第22話 素直に


 待ち合わせ場所を駅の改札の中にしといて正解だった。

 それが到着し、俺がまず始めに思ったことだ。


 すらりと伸びる綺麗な脚を惜しげもなく晒しながら、白地のワンピースにデニムのジャケットを羽織りひとり佇む野上。


 それはまさに清楚可憐という言葉がぴったりと当てはまるものだった。


 加えて、いつもよりしっかりとメイクをしているせいもあるのだろう、まるで大学生かと思うほど大人びた美しさを漂わせながらも、なのに可愛らしさまで同居しており、そこらの芸能人なんて比じゃないくらいの存在感を放っている。

 

 そんな彼女を冗談抜きで道行く男のほとんどがちら見して通り過ぎてゆくなか、俺を見つけた野上は無防備な笑顔を携えちいさく手を振ってきて、一方の俺は慣れない衆目に居心地の悪さを覚えながら彼女へと歩み寄った。

 


――「友達のままでいいのかよ」


 

 この前植草にぶつけられた言葉。

 そして今日に至るまで俺が何度も反芻した言葉だ。


 俺の中でその問いに対する結論はもう導き出していて。

 それはもし野上が望んでくれるなら関係を前に進めたい、というものだった。


 とはいえ不器用な俺がごちゃごちゃと策を練ったところで上手くいくはずもない。

 だから植草のアドバイス通り、素直に思ったことを伝えるのが今日のコンセプトだ。


 俺はいつも通り軽く挨拶を済ませ「じゃあ行こうぜ」と歩き始めたのだが、その時、野上がなにやら物欲し気な顔をしていることに気付き立ち止まる。


「どうかしたのか」


「ん……。わたし、今日は頑張ってみたと思うん、だけど。変じゃないかな?」


 その口調は恐る恐る様子を窺うといった感じで、伏し目がちにちろと視線を投げてくる野上。そんな彼女に俺は即答する。


「どうって、変なわけねぇだろ? めっちゃ可愛いに決まってるじゃねぇか」


「か、かわっ!? え、生田君……いまなんて」


 今日のコンセプト通り、俺は浮かんだ言葉を素直に弾き出したのだが、一方の野上は目をぱちくりとさせ、まるで聞き間違えかとばかりに聞き直してくる。


「だからすげぇ可愛いって言ったんだよ。っつうか実は俺、さっきからお前が可愛い過ぎて直視出来ねぇくら——」


 と、言ってる途中で今度はぽかんと口を開け、野上は握っていたトートバッグをぽすっと地面に落としてしまう。


「おい、大丈夫か? その顔、熱でもあるんじゃねぇのか?」


「えっ!? あっ、だだ、大丈夫っ! 大丈夫、だから……」


 なぜか野上は顔を真っ赤にしながら慌ててバッグを拾いあげた。


 正直、言ってる俺は自分がキザに思えて大概気持ち悪かったのだが、もしかしたら野上も同じだったのかもしれない。

 






 最寄駅から二回の乗り継ぎを経た俺たちは最後の快速に乗り換える。

 その後はもう一時間半ほど乗りっぱなしだ。


 たしか友人関係のパーソナルスペースは四十五センチが最短などというが、二列シートで隣合わせに座る俺たちの距離は優に二十センチを切っていて。

 そんな中、三十分ほど経ったところで野上はウトウトとし始め、ほどなくして窓際に座る俺にもたれ掛かると肩に頭を預け眠ってしまった。


 正直、いい匂いもするし気恥ずかしさとむず痒さで堪らなかったが、こいつのことだから朝早く起きて弁当でも作ってくれたんだろう。

 そう思い寝かせてやることにする。


 それにしても……なんつー可愛い寝顔してんだよ。

 長い睫毛にすっと通った鼻筋、それに……柔らかそうな唇。


 あの時の俺、マジで尊敬するわ。よくこいつにキスなんてしたもんだ。

 今となっては心からそう思う。


 と、首を傾げる。


 いや、違うか。逆にあの時だから出来たんだ。

 あの時はこいつを助けたい一心だったし、俺だってまるで冷静じゃなかった。それになにより野上のことをよく知らなかったから。


 その後こいつのことを深く知っていくごとに好きって感情を押し殺し、仲間として助けてやらなきゃっていうある種責任感のほうが強くなり過ぎて……。

 とはいえ、危ない場面もあるにはあったけど(風呂場の時はかなりやばかった)。


 そういう意味で志賀の一件が終わった今、ここまでなんの障害もないシチュエーションは初めてなのかもしれない。


 だからきっと俺はこんなにもドキドキしてるんだろう。





 そして長旅の末、遂に目的の駅へと降り立った俺たち。


 さすがは観光地と言ったところか。

 まだ夏にはほど遠く、加えて平日の中日にも関わらず、大学生らしきカップルを中心にまずまずの観光客で賑わいを見せていた。


 そしてバスで移動することまた数分。


 快晴も相まって、眼前に広がるその壮観な景色に感嘆の声が溢れ出る。

 それはわざわざ足を伸ばしてここまで来た甲斐があったと。そう思えるほどの光景だった。


「ほら、生田君も早くっ」


 こっちこっちと俺に向け手招きをすると野上はスカートを揺らしスニーカーのまま砂浜へと駆けてゆく。快晴の砂浜に照らされ珍しくはしゃぐ彼女は今までのどんな姿よりも魅力的に映った。 


 そんななか、野上は浜辺で脱ぎ捨てた靴を手に持ちぴちょんとつま先から浅瀬に足を浸ける。


「おい、ガラスとか落ちてたら危ねぇし気をつけろよ」


「ふふ、生田くんってたまにわたしの保護者みたいだよね? 大丈夫、それより生田君も見てばかりいないで一緒に入ろうよ」


「いや、俺はいいって」


 一度はそう断るも、直後野上に頬を膨らまされた俺はやむなく靴を脱ぎ膝上までズボンを捲り上げると海面に足を潜らせる。


つめて。やっぱまだ時期が早ぇよ。って、お前……なにして!?」


 なぜか野上は腰を折り曲げながら両手を水面に潜らせていた。

 そして珍しくにやりと悪戯っぽい表情を見せたかと思うと何を思ったのか「えいっ」と俺に水を浴びせてくる。


 それは思った以上の水量で、俺はバシャッと飛び退きながら咄嗟にかわした。


「お前なっ、服にかかったらどうすんだよ」


「一度やってみたかったの。ねぇ、生田君もかけてきていいよ。よく見るでしょ、このシチュエーション」


「どの口が言ってんだよ、駄目に決まってんだろ」


「えー、どうして?」


 まるで理解出来ないとばかりに首を傾げる野上。

 一方の俺は想像しかぁと顔が熱くなる。


「いや、お前自分の服見てみろよ。ジャケット羽織ってるとはいえ、基本は白のワンピースなんだ。もし濡れでもしたら中が透けちまうじゃねぇかよ」


「そんなの誰も見ないよ。周りに人もいないし」


「いや、俺がいるだろ」


 自分を指差し言ってやる。すると野上はむーと少しだけ考え込み、


「つまり、生田君は見たいってこと?」


 そう言ってまるで試すかのような視線を投げかけてくる。


「バカか、なんでそうなんだよ」


 本心はもちろん見たいに決まってる。

 が、そこまで素直になるのはさすがにちょっと違うのだろう。


 



 その後、俺たちは海岸沿いで腰を下ろし遅めの昼食を摂ることにした。


 想像通り野上は手の込んだクラブサンドを準備してくれていて、相変わらずの完成度に俺は舌鼓を打ちまくる。


 そんな中、柔らかな海風が野上の長い髪を揺らし、彼女は白く綺麗な指で髪を耳に掛けた。

 その仕草を見た俺の心臓はぎゅっと締め付けられる。



 俺は——やっぱこいつのことが好きだ。



 無性にそんな感情が湧き上がってきて。

 だから今なら、心から言えそうな気がした。


 それで野上がどんな反応を見せようが、それはまた別の話だと、そう思えた。

 

 そう。今は素直に、思ったことを、シンプルに……言うだけだ。


 俺はひとつ呼吸を整えると顔を上げ、「あのさ」と野上に声を掛ける。

 するとなぜか野上もほぼ同時に「あのっ」と俺に声を掛けてきていた。


「「え」」


 と、二人の声が重なり——。


 目をぱちくりとさせ互いに見つめ合う中、多分俺と野上は同時に気付いたと思う。


 そう……俺たちを見つめる少女の視線に。


 俺と野上がまた同時に顔を横に向けると、


 そこには三歳か四歳くらいだろうか、ちいさな女の子が立っていた。




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