第19話 恐かったんだ
* (須藤裕理)
「生田やめろ! それ以上はただの暴力になっちまうっ!」
わたしより先に飛び出した植草は生田の腕に掴みかると必死に志賀から引き離そうとする。
それは生田にこれ以上暴力を振るわせまいと、友達としての決意のようなものを感じ、そんな彼を見て普段は軽そうに見えてもやる時はやる男なのだとわたしは目を細める。
それにしても普段温厚な生田をここまで怒らせるなんて、いったい志賀は何を言ったのだろうか。
ただ……、目の前の鬼気迫る生田の威圧感たるや、普段の彼を知るわたしでさえ足が
なるほど中学の時の噂はあながち誇張されたものじゃなかったのだと理解せざるを得なかった。
と、その時。
こちらへ向かってくる足音に気付きわたしは振り向いた。
*
這いつくばりながら、怯えた目で俺を見上げる志賀が、あの時、中学の時の
別に誰かに分かってもらおうなんて元から思ってなかった。
だけど、
――「やり過ぎだろ」 「こっわ」 「近寄らないほうがいいって」
ただ俺は大切な仲間を傷つけた奴が許せなかっただけで……、ただ守りたかっただけなのに……。
なぜかそれ以降、それまで仲の良かった奴まで俺から離れていってしまった。
――「もしその噂が本当だったとしても、わたしの知ってる生田君はいい人だもの」
ふと野上の優し気な笑顔が脳裏に浮かぶ。
あいつが今の俺を、この状況を見たらどう思うんだろうか……。
もしかしたらあいつも……。
そんなことを考えていたからだろう、
「生田君!」
突如俺を呼ぶその声に、心臓がどくんと跳ねた。
相当な距離を走ってきたのだろう。
野上は肩で息を切らしながら俺の傍まで来ると、目の前で苦しそうに倒れ込む志賀を見て目を見開く。
「生田君……、これ……どうなって」
まるで状況が呑み込めない、そう言わんばかりの表情だ。
いまこの状況は野上の目にどう映ってるんだろうか。
少なくとも俺が暴力で志賀を捻じ伏せたことだけは明らかで。だからもしかしたら……。
そんな一抹の不安がよぎる中、
「葵っ……。こいつがっ……こいつが急に殴りかかってきてっ……」
志賀が救いを乞うかのように懸命に訴えかける。
対する野上は志賀を見下ろしながら、いろんな感情をごちゃまぜにしたかのような複雑な表情で唇を噛みしめていた。
そして、そんな彼女を見て、今俺の心臓はどくどくと音を立てている。
その時、ふと思う。
俺はたぶん……恐いんだと。
俺をいい人だと、なんのためらいもなく笑顔でそう言ってくれた野上が、
ただ心のどこかでは仕方ないとも思っていた。
少なくとも俺が暴力で志賀をぶちのめしたのは事実だし、だからもし勘違いしたとしても野上を責めるのはお門違いなのだろう。
なのに……。
なにか大事なものを失ってしまいそうで……俺は……。
だけど、想像は現実とはならず、
それどころか、野上は志賀を睨みつけると珍しく声を荒げた。
「馬鹿にしないでっ。生田君が自分からこんなことするわけない!」
きっぱりとそう言い放つ彼女の
「ちがっ……。葵っ」
「呼ばないで!」
志賀に被せるように言葉を切る野上。
「わたしあなたに名前で呼ばれるほど、親しくない」
切り捨てるようなその冷ややかな声音には、過去に決別の意を示す強い意思が感じられた。
「わたしの大切な人を……こんなにも巻き込んで……何の権利があってこんなことするのよ……」
悔しそうに野上は両手をぎゅっと握り締め志賀を睨みつけ、
「絶対に許さない」
そう一言、最後宣告を告げる。
それは一縷の望みにかけた志賀の気力を断ち切るには十分だったのだろう。
野上はそれ以上何かを語ろうとはせず、
最後に「さよなら」と志賀に別れを告げるとくるりと背を向け。
直後、志賀はがくりと崩れ落ちた——。
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