺たちを見つめるその子の目には涙が溜まっているようだ。

 野上は俺に向けひとつ頷くと、ふわりと腰を上げ女の子の前で脚を折り畳む。

 

「どうしたの? 迷子になっちゃったかな」


 目線を合わせながら優しく問いかける野上。するとその子はちいさく首を横に振った。


「ゆいな、ちょーちょさんをおいかけてたの。そしたらママがいなくなっちゃった……」


「ゆいなちゃんっていうんだ。お名前言えてえらいね。大丈夫っ、お姉ちゃんたちが一緒に探してあげる。だからもう泣かないで」


 野上はそう言うとゆいなの頭を優しく撫でた。すると不思議なもので彼女の涙はすっと引いてしまう。


 そんななか、俺も遅ばせながら立ち上がると、ゆいなの両脇に手をかけひょいと持ち上げてやる。


「ふぁぁ、たかぁい!」


 恐がられたらすぐにやめようかと思っていたが、どうやら好評だったらしい。俺はそのままひょいと肩車をした。


「高い方が遠くまで見えるだろ」


「うんっ! みえる!」


 先程の泣きそうな面はどこへやら。頭上のゆいなは元気いっぱい大はしゃぎだ。


「よし、じゃあこのままお母さんを探しに行こうぜ」


 「おー!」と俺たち三人は拳を振り上げる。


「ね、ゆいなちゃんは今何歳?」


 野上が俺の頭上にいる彼女へにこっと微笑みかける。

 対するゆいなは「よんさい!」と元気よく答え、次いでいちにさんと指を折り畳みなにやら数字を数え始めた。


「んーと。つぎがごさいで、ゆいな、おねえちゃんになるんだって。ママがそういってた」


「そっか。じゃあお母さんのお腹には弟くんか妹ちゃんがいるんだ」


 そんな和やかな雰囲気のなか、俺は顎に手をやり考える。

 こいつの話が本当なら蝶々を追いかけてたってことだが。なら、元いた場所からそれほど離れてはいないはず。


 ただ、下手に動いて親御さんから遠ざけちまうのは不味い。

 なにかヒントはないものかと探すなか、ふとゆいなの服や靴に砂の付着がないことに気付く。


「なぁ、ゆいなはこの辺りに住んでんのか?」


「ううん。でんしゃにのったよ。あとばすもっ」


 ってことは観光で来た可能性が高いよな。で、砂浜とは別の区角となれば……。


「野上。あっちのほう、たしか土産屋とか並んでたろ? 行ってみないか」


 スマホで確認すると五分足らずで該当の通りまで着きそうだ。

 親御さんだって今頃探してるはずだし、上手くいきゃすぐに会えるかもしれない。


 そして俺の提案に野上も頷き三人で歩き始め。

 突然ゆいなに髪を引っ張られた俺は「ん?」と彼女を見上げた。


「ねぇねぇ。おにいちゃんとおねえちゃんはなかよし?」


「ああ、仲良しだぜ。なぁ野上」


「うん。わたしたち、すっごく仲良しだよ」


「ゆいなもね、あさひくんとなかよしなんだよ? だからいつもおててをつないでるの」


 と、ゆいなは俺たちの手元に視線を落とし首を傾げる。


「どーしておねえちゃんたちはおてて、つないでないの? なかよしさんじゃないの?」


「え……。んー」


 一瞬考える野上だったが、ちょんと俺に寄り添うとそっと手を握ってきた。


「(少しだけだと思うから)」


 次いでこそっと耳打ちし、申し訳なさそうに片目を瞑る野上。

 たしかにゆいなの機嫌を損ね、親探しどころじゃなくなるのも不味い、か。まあ野上がいいならと、俺も目で合図する。


 周りの人たちが見たら、今の俺たちは子連れの若い夫婦などと見えたりするのだろうか。

 そんなことを考えていると、またゆいなが口を開く。


「ねぇねぇ。おにいちゃんとおねえちゃんはちゅーするの?」


 今度はいきなりド直球な質問をぶち込まれ、俺と野上は互いに目を丸くした。

 少なくとも俺がガキの頃にはこんなマセたことは思いつかなかったが、まあ女の子は発達が早いっていうしな……。


「なんで急にそんなこと聞くんだよ!?」


「だって。さっきちゅーしようとしてたでしょ?」


「いや、あれはそうじゃなくてだな。なぁ」


「う、うん……」


 なんで赤くなってんだよ。


 と、直後、ゆいなは「あっ!」と嬉しそうに声を張り挙げる。

 そしてまた俺の髪の毛をぐいぐいと引っ張りながら「おりるおりる」とジタバタ暴れ無理やり腰を曲げさせると、ひょいと軽やかに飛び降りてしまった。


 そして彼女が駆けてゆく先にもちろん、


 「ゆいな!」と、安堵の声を上げる母親の姿があった。

 なるほど、ゆいなの言う通りお腹にはきっと赤ん坊がいるんだろう。




 その後、母親から散々感謝を述べられた俺たちは手を振り去ってゆくゆいなと母親の背を眺めていた。

 今度こそ離れないようにと、彼女たちの手はしっかり握られているようだ。


「無事に見つかって良かったな」


「うん。ほんとに良かった……」


 彼女らの背中を見送る中、野上は何か言いたげに目線を投げてきて、おれも目の動きだけで「ん?」と彼女に聞き返す。


「最近ね、お母さんとよく話すようになったの」


「マジで。良かったじゃねぇか」


「うん」


 ひとつ頷くと野上は続ける。


「少し前まではね、もうわたしに興味がなくなったんじゃないかって、そう思ってたの。でもそうじゃなかった。ただわたしがお母さんから逃げてただけなんだって気付いたんだ」


「野上……」


「全部生田君のおかげだよ?」


 野上がにこっと微笑んでくるも理解出来ず俺は首を傾げる。

 

「俺のって、なんでだよ?」


「なんでもっ。あ、そういえば。生田君はさっき、なにを言おうとしてたの?」


「えっ? あぁ。さっきな」


 それに関しては正直、完全にタイミングを逸した感があった。


「まあ、別に急いでねぇしまた言うよ。つーか、野上も何か言おうとしてなかったか?」


「ん、うん……」


 言いにくいことなのだろうか。一瞬野上の顔が少しだけ曇ったような気がした。


「わたしも……。あとで話そう、かな」


 そう言うと、野上はちらと手元に視線を落とし。

 そういえばまだ手をつないだままだったことに気付く。


「手、思ったより大きくて驚いちゃった。やっぱり男の子だね」


「そうか?」


 逆に野上の手はか細く、そして温かい。


「ねぇ、このまま駅まで歩かない?」


「俺はいいけど。でも、歩いたら結構遠いぜ?」


 きっと二十分はかかるはずだ。そう思い問いかけるも野上は歩きたいと言った。


 その後、俺たちは手をつないだまま、時間を惜しむかのように駅まで歩いた。






 なんだかんだで結構遅くなり、俺は野上を家に送り届けることにする。


 そんななか、あとで話すと言った野上の話はまだ聞かぬままだった。


「腹減っただろ。どっかで飯でも食うか」


「そうだね。でも時間も遅いし……」


 と、なれば選択肢は限られるだろう。

 お決まりはラーメンかファストフードだが、今日ばかりはさすがにファストフードか。


 その後、駅前で食事を済ませたあと、野上が家の近くで少しだけ話をしたいと言い、俺たちはとある小さな公園へ向かうことにした。


 公園に到着するまでの間、他愛のない話題で時間をやり過ごす。


 その間も肝心の話は出なくて、道中で話さないことが何よりも野上の話す内容の重さを物語っているように思えた。




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