第17話 まるで理解できない


 おそらく俺が一人になったタイミングを見計って声を掛けてきたのだろう。

 つまり俺が誰か分かった上での確信犯的な行動だ……。


 柔らかな雰囲気を纏うそいつはゆったりとした歩幅で俺に近づくと


「そんなに警戒しなくていいから」


 そう言って爽やかなつらでにこっと微笑んできた。


「あまり時間も無いし手短に言うよ。実は……君に折り入って相談がある。用件はきっと分かってる、よね」


 敢えて名乗らぬまま、志賀ははにかみながらも真摯に訴えかけてくる。


「葵の誤解を解きたいんだ。……と、言っても浮気したこと例の件自体は誤解じゃない。……ただ、伝えたいことくらいはあるから」


 その表情からは反省が色濃く見えた……ような気がした。


 須藤と九条あいつらの言ってた感じとは明らかに異なるその態度に少々の違和感を覚えながらも、なるほどこのタイミングでの声掛けと、そして俺と野上の関係をある程度分かった上での話しぶりに用意周到さがうかがえる。


「相談って。ここでか?」


「いや、流石にここじゃあ無理だよ。出来れば放課後、旧校舎裏で会えないか?」


 旧校舎周辺といえば、放課後は人気ひとけが極端に減ることから告白スポットとして定番の場所だ。

 たしかに誰にも邪魔されずゆっくりと話すにはもってこいの場所と言えるが……。


「ちなみに、嫌だって言ったら?」


「もちろんその時は諦めるよ。もし今日都合が悪いのなら休み明けでもいいし、どうかな」


「分かった。ただ相談に乗れるかどうかはお前の話次第だぜ? そもそも俺が力になれる話かも分かんねぇしな」


「十分だよ。じゃあ今日でいいね?」


 まるで俺が拒否することは無いと踏んでいたかのように、用件の済んだ志賀は顔の高さまで片手を挙げると「放課後に」と、一言添え去って行った。



    * (須藤裕理)



「(あれは……生田?)」


 それは放課後、部活仲間と一緒に体育館へ向かっている途中だった。


 偶然生田の姿を見かけたわたしは首をかしげる。


 あいつ、今日はたしか先生に用があるって……。

 だから葵のことを九条君に頼んでいたはずだ。


 でも明らかに行く先は旧校舎の方角で、もちろんそこに職員室などあるはずもない。それに放課後の旧校舎と言えば……。


 すぐに浮かんだのは志賀の顔だった。


「今日は部活休むっ」


「え!? ちょ、ちょっと裕理ゆりっ、急にどうしたの!? どこいくのよ!」


「ごめんっ、保健室とか適当に言っといて! 今日はそのまま帰るから!」


 両手をこすり合わせ、見失わないように生田の背中を追いかけると、わたしは旧校舎裏へと姿を消した生田を校舎の端からそっと覗き見る。


 すると、


「(やっぱり! あいつ……、なんで言わないのよっ)」


 想像通りそこには生田に向け手を振る志賀の姿があった。


 憤りを覚えたわたしは勢いのまま乗り込んでやろうかと思ったものの、あいつにはあいつの考えがあるのかもと、ぐっと思いとどまる。


 それにここはある種隔離された場所だ。

 で、あれば万一喧嘩などの揉め事に発展した時にはわたし一人ではどうにも心細い。とはいえ何も起こってないこの段階で先生を連れてくるわけにもいかないだろう。


 葵はもう九条君と帰っちゃったし……。

 そうなるとあと頼れるのは植草うえくさくらいのものか。いや、こういう時は逆に植草の方が適任と言えるのかも。


 そう思い一旦場を離れることにするも、はて植草は何部だったか?と顎に指を当てた。



    * (九条匡正きょうせい


 

 野上さんを駅まで送るよう声を掛けられた際、実は生田君から聞いていた。

 今日彼が志賀君と会うことを。


 一度は嫌だと断ったものの、野上さんを巻き込みたくないという生田君の気持ちに押され不本意ながらも承諾した。


 それに僕だからこそと託してくれたのであれば、こちらも役割を全うすべきと思ってはいるものの……、でももし彼らの間に何らかのいざこざが起こったなら、野上さんだっていい気はしないはずだ。


 そう考えると本当にこのまま帰らせていいものかと複雑な心境のまま、もう駅に着いてしまうというところまで差し掛かっていた。


 僕は隣を歩く野上さんをちらと見る。

 学校を出てからずっと上の空で……おそらく彼女も薄々感付き気になっているのだろう。


「の、野上さん。今日もいい天気だね」


 実はこの声掛け、本日二度目なのだけど……、どうやら今回も敢え無く彼女の耳には届かなかったらしい。

 と、ほどなくして野上さんはこちらへ顔を向けると存在感のある大きな目で僕を見つめてくる。


「ねぇ九条君。やっぱり今日の生田君、すこし変だったと思う」


 それは真偽を試すような目だった。

 まるで「本当になにも聞いてないんだよね?」と暗に迫られているようで、僕はまるで蛇に睨まれたカエルの如くたじろいでしまうばかり。


 と、そこで罪悪感の狭間に揺れる脆弱な防波堤は決壊する。

 僕は観念し、はぁと嘆息をひとつ挟むと野上さんに頭を下げた。


「ごめんね野上さん……実は、聞いてたんだ。生田君は今頃志賀君と会ってると思う」


 それとごめん生田君。

 でも自分を正当化するわけじゃないけど野上さんを巻き込まないのはやっぱり違うよ。大切だからこそ巻き込むべき時だってあると思うんだ。


 と、下げた頭を上げた時には既に野上さんはひらりとスカートを揺らし駆け出していた。




    *



 

 俺に気付いた志賀はこっちこっちと大きく手を振ってくる。


「来てくれてありがとう」


 先に到着していた志賀は花壇の端で腰掛けており、近づくと爽やかな笑顔で俺を見上げた。

 一方の俺は一応罠の可能性も考慮し周囲に注意を配るも……、誰かが身を潜めていることもなさそうか。


 俺が今日こいつに会う目的は二つ。


 ことの真偽をこいつ自身の口からも聞きたかったのが一つと、もう一つはこいつが現時点でどれだけ過去を悔い、野上のことを大切に考えているのかを見極めることだった。


 その上でこいつの相談に乗るか乗らないかだが……。


「気にすんなよ。ただ俺このあとバイトだから、手短に頼む」


「大丈夫、時間は取らせないはずさ。まあ座りなよ」


 志賀にどうぞと促された俺は鞄を肩に掛けたまま隣に腰掛ける。


「早速でわりぃけど、俺に相談があるんだったよな。 野上の件で」


「ちなみに一応確認だけど……葵から話は聞いてる、よね?」


「ああ。お前が浮気して、その場で問い詰めようとした野上を無視した。それで合ってるか?」


「間違いないよ……。あの時は本当に悪いことをしたって、心から反省してる」


 そう言うと、志賀は肩を落としこうべを垂れた。


「そうか。でもなんで俺なんだよ。相談するなら須藤のほうが適任じゃねぇのか? お前ら一年の時同じクラスだったんだろ」


「須藤、ね……。あいつ、君も知ってると思うけど思い込みが激しくて取り付く島もないだろ? この前だって一方的に責め立ててきて追い返されたしさ」


 志賀は苦笑しながらおどけるように首をすくめてみせる。

 まあ俺もある意味経験者のひとりだ。言わんとすることは分かる。


「その点君は冷静そうだし、それに……聞いたよ、中学の時の話。いじめにあってた友達を助けたんだろ? 結果的には暴力での解決だったかもしれないけど、クラス中を敵に回すなんて普通はそんなこと出来ない。つまり君は友達想いのいい奴だ。違うかい?」


「いや……」


 その話は当時のクラス連中を含め一部しか知らないはずだ……。なのになんでこいつが知ってる?

 驚く俺を他所よそに志賀は続ける。


「その話を聞いた時は本当に驚いたよ。だからこそ、そんな君だからこそ相談しようと思ったんだ」


「そうかよ。まあ……理由は分かった」


「葵には本当に悪いことをしたと思ってる。でも今は浮気してたとも完全に別れたし、葵が一番大切だって気付いた。失って初めて分かることもある、っていうだろ?」


 失って初めて分かる……。それは自分にも思い当たる節があった。


「で、俺に仲を取り持って欲しいわけか。つまりお前は過去を反省しもう同じ過ちは繰り返さない。だから信用してやれって、そう野上に言えばいいのか?」


 俺の問いかけに志賀は首を縦に振る。


「最近仲がいいんだろ? 付き合ってはないみたいだけどいつも一緒には帰ってるっていうし、そんな君からの言葉なら葵も聞いてくれると思うんだ」


「なるほどな……。よく分かった」


「ほんとうかい!? 助かるよっ」


 余程嬉しかったのだろう、目を広げ安堵の表情で身を乗り出してくる志賀。


 だが……。


 俺は「よっ」と腰を上げると首を横に振り志賀を見下ろした。


「勘違いすんなよ。よく分かったのはお前が嘘つきだってことだ」

 

「は!? それ、どういう……」


「俺の直感が言ってる、お前の言葉は全部飾りもんだって。頑張って色々調べあげたのに残念だったな」


 まるで理解出来ないとばかりに唖然とする志賀を尻目に、俺は踵を返すと背中越しにひらひらと手を振り歩き始める。


 すると直後、ジャリと砂を踏み荒らす音が聞こえ、


「待てよ、せっかくこんな場所まで来てくれたんだ。もうちょっと遊んで行かないか」


 振り返ると……、


 口許に余裕の笑みを浮かべつつも、鋭い眼光の志賀が俺を睨みつけていた。




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